第5話 特権

 ところどころ苔むしていたり、塩梅あんばい良く欠けていたりする園内の道を、僕ら四人はパレードを先頭にテクテクと進んでいく。ロッキーとは、あの橋のブースの前で別れた。全体のレイアウトを担当する彼はまた別の仕事があるとのこと。

「パクリには意味がないけど、そのぶん逆に、ファンアートやアレンジは気兼ねなくやれるって利点もある」

 僕の手を引くパレードの説明は続く。

「コンテンツ・ツリーにちゃんと登録した上で採点すれば、キッチリ自分がアレンジしたぶんの点数が入る。小説なんかはうまくいきゃオリジナルに成り変われるしな。青い連中の練習にはむしろぴったりだろ」

 コンテンツ・ツリー……なんか、現代的だな。機能的とも言う。

「でも、それじゃあよっぽど上手く作らない限り全然点数入んないけどねー」と、コビー。「オリジナルってのはやっぱさ、得点がデカいんだよ」

「そう。クオリティとオリジナリティなら、オリジナリティの方が大事ってのは一つの常識だ。他人のセンスで勝負はできない……それがこの世界のルールだ。この世界のな」

 パレードの意味深な繰り返しに、僕はなんとなく、この先の話を予感した。

「問題なのは、この世界の中にオリジナルが存在しないもののパクリはどうなるのかって話だよ」

「オリジナルがない?」

「つまりは、お前らの世界にオリジナルがある場合の話」

 くるりと、パレードは振り向いた。右足を開いてかかとを地に立て、左手を腰に当てた姿勢でピンと固まる。絵になるポーズだ。

「例えばミズノがそっちの世界の人間が書いた小説をまるまんまパクってこの世界で採点したとしよう。その点数は、どこに行くと思う?」

 僕は少しだけ目を閉じて、わざとらしく時間を消費してから、また目を開けた。

 もしかして……。

「僕のものになる?」

「そう。その点数はすべて、お前に入る。全部、ミズノの取り分だ」

 あぁ、やっぱり。

 ふっと鼻から息が漏れた。

 これ、めちゃくちゃ大事な話じゃないか。

「ずっるいなぁ……」

「その通り。でも、それだけの価値はある。私たちはそっちの世界のことが知りたくて仕方ないんだから。ここ以外に人の住む世界があるってだけでも世紀の大発見だったわけだし、どんな世界かそりゃ気になる。で、話聞いてみたら、なんと、魔法が無いときた。使い魔すらいないって有様だ。使い魔なしの生活ってのは私らからしたらもはや外宇宙だ。不便すぎて想像できない。社会はガタガタ問題だらけ、作品には売り込みが必要で、運が良くないと評価されないとか言い出すし、やりたくない仕事アホみたいにさせられてるし、そもそも芸術が社会のキーになってないとかいう異常事態。戦争が実在してるわ人口は半端ないわ……なんつうかもう、ひでえ。ダークファンタジーだ」

 ははっと、僕は笑う。ダークファンタジーか。言い得て妙かもしれない。

「だけど、そんな世界だからこそ生まれたアートというのも確実にあるわけだ」

 パレードはまた前を向いて、僕の手を引いて歩き始めた。

「技術体系も魔法が前提じゃないから、根本的に話が違ってくる。そういうのは魔法の世界に生きる私たちじゃ絶対に思いつかないアイデアだし、全く新しいデザインの宝庫でもある」

「なるほど……」

「ていうかさっきの場所だってクリンパの故郷、つまり、異世界の風景の再現だから、点数もキッチリ高くなってんのよね」

 クリンパは鼻を鳴らす。「ま、これが私らクローンの強みだね。見方によっちゃあ生まれながらの勝ち組だったりすんのよ、私たち。あんたも、なんでもいいからお国の文化かなんかこっちで再現してみな。びっくりするくらい魔力もらえるから」

「手っ取り早いのは、あれだ、やっぱ小説書くことだな」と、パレード。「別にパクるまでもない、そっちの世界を舞台にしてるってだけで、こっちじゃエラく高い点数がつくぜ? この世界にオリジナルがないものを、瓦斯は全部、自分で考えだした設定とデザインってことにしてくれるからな。架空の道理で動いている世界を舞台にした物語なんて、ホントならありえない想像力が必要だろ?」

「ああ……なるほど」

 そうか、瓦斯って、そういう判定基準なのか。

「ま、これはクローンだけに許された最強のズルだ、遠慮なく使ってくれ。それが私らのためにもなるからさ」

「じゃあ風景画とか描ければ凄いんですね」深い意味はなく、僕は呟いた。

 するとパレードが、期待を込めた眼差しで振り向いてきた。「お? ミズノもしかして、絵とかうまい感じ?」

「いえ全然」慌てて否定する。「あの、まあ、月並みに下手です」

「そうか、そいつは残念」ニヤニヤとパレードは語る。いつでも楽しそうな人だ。「向こうってどんな景色なのか、言葉で説明されたってなかなかピンとこないから、ホントはやっぱ絵で描いてほしいんだよな。でも、ガチで絵のうまいやつって意外といないっつうか、こっちじゃ来る人間を決められないから難しくてさ……クローンって年に一人が限界だし。私らのフラストレーションが解消されたのはここ2、3年になってからだ」

「フー・フーだね」と、コビー。「俺、すっごいファンだよ。ほんと好き」

「そうだな、ああいう可愛さは癖になるよな」パレードも頷く。

「ふーふー?」僕は聞く。

「あんたの前の前のクローンの子だよ」クリンパのツバの絡んだような声が背後から答えた。「その子、向こうでも絵の仕事してたらしくて、しかも風景マニアの写実派で……ようするに、この世界が待ちに待っていた人材だったってわけ。ビル街だったりお城だったり、それこそアンコールワットとかも描きまくって、あっという間にアーティストになっちゃった。実質最速記録だったかしらね」

「クローンだからなぁ、生まれて一年でアーティストってのは私らには超えられんわ」パレードの笑い声。

「今一番熱いアーティストだよね。ほんと可愛い」

「パクリが許されようがなんだろうが、結局は才能勝負ってことさ」

 話が勝手に盛り上がっているのを感じたので、控えめに咳払い。

「あの……」

「ん? どうしたミズノ」

「アーティストって、どういう意味ですか?」

 一瞬、キョトンとみんなが固まって僕を見た。そしてすぐに、呆れたように揃って笑いだした。クリンパまで笑っていた。

「ははは、そうか、まだ言ってなかったっけ」パレードは相変わらずの高笑い。

「瓦斯の説明がついさっきだし、当たり前だったねこりゃ」クリンパも苦笑いで汗を拭う。「パレードがいたから忘れてたよ。でもま、なんとなくイメージつくだろう?アーティストってのはようするにね……」

 と、そのままクリンパが説明を続けてくれそうな空気だった、その矢先。

 にわかに僕らの行き先から、角笛のように低く美しい音が響き渡り、僕らは言葉を飲み込んだ。

 ……鹿がいる。大きな鹿が。5メートルはある。

 茶色の毛皮に、白い頭。

 角は青く透けていて、幻のよう。

 薄緑のオーロラのような輝きが、頭上で旗のように揺れている。

 あれは、使い魔?

 鹿はゆっくりと、頷くように頭を振る。

 緑のオーロラが、霧雨のように視線の先の森を包み込んだ。

 濡れた光。

 彩り鮮やかな花が、あっという間に咲き乱れて、微かな芳香がここまで香ってきた。

 パチ……パチ……と、しずくが跳ねるような音。

 今日、何度目かわからないため息をつく。

 キレイなだなぁ。

 あれは、魔法の瓦斯ガス

 煙と呼ぶには、なんだかキレイすぎる気がするけど……。

「……瓦斯ってのは、魔力を高めていくと性質が少しずつ変異して、見た目がどんどん光に近くなっていく」少し真面目な声で、パレードが語る。「見る人が見れば、瓦斯を見ただけで相手の魔力がわかるってわけだ。そして、ほぼ極限まで魔力を高めた人間は、ああいうオーロラ状になる」

「はぁ、なるほど」見とれたまんまに、軽く頷く。

「アーティストってのはそういう奴らのことさ。比喩でもなんでもなく、一生遊んで暮らせるくらい瓦斯を稼いだ人間のことを芸術家アーティストと呼ぶ。当然、簡単になれるものじゃない。誰もが夢見るこの世界の頂点さ。そして、見りゃわかるだろうけど、アーティストの瓦斯は特別だ。下々しもじもでは扱えない特別な魔法すら発現できる」

「特別な魔法……」

「寝起きに軽く説明したよな?」

「え?」

「昼食という名の朝食を食ってたときだな」

 とっさには、思い出せなかった。

「まあ、見ればわかるよ。ほら、来たぜ」

 ハッとして、目を見張った。

 鹿を背に伴ってこちらに歩いていくる、一人の少女。

 なびく金色の髪と緑のドレスの、神秘的な彩り。

 森の妖精が、そこにいた。

「こんにちは、パレード」

 秋空のように爽やかに締まった声が、風にそよぐ。

「声は聞こえていたわ。今日もとっても機嫌がいいみたいですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る