第20話「姫那」(4)彼女に似た誰か


 マイナー調のアウトロとともに 男女のハーモニーが静かにフェイドアウトすると、 拍手が店内にさざ波のように広がった。


「素敵ねえ」


 わたしのすぐ隣で、うっとりと漏らしたのは陽苗だった。大きな丸テーブルを囲んでいる観客の中には、陽苗の他に石黒や凛那、そして西條和奏もいた。


「以上で、本日の演目は終了です。みなさん、ごゆっくりとお茶をお楽しみください」


 マスターの妹でヴォーカル担当の梨田文南なしだあやなが、にこやかにそう告げた。『アナ』の定期ライブにこの日、わたしは数名の知人たちを誘ったのだった。


「でも珍しいわね、瑞夏ちゃんが、演奏会に私やイットモさんを誘うなんて」


 陽苗は目をくりくりと動かしながら言った。わたしは演奏の余韻に浸っている一同を眺め、切り出すなら今だろうと意を決した。


「実はね、みんなを誘ったのにはわけがあるんだ。十五年前、一人の少女がやって見せた人間消失……『ほこら』の謎を今、ここで解こうと思うの」


 テーブルがざわめいた。凛那は目を大きく見開き、和奏は「まさか」という驚きの表情を浮かべていた。


「……と、その前に。石黒さん」


 いきなり名を呼ばれ、石黒は不意を突かれたような顔で私の方を見た。


「石黒さんには、ご兄弟はいらっしゃいますか?」


「え……ああ。妹が、一人」


「もしかして、Y女学院に通われていた時期があったのではありませんか?」


「……確かに、あったよ。ごく短い間だったけれど」


「これでわかりました。『復活の紋章』を作り、『ほこら』から消えるという言い伝えを作ったのは、おそらく石黒さんの妹さんです」


 えっ、という声が数か所で同時に上がった。驚かれるであろうことは、予想済みだった。


「学園祭の日、石黒さんが陽苗のタトゥーシールを見て思わず怒鳴ったのは、タトゥーを入れたと勘違いしたからではなく、忘れ去られたはずの十五年前の事件を蒸し返していると思ったからです。つまり、石黒さんは『ほこら』事件を封印しておきたかったのです」


「まさか……イットモさん、瑞夏ちゃんの言ったことって、本当なんですか?」


 石黒は押し黙り、しばし宙を見つめた。……が、やがて意を決したように口を開いた。


「本当だ。十五年前『ほこら』を作って姿を消したのは、妹の智花ともかだ」


 一同が大きくざわめいた。口を開け、とりわけ大きな反応を見せたのは、和奏だった。


「じゃあ、あなたも双子なんですね」


 和奏が石黒の方を見て行った。石黒は鼻から息を吐き出すと、ゆっくりと頷いた。


「十五年前、僕と智花は同じ公立高校を受験した。結果は二人とも不合格だった。そして僕は私立の男子校へ、智花はY女学院へと進んだんだ。


 僕はそれなりに充実した高校生活を送っていたが、智花は女子だけの集団が肌に合わなかったようで、Y女学院で孤立していた。


 やがて智花は別の学校への転入を希望するようになり、家族もそれに同意した。問題はY女学院である種、スター的な人気を得ていた智花を、どうやって脱落のイメージをつけずに転校させるかということだった」


「それで『冥界のほこら』という舞台装置を設定したんですね」


「そう。幸い、智花に男の双子がいることはあまり知られていなかった。女の双子ならどこかで見られて話題になる可能性があるが、僕と智花は顔が似ていたにもかかわらず、学校が違ったためにほとんど知られずに済んでいたんだ。そこで、智花の親友に事情を説明して、トリックを手伝ってもらうことにしたんだ」


「高校生だったから、体形もかろうじてごまかせた?」


「僕は小柄で、智花は割と背が高かったからね。僕は智花の制服が着られたんだよ」


「つまり、校庭から教室に向かって呼びかけた「少女」は石黒さんだったんですね」


「そう。智花が「消えた」タイミングを見計らって呼びかける役目だった」


「これで謎の一つは解けました。要するに消えた少女と同じ格好をした人間がもう一人、いたわけです。あとは本物の彼女がいかにして『ほこら』から姿を消したかです」


 わたしはハニーティーで口を湿らせると、おもむろに続きを切り出した。


「トリックは非常にシンプルなものでした。先ほど、石黒さんが、智花さんの親友がトリックを手伝ったと言いましたね。『ほこら』を前後に分かれて見守っていた二人のうち、教室の後ろのほうにいた友人が、智花さんの親友だったのです」


「見守る位置が重要だったの?」


 陽苗が首を傾げた。わたしは力強く頷いた。


「そう。智花さんが『ほこら』の中に入ってゆく際に、うまく自分が後ろになるよう、場の雰囲気を持っていたんです。親友が後ろに、もう一人が教壇側へと首尾よく別れたら、親友は前にいる子から自分が見えないことを確かめたうえで、そっと行動に出たのです」


「どんな?」


「教室の後ろに固めて寄せてあった机の奥から、大きめのスポーツバッグを音を立てないように引っ張り出し、暗幕の裾の方からバッグをそっと中に入れてしまうのです」


 わたしは身をかがめ、スポーツバッグを暗幕の内側に入れる様子を演じて見せた。


「一方、智花さんは前にいる友人が暗幕の入り口を閉じた後、すでに入っていた『ほこら』の中から外に出て、『ほこら』と暗幕との間にできた三角の隙間を通って後ろのほうに回りこみます。この時、膨らみができないよう、幅の広い下の方を這って移動します。そして無事に後ろ側に移動を終えたら、今度は姿を隠します」


「どこに?」


「バッグの中です。智花さんはおそらく、身体が柔軟だったんだと思います。『ほこら』の後ろの暗幕の中で、音を立てないように首から下をすっぽりとスポーツバッグの中に入れてしまったのです。そう……ちょうど猫が狭いスペースにすっぽりと入ってしまうように」


「信じられない……本当にそんなことをやってのけたのかしら」


「うまくバッグに入り終えたら、智花さんは後ろにいる親友に合図をします。親友は暗幕からバッグを引っ張り出し、頭が出た状態でファスナーを閉めます。そしてバッグからはみ出た頭に大きめのタオルを被せ、再び机の隙間に押し込んだのです」


 わたしは自分でトリックを再現しながら、なんという大胆な仕掛けを実践したのだろうと、密かに感心した。


「智花さんが『ほこら』から消えてしばらく経ったころ、親友はわざと「いくらなんでも遅すぎるわ」と言います。前にいる友人は、暗幕を開けて智花さんが『ほこら』から消え失せたことを知ります。驚いている前の友人に親友は「暗幕を取ってみましょう」と提案します。


 二人がかりで『ほこら』から外した暗幕を、親友はさりげなくバッグを隠すようにまとめておきます。暗幕を外した後、親友は何らかの方法で校庭にいる智花さんのお兄さんに合図を送ります。合図を確認したお兄さんは、大声で教室に呼びかけるのです」


「そうか、それで双子が役に立つわけだ!」


「ええ。親友は前の方にいた友人に「行ってみましょう」と教室を出るよう、促します。そして自分は一呼吸遅れたふりをして、バッグのファスナーを開けます。

 そして智花さんは、二人の姿が教室から消えたことを確認して、バッグから出るのです。そしてどこかに隠してあった服に着替えて、学校の外へと脱出します」


「お兄さんは、先に逃げてしまっていたので、グラウンドにはもういなかった……」


「そうです。地面に『SO LONG』の文字を残してね」


「じゃあ、和奏の時も……」 


 陽苗がそう口にした時だった。初めて和奏が口を開いた。


「そう。私にも双子の弟がいるのよ。私にそっくりな、ね。十五年前の事件が双子によるトリックだと気づいた時、私はこのトリックを再現できるのは、智花さんと同じように双子の兄弟がいる人間に限られる、ということに気づいたの。つまり自分とそっくりな人間が身近にいることが『復活の紋章』を受け継ぐことができる唯一の資格だと思ったわけ」


「でも、そもそもどうして十五年前の事件を再現しようと思ったの?」


 陽苗が思い出したように疑問を口にした。和奏は苦笑いを浮かべ「それはね」と言った。


「いままで『復活の紋章』のことはそれなりに知られてたけど、どうやって少女が『ほこら』から消えたかを解き明かした生徒は一人もいなかった。私はずっとその謎に興味があったんだけど、ある時、テレビでスポーツバッグの中に入ってしまう人を見て「これならできるかも」って気づいたの。……ただ、瞬間移動のトリックだけがわからなかった。移動のトリックに気づくことができたのは陽苗、あなたのおかげなのよ」


「私の?」


「覚えてない?陽苗に一度、石黒さんを紹介してもらったことがあったでしょ。あの後、偶然、街で石黒さんを見かけたことがあったの。その時、石黒さんの隣にはよく似た女の人がいたわ。彼女かな?とも思ったけど、兄妹ってこともあり得るなって思ったら、自然と『双子』っていう連想に行きついたのよ。石黒さんの世代から考えたら、十五年くらい前は私たちと同世代だったはず。もしかしたら……と想像が広がったわけ」


「じゃあ、冥界からのメッセージというのは?」


「あれは、十五年ぶりに謎を解いたんだから、生まれ変わりを名乗っても文句は言われないよね、っていう気持ちになって、だったら実際に紋章もつけちゃおうと思ったの」


「で、謎について聞かれたら、実際にやって見せようと」


「うん。まさか他にも生まれ変わりを名乗る子が出てくるとは思わなかったから、ちょっとむきになっちゃったんだよね」


「もし、瑞夏が謎を解かなかったら、どうするつもりだったの?」


「弟にライブにこっそり来てもらって、演奏してる時に「今ここで『ほこら』事件の種明かしをします」って宣言して、ステージ上に呼ぼうと思ったんです。そっくりな顔の人間が並んでるところを見たら、みんなも「ああー」って思うんじゃないかと思って」


「そっかー。しかし石黒さんの妹さんが私たちの先輩だとは思いもしなかったなー。……なんで今まで、話してくれなかったんですか?」


 陽苗に問い詰められ、石黒はばつが悪そうに視線をさまよさせた。


「今思い返すと、子供とは言え恥ずかしいパフォーマンスだったし、あんまり人に話すようなことじゃないと思ってさ。いつもいばってるくせに、とか思われるのも癪だし」


「これからは、私の事を子供っぽいとか言えないよね」


 陽苗が鬼の首でも取ったかのように言い、座が笑いに包まれた。


「さあ、こちらの双子も頑張ってますよ。音楽の次は味のパフォーマンスです、どうぞ」


 そう言って文南の兄の洵也じゅんやが切り分けたハニーパイを並べると、歓声が沸き上がった。


             〈第二十一話に続く〉

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