第27話「瑞夏」(6)ある少年の肖像
「当時、僕は十三歳で母と暮らしていました。ある時、ひょんなことから自分の本当の父親がバイロンと呼ばれる科学者であること、そして病気の弟がいることを知ったのです」
「あなたが、バイロンの息子……」
「僕は父と同じ研究者の道に進みました。そして父の残した大量の生体組織サンプルの中から、バイロン細胞の一部を発見したのです。
僕は自己流のやり方でバイロン細胞を培養し、父とは異なる利用法を発見しました。
ある方法で変化させたバイロン細胞を人体に移植すると、組織の一部がまるで武器のように変化するのです」
わたしははっとした。わたしの身体に起きた変化が、まさにそれだったからだ。
「僕は臓器不全で余命いくばくもない犯罪者の中から、バイロン細胞に適合性を持つ者を選びだしました。彼らは優秀な人間兵器となりました」
おそらく、ヴィクターやテスラ兄弟のことを言っているのだろう。
「僕はバイロン細胞の研究を進めるうちに、かつて研究所から奪われたバイロン細胞は、どこに行ったのだろうと思うようになりました。
そろそろ研究を終了して、父と弟に不幸をもたらしたバイロン細胞を永久に封印しようと思っていた僕は、研究所を爆破した神坂を探し始めました。
そして『バイロン細胞』のホスト少女と細胞を移植された三人の少女たちがそろってバンドを結成し、デビューしていることを突き止めました」
「それが『メアリーシェリー』……」
「その通りです。彼らの肉体をこの世から消滅させれば、同時に『バイロン細胞』もこの世から消え去ることになる。そう考えたのです」
「じゃあ、わたしにしてくれた話……聖螺と偶然、知り会ったっていう話も全部、嘘だったのね?」
「いえ、さすがに全部嘘ではないです。彼女が僕の中学の後輩だというのは事実ですし、しいて言うなら『メアリーシェリー』に近づくために少しだけ、利用させてもらったということですかね」
佑が真実を語っている間、わたしの右手はびくびくと小刻みに震えていた。わたしは『クリスタル・ベル』で佑の話を聞いた時のことを思い出した。
あの時、わたしの右手は懐かしさに反応したのではなく、佑の嘘に気づいて反応したのではないか。
「ライブハウスを爆破するよう、ヴィクターに指示したのもあなたね?」
「ええ。残念ながら、一人生き残ってしまいましたがね。それで、不本意ながら、とどめを刺すべく特殊能力を持った『刺客』を差し向けたわけです」
「ヴィクターや、テスラ兄弟のことね」
「そうです。まさかこんなにもあっさりと倒されてしまうとは思いもしませんでしたが」
「事故の後、聖螺の恋人を装ってわたしに近づいたのも、生き残った一人を確実に葬り去るためね」
「残念ながら、そういうことです。差し向けた三人がことごとく返り討ちに遭った以上、ここで確実にあなたにとどめを刺さねばなりません……その前に」
そう言うと、佑は再び金属の箱からガラスケースを取り出した。
「このような忌まわしい生命体は、この世から永久に消してしまわねばなりません」
佑はガラスケースを暖炉の中にほうった。ガラスの割れる音がして、炎が勢いよく燃え上がった。
「やめて!」わたしは思わず叫んだ。
一瞬、燃え盛る炎の中で身もだえする細胞が見えた気がした。かつてわたしの一部だった生命。気のせいとわかってはいたが、その断末魔のうめき声が聞こえた気がしたのだ。
「さんざん、探し求めてきた敵が自分自身だった――どんなお気持ちですか?」
佑の言葉はわたしの胸を容赦なく貫いた。爆発事故の時、聖螺、明日香、姫那の三人がわたしに体の一部を与えることができたのは――彼女たちの身体の一部が、もともとわたしの物だったからなのだ。
「お仲間の三人は、うまく適合できたとはいえ、いずれは緩やかな拒絶反応を起こすはずでした。拒絶といっても彼女たちの身体があなたを拒絶するのではない。あなたの細胞が彼女たちの身体を遠からず食いつくすはずだったのです」
頭を殴られたような衝撃だった。……わたしが、聖螺たちを殺すはずだった?まさか。
「そうなる前にせめて事故死という最期を与えたつもりだったのに……不覚でした」
わたしの中で怒りとも悲しみともつかない、言いようのない感情が渦巻いていた。
「さて、これでこの世に残ったのはあなた一人となった。……これが何だかわかりますか」
佑の手には、注射器らしき物が握られていた。
「この中の薬品には『バイロン細胞』の構造を遺伝子レベルで断ち切り、機能を停止させる特殊な酵素が含まれています。これを注射すればあなたの『仮の命』は消え失せ、本来の姿に戻ります。……あの、爆発事故の直後のあなたの姿にね」
佑は注射器を手にしたまま、横たえられたわたしに歩み寄ってきた。佑がわたしの傍らにしゃがみこみ、わたしは恐怖で反射的に身じろぎした。
「すぐすみますよ。……地獄でメアリーシェリーを再結成するんですね」
首筋に、ちくりと痛みが走った。もうおしまいだ、そう思った時だった。
銃声が鳴り響き、首から注射針が抜かれる感覚があった。わたしは体の向きを変え、目の前の光景に呆然とした。佑の額の真ん中に、黒い穴が穿たれていた。
「な……ぜ……だ」
佑は立ち膝の姿勢のまま、床へ前のめりに崩れた。わたしは背後を見た。そこには予想もしなかった人物がいた。
「ママ……」
入り口の所に立っていたのは、拳銃を構えたママ――神坂麻理子だった。
「助けに来たよ、瑞香」
〈第二十八話に続く〉
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