第4話 採点

 パレードと一緒に数歩下がった僕は、パレードに言われた通りに目の前で起こることに集中した。世界で一番大事な話と言われてしまっては、集中せざるをえない。ついでに、パレードにスッと手渡されたパンフレットもチラ見する。

 ええと……ここか。


【3,瓦斯の取り出し方 】

・まず作品を作りましょう! 絵でも物語でも音楽でもなんでもOK!

・出来上がったら、作者の使い魔(後述)が、作品に白いデフォルト瓦斯を吹きか けます。

・作品の質・レベルの分だけ瓦斯が魔力を吸って……。


 ……うんぬん。

 で、<この作業のことを俗に「採点」と呼ぶ>と。ふむ、初めて読んだ時よりもちゃんと理解できた気がする。意外と簡単な話じゃないか。最初は理解できないって思った難解な文章でも、後で読み返すと意外とスンナリ理解できる……なんか、化学式の勉強で似たような経験をした覚えがある。

 コビーと呼ばれた小男と、名前のわからないおばさんもブースから出て来て、僕らの前に立った。

「この作品は、これで完成。ひとかたまりの作品アートとなったわけだ。それは理解してるだろ?」と、パレードの高い声。

「はい」

「そうと決まれば、作者には対価が払わなければならない。こんな素敵な水槽作ってくれたんだから、当たり前だな?」

「はあ」

「というわけで今から、対価を作品自身に払ってもらいます」

「作品自身?」

「そう、こんな風に」

 パレードの言葉を受けて、前にいる三人の背後に、同時に人形みたいなもの……多分、使い魔が現れた。コビーのはさっきと同じ蛙で、ロッキーのは白い頭のカカシ。あのおばさんの使い魔は、ガリガリで白黒横縞の2メートル以上のサイズの人型で、ものすごく不気味だった。

「わかってると思うけど、これ、使い魔ね」僕に抱きついたままのパレードの声が、背中で響く。「この世界で生きている人間全てに、それぞれの使い魔がいる。当然お前にもな」

「僕にも?」

「あとで呼び出し方教えてやるよ。使い魔がなきゃこの世界じゃ話にならないからな。それよりそら、始まるぞ!」

 フーっと、前方で息を吸うような音がして、僕は自然とそちらを見た。

 三人の使い魔が、白く薄い霧をブースに向かって勢い良く吐きかけていた。

 音は少ない。

 でも、目にはうるさい。

 吐きかけられた霧がぐるぐると混ざり合い、塊となって停滞して、作品全体を包み込む。

 また咄嗟にパンフレットを見た。第2項の、瓦斯ガスの説明文……。


【2,瓦斯ガスってなに? 】

・まあ、燃料だと思えばいいよ。

・大きく分けて二種類。白いデフォルト瓦斯と、色の付いた魔力付き瓦斯。

・デフォルトの瓦斯には魔力が宿っていない。

・白い瓦斯にアートに宿る魔力を吸わせることで、はじめて”使える”瓦斯になる。


 ……はいはい。

 じゃあ今見てる白い霧が、デフォルトの瓦斯、ってヤツか。

「あれは魔法の瓦斯ガスだ。自動的に、自分の関わった作品の範囲をスキャンしてくれる」パレードが、僕の理解を裏付ける。「サイズ判定が済み次第、瓦斯は作品の中に染み込んでいくってわけ」

 パレードが語るそばから、白く輝く霧は冬の吐息のように空気へ溶け込んで、跡形もなく消え去ってしまった。

 一瞬だけ、本当の静寂。

 でも、今からきっと、何かが起こるって、そんな予感はあった。

 ちょっとドキドキする。

「魔法の瓦斯は、全ての魔法の燃料だ。魔法は瓦斯を消費して効果をあらわす」ワクワクしながらも余裕のある、パレードのささやき。「だが、デフォルトの白いままじゃ魔力が宿っていない。パンフにも書いてあるよな?」

「……うん」

「だから、アートだ」

「アート……」

「優れたアートには、魔力が宿っている」笑うパレードの温度を感じる。「作品に染み込んだ瓦斯は、その中に表現されたセンスを吸収して初めて魔力を放つってわけ」

 シャーンと、キレイな音が鳴る。

「ほら、審査が済んだぜ、目ぇかっぴらいとけ!」

 パレードが叫ぶと同時に、青と緑の明るい霧が、ブースの中から噴火のように吹き上がった。

 息を呑む。

 空高く、爽やかに、彩りが舞う。

 キラキラの霧は粒子のような光を散らし、朝の空気を更に涼しく洗い流した。

 目の覚めるような香り。

 輝き。

 閃いて。

 美しい。

 あぁ……。

 やっぱりこの世界は、ファンタジーだ。

 口を開けて驚いている僕に、急にパレードがジャンプしておぶさってきた。慌てて脚を支える。とんでもなく顔が近い。

「わわっと」

「瓦斯に宿る魔力の”量”は、作品のクオリティを完全に反映する」スベスベの頬を押し付けてきながら、パレードが語る。「それも、作成者の関わったセンス分だけを、人智を超えた性質によって正確に識別してな。出てきた瓦斯の量を見れば作品の質は一目瞭然。だから”採点”と呼ばれる。そして……ほら」

 色鮮やかな魔法の霧……吹き上がった瓦斯がそのうち、空中で色ごとに滑らかに分かれていく。

 一番多かった緑色の霧は、おばさんの使い魔、横縞男が飲み込んでいき、青はカエルが食べ尽くした。そして、最初は混じっていることすらわからなかった黄緑の瓦斯は、ロッキーの後ろのカカシの服の下へ。

「魔力を得た瓦斯は、そのまま作者に還元される。な? シンプルで、そしてめちゃくちゃ公平だろ?」

「はぁー」まだあまり理解できていなかったけれど、なんとなくニュアンスは理解できたので、とにかく頷く。

「ここで大事なのは、瓦斯が吸うのはあくまでクオリティ……作品の質に貢献したに比例してるってことだ。労力じゃない。仕事量で言ったら、一番働いてるのはコビーだろ?」

「まあ、そうだね。土入れたのも草植えたの大体オレだし。いやー疲れたよ」コビーは笑いながら、腕を頭の後ろで組む。「クリンパの設計図通りに、だけどね」

 あのおばさん……多分、クリンパが鼻を鳴らす。

「ロッキーに至っちゃ働いてすらいないが、全体のレイアウト担当として設計に関わってるから、この水槽のデザインにもわずかに関わりがある。それがさっきの取り分だ」

「飲み会一回分も稼げちゃいけないけどな」そう言ってロッキーは笑った。

 飲み会?

「おおっと、ロッキーが一足先走っちまった」パレードも笑う。「本当はここでミズノに聞くつもりだったんだ……溜めた魔法の瓦斯は、魔法以外にも使い道があるってな。今のでわかったかい?」

「え? えっと……」

 パンフレットの中に思い当たる文があったのを思い出して、慌てて文章を探した。

「金だよ、カネ。書いてあんだろ」

 急にクリンパが、掠れた声で呟いた。

 びっくりした。

「はい?」

「魔法の瓦斯は魔法の源でもあるけど、それ以上に、この世界の通貨なのさ」使い魔からタオルを受け取りながら、クリンパが語る。「この世界に金はない。食費は全部瓦斯払いだし、水道光熱費だって実質魔法の瓦斯。パンを焼く熱だって魔法で作るんだからね」

「お、さすがクローンの先輩。説明が的確」パレードが僕の体の前で手を叩いた。

「新人が生まれるときは一人先輩をつけとけばいいのに」クリンパはタオルで顔を拭いつつ、アクビをしながら僕に近寄ってきた。「私の時はタオシェンが説明してくれたろう。で、あんた、アジア人だね。どこの国?」

「あ、えっと、日本です。ジャパン」

「へー日本か。私はノルウェーだよ。こっちに来て……っていうか、この世界に生まれて今年でもう二十二年目さ」

「あ、そうだったんですか」いきなりこの人に親近感が沸いた。クローンが僕だけじゃないのはもちろん察していた。「へぇ、瓦斯がお金の代わりですか……」

 自分で喋りながら、その言葉が持つ重大な意味を、ほんのりと予感する。

 お金が、ない?

「瓦斯は基本的に譲渡できない」クリンパは続ける。「この世界にはものを売るっていう発想がないからねぇ」

「ほええ……」

「流通だの経済だのとややこしい概念がないのさ。通貨にあたる瓦斯が取引できないからね」クリンパはニコリともせず口元を歪める。「うーん、なんかあれだね、わかってしまえばすっごい単純な話なのに、説明するのは微妙に難しいね。あぁ、例えばこの施設。入場は完全無料なんだよ」

「そうなんですか」

「お代はもう貰ったからね。これから何人がこれを見ようが、私にはもう無関係。ちなみにこれ、水槽の中を魚の目線で泳げるんだよ」

「はえー」

「ただ、それには瓦斯を使わなくちゃいけないってことさ」パレードが説明を引き継いだ。「視界を魚に飛ばすってのは魔法だからね。ていうかこの世界、数に限りがないものは全部、誰にでも、完全フリーで公開されてるよ。高度な芸術を楽しむためには、それ相応の魔力が必要になっちゃうけど、でも、見るのはタダだ。優れたものならみんなが見れなきゃ勿体無いだろ?」

「でも……あぁ、いや……」そうか、クオリティに見合った報酬が最初に払われてるって話だったか。

 頭の中で、その道理を展開させる。

「つまり、お金……えっと、瓦斯ガスを稼ぐためには作品を作るしかなくて、作品を楽しむのにも瓦斯を使うと……」

「生活費も」クリンパが付け足す。「この世界での”魔力”って言葉は、文字通りの意味と、”経済力”って意味の二つを持つって考えておけばわかりやすいんでない?」

「ま、とにかく、そんな大事な魔法の瓦斯を手に入れるほとんど唯一にして最も有用な手段が、アートの制作ってわけだ」ロッキーが立ち上がって、両手を広げる。「クリンパなんかはこのブース一つでひと月は暮らせるね」

「だいぶ節約前提な計算だこと……」クリンパが、皮肉っぽいながらも今日初めての笑顔を見せる。「ま、ともかくこの世界で儲けたかったら、質の高い作品を作り続けるしかないってことだ。点数が目に見える形で出るから、ごまかしは効かないよ。その分、宣伝もいらない。余計なことは一切考えないでいい。世界一可愛いぬいぐるみも世界一グロい模型も、完成度が同じなら、価値は同じさ」

「な、楽園だろ?」パレードは僕の顔の横で、太陽も霞むくらいにニッコリと笑った。「この仕組みの一番素晴らしいところはなぁ、どうやったって世界に楽しいアートが満ちあふれるようにできてるってことなのさ」

「そう、ですか」

 ……少しだけ、話がわかった。

 その素晴らしさも、なんとなく察した。

 絶対評価か。

 それ……すごいな。

 芸術の評価というのはいつだって、正しい評価できないから難しいのに。

 本当にすごいのは、お金という概念がないこと……経済が存在しえない、システムの単純さだろうか。

 儲けるために、売れる作品を作る必要が、誰にもない。

 ただ、素晴らしくあればいい。

 だとしたら……。

 もしかすると、ここは本当に楽園かもしれない。

「……関わったセンスの分だけってことは、パクリじゃ意味ないってことですよね」僕はそう呟いた。

「ほう、お前、だいぶ理解が早いな」パレードがほっぺをつねってきた。「うん、基本的に盗作は無意味だよ……一つの抜け道を除いてね」

「え?」

「その抜け道こそが、私らがお前らクローンをこの世界に呼び出す意味でもある」

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