第17話 黒蟻塚

 その女性が子供の頃の話である。

 夏休み。

 家族で海の見えるホテルへ行った。

 昼に散々遊んだので五時前にうとうとしてしまい、目が覚めたら九時頃、ちょうど父親が支度を終えたところだった。

 釣りの支度だ。浜が広がってるとこで夜釣りをする機会に中々でくわさなかったようで、父は盛り上がっている。父親がすごく楽しそうなので彼女もついて行くことにした。

 車で四五分。

 車から降り、父親が竿やクーラーボックスをおろしている間に少しだけ海の方へ歩いてみた。

 真っ暗だ。何の明かりもない。

 街の明かりと星のあかりでかろうじて波の頭がわかるときもあるが、まったく見えないと言ってもいい。

 怖い、と思った。

 他に人はいないのかな、と思って目を凝らした。

 いた。

 浜にぼんやり立っている釣り姿のおじさんがいる。

 ヘッドランプをつけているのだが、その明かりが途中で切れている。

 あれ?

 どうなってるんだろう?

 そのおじさんも不思議そうに首を振っている。

 ああ、明かりが切れてるんじゃない。

「どうした?」

「ううん」

 なにか大きなものに当たって明かりが遮られているのだ。

 蟻塚みたいなモコモコした柱のように見えた。

 変なの。

 と、思ったが、気にせずに父親のそばで釣りの支度を手伝ったり、色々な話をした。

 おじさんはいつの間にかいなくなっていて、その蟻塚みたいなのも無くなっていた。


 高校になり、再び夏休みに海へ行こうという話になった。

 そういえば、と、夜釣りのことを思い出した時に「ん……?」と首を傾げた。

「あんとき、変な蟻塚みたいなのあったの、お父さん覚えてる?」

「うん? どうだったかな」

「もう一人釣りしてる人がいて」

「ああ、そうそう。なんかいつの間に帰っちゃった人な。道具も全部置きっぱなしだったから覚えてるよ。盗まれたらどうすんだろって」

 「うん……うーん……」

 普通、懐中電灯の明かりが当たった部分って見えるものだ。懐中電灯の光の輪が見えるはずだ。あれにはそれが写っていなかった。光が途中で消えてなくなってしまうなんてことはない。

 待って待って。

 っていうか、光をそんなレベルで吸収する黒いものをあんな暗いところでことってできるわけ?

 その時、ようやく自分がおかしなものを見ていたことに気がついた。

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