第4話 白

 たいした話でもないが、覚えている話がある。


 彼が小学生の頃、学校で肝試しをすることになった。五年生が十人、男ばかり。校内へは入れないからぐるっと敷地の外周を。校舎、体育館の裏からやや小高くなった自然林があり、学校で飼育しているアヒルとウサギの小屋を通って、プールを回ると校庭の端へ出る。

 それを一人で回ってくるという企画である。

 ただ暗い道を通るだけなのだが案外それでも怖いもので、このルートには外灯もなければ、樹林の影で外からの光もない。とくに体育館の裏から林を抜けるまでは文目あやめもわかぬという暗さであるから、もうそれだけでブルっとする子供もいる。

 さて、当然ながら彼らも「学校の怪談」なるものを知っている。不思議なものでどこかの学校で起きた怪奇現象だというのに、彼らの学校でも起きるかもしれない――いや、かつて起きた出来事だとさえ思っている。一体に学校なるものは全て同じなのか、それとも花子さんだのテケテケだのは場所ではなく学校という概念に憑いているのか。まあそれが都市伝説というものであろう。さておき、皆々それぞれ「学校の怪談」を思い出すまいとしている。

 思い出すまいとするということはもう思い出しているのである。

 誰もスタート地点から動き出さないから、馬鹿馬鹿しいもので「まずは皆で下見に行こう」などといい出した。

「安全確認のためにさ」

「怪我したくないもんな」

「何もいないんだけど」

 やいやい言いながら歩く。懐中電灯は二つもある。歩きはじめてしまえば、男子が十人もいるのだし怖くはない。校舎を周り、飼育小屋を過ぎ、プールが見えた。

「あっ」

 と、誰かが言った。

「あれ……」

「しっ」

「なに……あれ?」

 水を張ったプールの上になにか白いもやのようなものが立っている。

 タッ、と誰かが駆け出した。

 続いてもう一人、二人、全員。絶叫が遅れて出てきた。


 見たよな……見た……なんだったんだあれ……というわけで翌日には白い幽霊を見た男子が十人も出来た。今週から夏休みだ。みんなテンションが高い。

「マジで」

「マジで。白い女が水の上に立ってたんだよ」

「いや、あれは浮いていたんだ」

「逃げないとヤバかった。遅れてたら呪われてたかもな」


 夏休みが明けるとプールの授業が中止になった。子供たちがパニックを起こしたからだ。それは五年生から下の学年に波及した。

 パニックに発展した経緯はこうだ。

 夏休み中、肝試しをした十人のうち一人が海の事故で亡くなった。

「祟りだ」

「あの白い女の幽霊に足を捕まれ、海に引きずりこまれたんだ」

 そんな話がひそかに広がった。

「プールには絶対入らない」

 と、九人が頑なに言うと、その真剣さに飲み込まれた生徒たちが出てくる。みんながなんとなく怯えてるのを感じると、他の生徒も怖くなってくる。もはや祟りは恐れるべきものとして現実にある。

「私も入らない」

「私も」

「俺も」

 と、次第にヒステリックになっていった。


 やがて時は過ぎ、大学を出る頃に中学時代の同窓会があった。ひとしきり飲んで帰り道が三人同じで、当時の話が出た。

「覚えてるよ。初めて幽霊を見た。あれ以来見てないけど」

「どんなだったか覚えてるか」

「白い服を着た女だったよな。ぼうっとかすんでて、水の上にふらふら浮いてた」

「そうか、俺はあんまり覚えてないんだ。実は。なんだか白いもやがあったような、そんな程度なんだ」

「おまえ、あの時は先頭に立って色々喋ってたじゃないか」

「勢いだよ、なんとなく」

「あ、あのさ」と黙っていた一人が口を開く「俺のいとこが今教師やってんだ、そこで」

「へえ」

「今の子供達も知ってるみたいだぞ」

「幽霊が出るって?」

「そう。こんな話。『十年以上前、夜の学校に肝試しにきた男の子たちがいるんだ。で、プールのあたりにきたら水面に全身真っ白の女の幽霊が浮いている。男の子たちは逃げたんだけど、一番足の遅いやつは捕まった。その時は何もなかった。でも次のプールの授業の時、その男子が急に溺れだしたんだ。真っ白い女の手が彼の足を掴んで……』それで、いとこのやつは言うんだってさ。『これは現実にあった話なんだ。なぜならその肝試しをしたうちの一人は僕のいとこでね……』」

「冗談だろ」

「俺たち、怪談になっちゃったのか」


 

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