第28話「瑞夏」(7)ずっと傍にいて
ママは倒れている佑のポケットから手錠の鍵を探り当てると、わたしの戒めを解いた。
「ママ、どうして?ライブハウスで黒こげになっていたんじゃなかったの?」
「……そうね。でも、死んではいなかったわ。本当はもう少し早くあなたの前に現れたかったんだけど、肉体の損壊があまりにひどくて、ここまで修復するのに一か月近くかかってしまったの」
ママの言葉に、わたしは愕然とした。……ということは、まさか。
「それじゃあ、ママも『バイロン細胞』を……」
おそるおそる尋ねると、ママはゆっくりと頷いた。
「持っているわ」
予想だにしなかった事実を立て続けにつきつけられ、わたしは混乱した。なぜママの身体に『バイロン細胞』が?
「バイロンの研究所を爆破したのは、私の父なの。爆破の目的は『バイロン細胞』を盗み出すことと、捕われの女の子たちを連れ出すことだった。当時十七歳で父の助手を務めていた私も、女の子たちを救い出す手伝いをしたわ」
「ママが……バイロンの研究所で助手を務めていた?」
わたしは少なからず動揺した。それほど前にわたしとママが会っていたのなら、わたしが事務所にスカウトされたのは偶然ではないことになる。
「父は研究所から連れ出した女の子たちを、精神的なケアをした上で家族の元に返したの。私と父はとある地方都市でひっそりと暮らし、ほとぼりが冷めるのを待ったわ。
そんな時、私は事故に巻き込まれて大けがをしたの。さいわい一命はとりとめたものの、あちこちの臓器にダメージを受けていて、どのみち長くは生きられないと言われたわ。それで父は、いちかばちか研究所から持ちだした『バイロン細胞』を私に移植したの」
「じゃあ、ママの身体にはその時からずっと……」
「そう。バイロン細胞が生き続けている」
ママはいとおしむ様に自分の身体を見つめた。だが、佑の話では適合性が完全でなければ、いずれは死の影が忍び寄るはずだ。
「その数年後に父が亡くなり、わたしは一人になった。そこでふと、気になったの。ちりぢりになった四人の女の子たちは、どうしているかしらって。そんな時、どこで私の存在を知ったのか、聖螺がコンタクトを取ってきたの」
「聖螺が……」
「再会した聖螺は、昔のことを尋ねてきたわ。記憶の中におぼろげに残る、研究所での生活の事をね。今なら話しても大丈夫だと思った私は、バイロンの研究の事や、脱出の経緯を話したの。
そしたら彼女は「ほかの三人にも会いたい、一緒に探してほしい」と訴えてきた。それで私は残りの三人を集めるため『ファンタスマゴリー』を立ち上げたの」
「わたしたちを集めるために……」
「幸いなことに、あなたたち四人を見つけ出すのに、あまり時間はかからなかった。私は幸せだったわ。同じ細胞を持つだけあって、あなたたち四人の相性は抜群だった。……まさかバイロンの長男が生きていて、復讐をもくろんでいるなんて思いもしなかった」
「ママ……どんなにショックを受けても構わないから、もっと早く話してほしかった」
わたしはママの手を握った。もう誰も、私の前からいなくなってほしくない。
「本当はもう一つ、あなたに話しておかなくてはいけないことがあるの。バイロンの研究に参加する三年前、私は父の教え子だった男性と恋に落ちたの。
しばらくして私は、その人の子供を身ごもった。その時私は十四歳で、とうてい家庭を持てる年ではなかった。
私は黙って彼の前から姿を消し、こっそり女の子を産んだの。父と相談し、生まれた子は子供のいない夫婦に託すことになったわ。
それから三年後、高校生になったある日、私は父から衝撃的な話を聞かされたの。父が働いている研究所で女の子を預かっていて、その子が三年前に別れた私の子供だというの」
「ママの子供が研究所に……」
「研究の内容を把握していた父は、一刻も早く女の子を逃がさなければならない、そう決意したの。脱出を手伝わせる人間として、父は十七歳の私を助手として呼び寄せた。私は生き別れた娘と三年ぶりに研究所で再会し、何が何でも助け出そうと誓った」
「その女の子は、もしかして……」
「あなたよ、瑞夏。……でも、あなたの本当の両親は、愛情をもって育ててくれた今のご両親よ。十六年間も放っておいた生みの親なんかじゃなく……ね」
「まさかママが、私の本当のお母さんだなんて!」
わたしはママに抱きついた。こんな形で真実を知るなんて、悲しすぎる。
「だからあなたはこれからも、今のご両親と変わらずに暮らすのよ。いい?」
わたしは答えられず、いやいやをするようにかぶりを振った。ママに異変が生じたのは、その直後だった。それまで私を受け止めていた身体が、ぴんと硬直したのだった。
「……ママ?」
わたしは顔を上げ、目を瞠った。ママは驚愕の表情を浮かべ、凍り付いていた。
「あなたは!」
ママの背後に、額に穴を開けた佑が立っていた。佑は手にした注射器の針をママの首筋につき立てていた。
「まだ生きていたとは……もっと警戒すべきだった」
そう呟くと佑は注射器から手を離し、ゆっくりと床に崩れて行った。
「ママ――っ!」
ぐらりと傾いだママの身体を、わたしは抱き留めた。
「いやっ、どうして?どうしてなの?……こんなの、いやよっ」
わたしはママの身体を抱きかかえたまま、泣き叫んだ。その一方で、早くここから出なければならないと思った。
わたしはママの身体を起こすと、入り口の方に動かそうとした。思いのほかママの身体は重く、焦りと不安がわたしの中に広がった。
――どうしよう。思い切って警察に助けを求めたほうがいいだろうか。
そう思った時だった。部屋のどこかでごぼっという液体が撥ねるような音がした。
〈第二十九話に続く〉
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