第9話 助言
寝る時に豆電球をつけておく人とまったくの黒暗でないと寝れないという人がいる。
私の母は「なにかあったとき真っ暗だと困る」というわけでつける、父は「寝る時に明るいのは不自然だ」と消したがる。結句、母の意見が通って父は薄暗がりで寝ることに慣れた。
私はと言えば「真っ暗は怖い」という理由で豆球をつける。
いとこも同じ理由で暗闇では寝たがらない。しかし、それにはエピソードがある。
それはこんな話だ……。
その道は長い一本道である。
片側が製薬会社の敷地で、何が建つのか、長年フェンスに囲われた空き地である。反対側はずっと低い崖で木々が道をおそっている。この道が山裾を掘り崩してできたものだとわかる。
暫く進むとフェンスはなくなり、ブロック塀が続く。ブロック塀は火事で喪失した豪農の屋敷の名残であった。そのあとにしばらく林が続き、50メートルほど両側を崖にした道になる。二メートル程度の低い崖だが、崖の上には社があって、およそそれが原因で整地されずに残されたのだろうとわかる。
その先が辻になり、外灯がある。右に曲がれば国道へ出る。あとはどれも田んぼの中を突っ切る道だ。
500メートルほどの道だろう。
この区間が夜になると恐ろしく暗かった。明かりがなく枝が蓋をし両側を遮られるので真っ暗になるのだ。
いとこは毎年その道を通った。父方の本家がそのあたりにある。
怖いので通りたくはなかったが、そうもいかない。
毎年おじいちゃんが仕事から帰ってくると「好きなもの買っといで」と千円を渡してくれる。国道まで出ればスーパーがある。アイスも食玩付きのお菓子もある。おもちゃもあるしジャンプもある。
行くしかない。
怖いところはとにかく走りぬけた。
小学六年になって気が付いた。
怖いのは単に暗いからである。
でも暗いからって怖がる必要はない。
今まで一度も、幽霊だとか、おばけだとか、怪物だとか、宇宙人だとか、とにかくなんにも遭遇したことはない。
ただ暗いだけだ、目をつぶってるのと一緒だ。
そう思うと大丈夫な気がした。
勇んで外に出てみたが、いざ暗闇に来ると、やはり……。
いや、ただ暗いだけなんだって……と、つばを飲み込んで強いてゆっくり歩く。
フェンスを越え、ブロック塀にさしかかった。
「あのう」
ギュッと身が縮まった。全身が固まる。
「あのう」
男の人の声だ。
真っ暗闇で姿は見えない。
いや、そもそも本当にいるのか。“人”なのか。
「あのう、君」
どうしよう、返事をしようか、しまいか。
「あのう」
息を飲んで固まった。
もう頭のなかは幽霊のイメージでいっぱいだった。
返事をしたらダメだ、と思った。
「あのう……君、死んでるよ。これは、全部、夢だ」
「……?」
思わず声が出そうになったが、喉元でつっかかる。
死んでる?
なに言ってんだ?
頭のなかでぐるぐると声が回る。
死んでる? 僕が?
なんで?
本当に?
だんだん、怖くなる。
だんだん、暗闇に身体が溶けていく気がした。
自分の身体が本当には存在しないような気がした。
自分は本当は死んでるんじゃないかという気がした。
すべては夢なのじゃないかと……。
さぁっ、と明かりがさした。
遠くからエンジン音がした。
「おうい」
原付に乗ったおじいちゃんが声を上げた、ヘッドライトが彼を照らした。
「ビールも一ケース買ってきてくれい」
そう言いながら彼の目の前で止まった。
「嫌だ!」
言うなり家へ向かって走っていった。
ヘッドライトの光の中には彼以外、誰もいなかった。
あれは恐怖心が作った幻聴だろう、といとこは言う。
でも、それからは寝る時にあの声を思い出すことがある。
本当にこの人生は夢で、不意に自分がもう死んでいることに気付いてしまうんじゃないかと。
自分の体が無くなってしまってるんじゃないかと。
だからいつも、自分の体を目で確認したい。寝る瞬間にも。
暗闇は嫌だ。暗闇で自分の体が視認できないと不安だ。本当は身体なんて無いかもしれないと思うとパニックになる。
完全に「呪われた」と思う。あれは一種の呪文だったのだ。
おじいちゃんに一度だけ相談したことがある。
すると「それは思い込みなんかじゃない。正真正銘の幽霊だ。あそこの家が火事になったのは道楽息子のせいなんだが、そいつはよく子供に悪戯をしたりいじめたりしていた。そいつに違いない」と言った。
「仏壇に向かってよくお祈りしなさい。祖先がそんなやつ叩きのめしてくれるから」
実際、仏壇に向かうようになると心強く、恐怖心は薄らいだ。
それでもまだ、いまだに、真っ暗にして寝るのはなんだか落ち着かないのだそうだ。
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