第3話 出会い
今日も相変わらずの雨だった。
昨日ラルフが消えたあとのことはあまり覚えていない。
というのも、あのまま家に帰って気づいたら寝てしまっていたようだ。
それくらい要の人生の中で、あれほどまでに衝撃的な出来事はなかった。
ラルフが言っていた言葉が繰り返し頭の中で再生されていたが、ただ繰り返されているだけ。その言葉の意味をもう一度考え直そうなどという気力は彼には残されていなかった。
どうすればいいんだ。
幸い今日は授業が休講で何もなかったので、もう一度ベッドに潜り込んだ。
ふと携帯に目をやると、ピコピコと光っている。
誠や大我が、昨日突然帰ってしまった要のことを心配して連絡してきてくれていたのだ。
しかし、そんな友人の連絡にも返す気になれなかった。何もしたくない、という感情が今の要には1番合っていた。
雨のせいだろうか、ガンガンと地割れのような頭痛が要を襲う。
彼は決まって雨の日は調子が悪かった。
深い溜息をついてむくりと起き上がる。
何もしたくないとはいえ、さすがにお腹が減るのはどうしようもなかった。
冷蔵庫を開けてみたが、案の定入っていたのは調味料とお茶だけ。
こういう時、つくづく実家が羨ましくなる。
などと思いながら、仕方なくコンビニへと出かけることにした。
信号待ちでぼーっと赤信号を見つめていると、ふと、反対側の歩道に信号の赤と同じくらい真っ赤な傘が目に止まった。
下に目をやると、膝上くらいのスカートから伸びた白く細い足に、思わずドキッとしてしまった。
見てはいけないようなものを見てしまったように感じて目をそらした。
次の瞬間ブワッという強風が吹き荒れたと同時に、真っ赤な傘が交差点へと飛んで行ってしまった。
傘の持ち主は、慌てて道へと飛び出した。
横からトラックが来ていることに気づいたときには、彼女はもう交差点の中まで来てしまっていた。
「おい、危ないぞ!!」
誰からともなくそんな声が上がり周りがざわつく。
要はそんな周りとは対照的にぼーっとその女を見ていた。どうしてか、よく顔も見えていないその女に要は釘付けになっていた。
プーーーーーーーーーッッ
というトラックのクラクションの音で、ハッと我にかえる。見ると、トラックが急ブレーキをかけてとっさに止まろうとしている。しかし、一歩遅かった。トラックはみるみる女に近づいていく。
危ないっ!!
そう思ったときには、もう止まっていた。
まただ、この感じ。自分以外は全部止まっている。
止まる気配のなかったトラック、赤い傘、轢かれそうになっている女の子、周りの人、全て。
しかし、要はそんなことを考える間もなくすぐさま女の元へと駆け寄った。
すかさず傘を取り、女を持ち上げて向こうの歩道へと渡った。一瞬のことだった。
後ろでキキーーッッという急ブレーキの音が聞こえたとともに、周りの雑踏が蘇った。
「なんだなんだ?!」「交通事故か?」
「女の子が、、」「誰もいないじゃん」
などとざわざわと野次馬が騒いでいる。
どうやらトラックは無事交差点の真ん中で止まり、大きな事故にもならなかったようだ。
それを見て、ホッと息を漏らすと「あの、、」という声が聞こえた。
要の腕の中に収まっていた女が、じーーっとこちらを見ている。
「うおっっ」
ドキッとして、驚いた要はとっさに抱きかかえていた手を離した。
「キャッ」
と小さく漏らすと女は地面に尻餅をついた。
「あ、ごめん!大丈夫、、ですか?」
要は謝って、その女に傘を差し出した。
白く細い手足が、雨に濡れてキラキラと光っている。
ーーー綺麗だ。女の人を見て素直にそう思ったのは初めてだった。
よく見ると白いブラウスが濡れて下着が透けているし、スカートもめくれて白い太ももが露わになっていた。要は再び目を逸らした。
それに気づいた女はとっさにスカートを直して、カバンで胸元を隠す。
「あの、ありがとうございます。」
「え?」
「助けてくれたんですよね?私のこと」
なんと答えればいいかわからなかった。
そもそもこの女はさっきまで自分が交差点の真ん中にいたというのに、次の瞬間には歩道にいて、おかしいと思わないのか。などと思ったが、よくよく考えてみれば自分自身この能力については未知なことが多すぎた。もしかしたら記憶まで改竄されるということもありうる。自分が想像しているよりはるかにこの力の可能性が多岐にわたっているかもしれないのだ。しかし、この力を手に入れたのは昨日だし、使ったのは2回目だし、そんな能力のことを自分がわかっているはずもない。
女に目をやると、キョトンとした顔でこちらを見ていた。とりあえずここは、適当に流しておくことにしよう。
「ああ、まあね。無事ならよかった。
じゃあ俺はもう行きます」
そういってその場を立ち去ろうとした。
「ちょっと、待ってください」
しかし彼女がそれを許さなかった。
要が行こうとした瞬間、後ろへひっくり返った。
女が要の服を引っ張って止めたからだ。
「いてっ」
「だ、大丈夫ですか?」
ひっくり返った要を上から見下ろす。
「大丈夫だけど、、何か用ですか?」
内心ドキドキしている気持ちを顔に出さないように冷静に言った。
「こんな、命を助けてもらったのに手ぶらで返すわけにはいきません!ちゃんとお礼をさせてください」
「え、お礼?いいですよそんなの」
「そういうわけにはいきませんよ!服だって、びしょ濡れじゃないですか。さっ、行きましょう。」
そう言うと彼女は強引に要の手を引いて歩き始めた。
「え、ちょ、ちょっと!どこ行くの君!」
要はとても焦ったが、その手を振りほどいてまで立ち去る気はもう無くなっていた。
◇
「--ーここは、、?」
連れてこられたのは高層マンション。超一般庶民の要は足を踏み入れたこともないような高くそびえ立つマンションを見上げた。
「私の家なんですが、、よかったらここで雨宿りして行ってください」
「えっ?」
驚く要に見向きもせず、彼女はエレベーターのボタンを押す。
(おいおい、どんなラブイベントだよ。いきなり女の子の部屋?!無理無理、、どうしよう、、)
要はあまり女性が得意ではなかった。高校時代は告白されたこともあるし付き合ったこともあった。しかし普段自分から積極的に行くような性格でもなかったため、大学ではアルバイト以外の女性とほとんど会話などしていなかった。つまり、要は女性慣れしていないただの奥手であった。
そんな男が、いきなり名前も知らない女の子の家に上がろうというのだから焦るのは当然である。
「どうぞ、入ってください」
「ア、ハイ。ドウモ。オ、オジャマシマス」
要はカチカチになりながら部屋へ上がった。
とはいえやはり、名前も知らない女の子の部屋へ上がるのはかなりの抵抗があった。
「あの、大丈夫なんですか、親御さんとか。
というか、お名前聞いてもいいですか?」
その言葉を聞いて事態を把握したのか、女の子の方も急に顔を赤くし始めた。
「や、やだ。私ったら。ごめんなさい。いきなり部屋に上がれなんて、その、強引すぎましたね。
申し遅れました。私、西ノ宮美空(にしのみやみそら)といいます。
あ、家の者のことでしたら気になさらないでください。ほとんど帰ってきませんし、この部屋、私の部屋なので」
凛とした表情で彼女はいった。
(は、、?一室丸々この子の部屋ってことか?)
如何にも育ちの良さそうな言葉遣いと出で立ち。
どうやら自分はとんでもないお嬢様の家に来てしまったのかもしれない、と察した。
「そ、そうなんですか。俺は小野寺要です。よろしく、お願いします」
要は慣れない敬語を使いながら軽く会釈をした。
それを見て、美空はふふっと柔らかい笑顔を見せた。
「要くん、ですね。よろしくお願いします。というか、敬語じゃなくていいですよ。私のこれは癖なんです、合わせなくて大丈夫ですよ。それに要くんの方が年上なんですから、私の方が敬語を使うのは当たり前なんです。」
「へ、、?」
要は思わず間抜けな声を出してしまった。
てっきり、彼女は同い年か少し年上くらいに思っていたからだ。どうして彼女が自分の方が年下だと瞬時に理解できたのか、要にはわからなかった。
が、部屋の奥にかけてある"制服"を見て
「マジか」
と思った。
「要くん、声に出てますよ。
そうです。西ノ宮美空、高校3年生です!
よく間違えられるんですよ、社会人とかに」
苦笑いを浮かべながら、少し舌を出した彼女は確かに幼さも感じられたが、普通に私服を着ていたらおそらく高校生だとは思わないだろう。
それほどまでに彼女は"可憐"という言葉がよく似合う女性だった。
「要くん、先にシャワーを浴びてください。風邪を引いてしまいます。」
「いや、それはこっちのセリフだよ。西ノ宮さんの方がびしょ濡れじゃん」
美空はピクッと、体を反応させて
「その、西ノ宮さんって言うのやめてください!
そう呼ばれるのすごく嫌なんです。美空って呼んでください。お願いします」
美空は本当に嫌そうに要の体を揺さぶった。
「わかった、わかったって。美空でいいんだろ。」
降参、というポーズで要が言うと、
さっきの顔とは打って変わってパァっと明るい顔になり
「はい!」
と嬉しそうに言った。
美空の強い押しに負け、要はシャワーを借りることにした。
「服、私のものしかなくて、大きめのTシャツと短パン服が乾くまでこれで我慢してください」
ドア越しに美空が言っているのが聞こえた。
「ありがとう」
その時は特に気には止めていなかったが、いざ着るとなると、、これは、、。
「要くん、服大丈夫でした、、?ハッ」
要は真顔で、美空の前に出た。
「美空さん、これは、、?」
いくら大きめとはいえ、やはり男性と女性では体格が違いすぎる。美空が貸してくれたTシャツは、要には小さすぎるほどで、今にもはち切れそうなピチピチさ加減だった。
それを見た美空はプーっと吹き出して、ケラケラと笑っている。
「要くん、それ似合いすぎですよ〜」
可憐な見た目とは裏腹によく笑うやつだ、と思った。
釣られて自分も自然と笑みをこぼしていた。
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