第16話 左右隣

 彼が初めて上京した時のこと。

 とにかく安いアパートを選んだのだが、そこは古いうえに後ろが寺。塀から卒塔婆がのぞいているようなところだった

 しかし背に腹。

 それに既に住んでいる人もいるんだし。


 荷解きを半分ほどで切り上げ、ビールを開けた。時計は十二時ごろだった。

 隣の部屋から歩き回る音が聞こえてきた。

 ちょっと壁が薄いな、と思った。ビールを飲みながらラジオをつける。ボリュームはどのくらいまで大丈夫かな? この音で苦情来ないかな?

 オールナイトニッポンかなにかを聞きながらダラダラしていたが、深夜二時になる前に眠くなってきた。

 ラジオを消すとまた足音が聞こえてきた。

 ……いや、ちがうな?

 「また」じゃない。

 「まだ」だ。

 さっきからずっと歩き回っていたようだ。

 ずーっと同じテンポで、部屋の中をグルグル歩いているか、足踏みをしている。

 うわ、気持ち悪い、なんなんだ?

 変わった隣人だ。


 しかし、それが毎夜毎夜続くと、どんなやつが隣に住んでいるんだろう? と気になってきた。表札は出ていない。

 というか、夜になっても部屋に明かりがつかない……。

 流石に不動産屋に聞いてみた。

「お隣ですか? 住んでおられませんよ」

 マジかよ。

 どうする?

 とりあえず無視するか?

 ラジオの音を大きくし、つけっぱなしで寝ることにした。と、反対側から壁から「こん、こん」と叩く音がする。忘れてた。こっちにはちゃんと人が住んでいるのだ。

「すいませーん」

 ボリュームを下げる。歩き回る音がどうしても耳につく。

「うるさいでしょう、おとなり」

「え?」

「あしおと」

 あ、この人も知ってたんだ。

「おれ、その足音止める方法知ってるから、今からそっち行きますよ」

「え、マジですか」

「鍵開けといてくださいよ」

「わかりました」

 ドアノブに手をかけたところでピタリと動きが止まる。鳥肌が立つ。

 お隣さんはいない。

 毎日、深夜のコンビニでバイトをしている。

 俺さっき出かけるとこ見た。

 誰だよ。

 ドアの向こうから、とん、とん、とノックをする音がした。

 思わず後ずさった。

「開けてくださいよ」

 彼は布団をかぶって息を殺して、そのまま朝を待った。


 夜が明けると裏の寺に駆け込んだ。

 一部始終を寺の主に話すと、ふふ、と笑って「そりゃ、大丈夫ですよ。からかってるだけだから」

「新しい人が入るとね、まあ大抵なんかあるんですよ。でもそれで、なんというか、祟りだとかなんだとか、そういうことになった人はいませんからね。あの、うちに猫が二匹いてね。もう二十歳くらいになる年寄りだけどね。あれに挨拶して、可愛がるようにするとすぐ止まるようですよ。あれが化けてるのか、オバケを追っ払ってくれるのか知りませんけどね。ピタッと止まるそうですよ」

 実際、猫に「よろしくお願いします」と言って猫缶をくれてやるとピタリと静かになった。


 

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