第12話 下降

 夢の話なんだけど、と苦笑しながら話してくれた。


 十七歳の冬。

 彼女は階段を降りる夢を見た。

 見慣れた家の階段だった。両側の壁紙も手すりも馴染み深い。

 ただ、明かりが消えていて天井は暗い。

 降りる。

 しかしいつまでたっても一階にたどりつかない。

 延々と階段をくだっている。

 なんなんだろう、と思う。

 立ち止まったり、上ってみたりもする。

 別にそれでなにかが変わったりすることはない。

 とりあえず、降りていく。


 そんな夢だった。ああ、変な夢だな。と思ったが、夢なんて大概奇想天外なものですぐに忘れてしまった。が、次の日も同じ夢を見た。その次の日も。それからは毎日夢の中で階段をくだっている。いつから見始めたのだろうと振り返ると、なんだかもっと前から見ている気がする。覚えていないだけで一月くらい前から見ているような気がする。

 なんだか気持ち悪いな、と思ったがべつになにが起こるわけでもなく、しかも手のうちようがわからない。ただ見るに任せて今日も階段を下っていく。

 と、ある時から階段を降りながらうつらうつらとしてくることに気がついた。

 眠いような、ぼうっとするような。

 目が覚めると苦笑いを噛んだ。夢の中で寝るつもり? 歩いたまま? どんだけ寝不足なんだよ。

 確かに試験勉強に追われていた。もともと勉強は好きだし成績もいいから根を詰めてしまう。ちょっと寝不足なのは確かだ。学校でも「最近疲れてるねー」と言われる。二つ上の姉なんて休め休めと言ってくる。ダルさや軽い頭痛があるのも本当だ。それよりも体力が落ちた。学校の階段をのぼりおりするだけで疲れる。

 夢の中であんなに階段を降りてるのに。

 その日も夢を見た。

 いつまでたっても降りている。

 眠い。

 でも足は勝手に進む。

 夢の中で夢遊病。

 なんなんだろうなぁ。

 うつらうつら……。

「こら」

 はっと目が覚めた。

 いや、覚めてない。階段にいる。

「あんた道まちがっとるよ」

 階段の下に人がいる。黒くて見えない。

「どこ行きたいの」

「ええと、一階」

「そしたらこっちでしょう」

 左手を上げる。右を向く。

 あれ、どうして今まで気づかなかったんだろう?

 そうだそうだ。右に折れなきゃ行けないんだ。

「すいません、ありがとうございます」

「もうこっち来たらいかんよ」

「はい」

 とん、とん、と階段を降りると一階についた。

 電気が消えて、夜の静かな空気で満ちている。

 いつもの夜の家だった。

 いや、わずかな明かりが居間から漏れている。人の気配がある。

 身構え、居間を覗き込む。テレビがついている。体育座りした姉が振り返った。


「エロビデオ見てたんですよ。当時まだ居間のテレビにしかビデオがなくって。なにやってんのお姉ちゃんって言ったら一緒に見ようぜーってなって。なんかキャーキャー言いながら見てたら朝になってました。……で、結局それ以来見てないですね。その夢」

「あー、ちょっと待って。それおかしくない?」

「ああ、気づきました? 私、まだ夢から覚めてないんですよね。でもまあ問題ないしいいかなーって。もう十年以上前の話ですしねえ」

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