第2話 教えて、パレード

__ここは天国だよ。夢とか幾つでも叶えられる。

 ……パレード、談



「どうだ、わかったか?」 

「いえ、全く……」

 正直に、そう答えた。

「そりゃ当たり前だ」パレードと名乗った少女は理解あるコメントを流しつつ、見惚れるほど麗しい笑顔でニッと笑った。「この手のはあとから読み返して、ああ、なるほどって思うんもんだ。今はサッパリ忘れてくれちゃった方が話は早い」

「はぁ……」

「まあ、見せといてそんなこと言うなって話だよな。いや失敬失敬」

 僕は微妙な苦笑いを返しながら、手元のお茶をすすった。ひとまずは美味しい。

 丸いテーブルの前に腰掛けて、いつの間にか用意されていた中華まんみたいなもの(やけに美味い)と爽やかなお茶を楽しみながら、僕はパレードが語った話、及び手渡されたパンフレットの内容を理解しようと必死に頭を動かしていた。今のところインストールは2%も進んでいない。起きしなに瓦斯ガスだのなんだのと専門用語でガチガチに来られたって、頭が働くわけがないのだ。話が急すぎる。

 それなのに、この世界が魔法の国であるという事実ばかりはどうも認めざるを得ないらしい。あからさまに未知の言語で書かれているパンフレットが”なんとなく”読めてしまうのがその証拠だ。こればっかりはどんな手品やトリックを使っても説明不可能だ。

 参ったなぁ……。

 僕は頭を掻きながら、意味もなく自分の手のひらを見つめてしまった。このパンフレットの中身がとても大事だってことはなんとなくわかる。社会構造の理解は生活と言わずこの世界を旅行するのでさえ真っ先に理解していなければいけないことなのは間違いない。だけど僕にとっての目下最大の問題は、今この場所にいる、僕自身の存在定義なのだ。

 ここは、地球とは別の法則で動く魔法の世界で……。

 僕は地球人の転生体クローン

 たまらんなぁ。

「僕は……あの、今朝の間に、ザ・プールとかいうデカい魔法の鍋の中に浮いてたんですよね?」全然納得できていない話を、頭と口で復唱する。

「うん、素っ裸でね」パレードは普通に頷く。「顔の割に結構男らしいけつしてたよ」

「へぇ……てっきり、普通にだらしないものかと思ってたけど」女の子に急に尻の話を振られて正直少し動揺したけど、とりあえず強がる。「つまり、あの……それって僕は今、0歳児って意味だったりします?」

「うん。ハッピーバースデイ、ミズノーっ」

 パレードが口笛を吹くと同時に、先ほど空を舞っていた竜(使い魔だっけ?)のうんと小型化したやつが彼女の隣にパッと現れて、上に向かってクラッカーみたいなものを吐き出した。

「うわっ」

 パラパラと紙吹雪が舞い散る……かと思ったら、その一粒一粒が流れ星のように光を散らしながら一箇所に集まって球体になり、そして小規模な花火のように滑らかに爆発した。

 光が、妖精のように舞っている。

 これも魔法か。

 美しいなって、そう思った。

「はっはっは、やっぱ生まれたてのクローンは最高だね。何にでも驚いてくれる」パレードは行儀悪く椅子を揺らしながら、朝食のテーブルに乗っていた小籠包しょうろんぽうらしきものを口に放り込んだ。「ん……そんじゃま、色々とこの世界についての講釈、始めますか」

「あ、いや、その前に……」僕は片手でパレードを制しつつ、口に運びかけていたお茶を適当に一口、飲み込んだ。「一つ、聞いておきたいんですが」

「ん、なんだ?」

「パレード……さんって、あの、子供じゃないですよね?」

 彼女はその場で腕を組んで、ニンマリと笑う。

「当たり前だ。この体はただの入れ物さ。と言ってもだいぶ使い続けているから、すっかり私の体だけど」

 あぁ、やっぱり。

 今日初めて……彼女の言葉を信じるなら、生まれて初めて僕は本気で笑った。あの竜を見せられたときよりもずっと、魔法の世界を信じられる気分になった。

 こんなキレイな女の子が僕の前にいるなんて、おかしいと思ったんだ。

「そうですよね。なんだか合点がいきました」ドッと湧き上がってきた安心感とともに、変な声で笑いつつ、僕は頷く。

「ははは、ご明察。私のこの体は人形ってヤツでね。中身はガッツリ男だよ」

「あ、がっつり男ですか?」これには流石にビックリした。

「しかも、未だに鏡を見ては自分の体のセクシーさに悦に入ってるレベルで現役のノンケな。だからミズノも、この透け透けドレスにいくら鼻の下伸ばしてくれても問題ないぜ?」

 透け透けドレスか。

 パレードが今着ている柔らかそうなワンピースは、シルエットだけ見れば、膝丈よりもやや裾が長い清楚な印象のドレスなのだが、どういうわけか体の線が異常なまでにくっきりと透けて見える、そんなドギツいデザインの衣装なのだ。少しでも風が吹いたり陽が射したりすると、ボディーラインが完全に浮き出て、子供の体なのにやけに煽情的な雰囲気が醸し出される。だけど、不思議ときわどいところは見えないというか、肌の色とか下着とかは全く透けないらしく、まるでスクリーンに投射された影のように、裸体がドレスに映っている、そんな印象。

「実を言えばそこそこ気になってました」相手の素性が割れて安心した僕は、すっかりくつろいだ気分で話に応じる。「すごい服ですね。それも魔法ですか」

「んまあ、そうだな。魔法っちゃ魔法だな」

「はは……整形とか、若返りなのかとも思いましたけど」

「若返りの方法ってのはないんだ、残念ながら」パレードは顎を上げて、にやりと笑う。「体を人形に取り替えるのだって”アーティスト”にしかできない術式だし」

「アーティスト?」

「優れた芸術アートの製作者を私たちはそう呼ぶ。それはこの世界で最も価値のあることだ。アートを増やす……それだけがこの世界のルールであり、社会全体が指向する目的でもある」

 彼女……いや、彼……ええいややこしい……パレードの口調がやや真面目な語り口に変わったのに気がついて、僕もすぐに話を理解するための頭に切り替える。

「ミズノ、お前は魔法と聞いて、いったいどんなものを思い浮かべる? どんな風に活用してみようと思う? 空を飛ぶ? 木を切る? それとも戦争に使うか? あるいは、日々の健康促進とか?」

「うーん……」

「例えば、ものを瞬時に冷却させる魔法、なんてのがある。お前はこれを何に使おうと思う?」

「それはやっぱり、食材の保存とかですかね?」

「うん、正解。だけどもちろん、できることはそれだけじゃない」パレードは笑顔は崩さないまま、さっきから浮きっぱなしの使い魔の口へと手をかざす。竜はその手に、注ぎ口のようなものがついている大きなガラス玉的な球体を吐き出した。「はい、まずはこれ持ってねー」

 パレードから受け渡されたそれは、見た目と比べてとても軽かった。

「そこにこれハメて、ほら」と、次に手渡された、液体の入ったアルミ缶かスプレー缶らしきものを、言われたとおりに注ぎ口にカチリとはめる。見た目は、器に対して中身がデカすぎるカップアイスみたいな感じか。缶にもガラス球にも、象形文字みたいな青いマーキングがついている。

「それは子供のおもちゃなんだが、まぁ振ってみなよ。缶のところ持つんだぞ」

 言われるがままに両手で缶部分を支えて、軽く上下に揺すぶってみた。すると、缶の中の水が跳ねるように僅かにガラス球の中に飛び出して、すぐに小さな氷の棘になってその場に停滞した。

「もっと思い切り振るんだ。水を中にぶち撒けるくらいの気持ちでな」

 なんとなく趣旨がわかった僕は、思い切ってガラス球を、デカいマラカスのようにブンブンと振り回した。

 水が円を描いて内部で渦を巻き、凍りつく。

 とてもキレイな形になった。

「すげー」

「ちょいと貸してみな」手を伸ばしてきたパレードにガラス球を返す。パレードが球の上を押すと、氷はあっけもなく溶け出して、元の缶の中に収まっていった。

 それを確認してから、パレードは可愛らしい仕草で肩を揺すぶり、余裕を保ったまま気合いを入れる。「さあ、見てろ」

 注目する僕の前でパレードは、まず缶を大きく縦に振ってから、なんだか技巧を感じる細やかさと滑らかさで巨大マラカスを操って、中の水を掻き回した。

 水が凍りつき、その上にさらに霜が張る。

 十秒ほど手を動かし続けてから、ピタリと静止させたガラス球の内側……そこには樹氷そのものと言える氷のオブジェが、白と水色に拡がりながら根を張っていた。

「はー、すっごいなぁ」

「へへん。これ、振り方のコツ次第で結構すごい工作ができるんだよ。上手いやつはこの中に船とか作れるんだけど、この辺が私の限界。単純だけど奥深くて、誰でも遊べるいいオモチャだろ? そしてこれが冷凍魔法……ていうか、この世界における魔法の、完璧に正しい使い方だったりする」

「はあ」

「わかるだろ? 生存と生活に困らなくなったこの時代、魔法の一番の使い道ってのは、極論しちまえばオモチャなんだ。それをカッコつけて言えばアートってわけ」

「アートか……」少しだけ、言いたいことを理解する。

「ま、こんなとこで細々こまごまと説明してたって始まんないか」僕が一通り出された食事を食べ終わったのを確認して、パレードは椅子から跳ぶように立ち上がり、窓を開け放った。

 風が気持ちよく髪の毛を揺らす。

「ミズノお前、空を飛んだことあるか?」

「……え?」

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