第18話「姫那」(2)冥界からの帰還
「姉がお世話になりました」
模擬店のテーブルにつくなり、少女は頭を深々と下げた。
「
いきなり亡くなった姫那の話を出され、わたしは返答に窮した。
「いえ、わたしこそお姉さんにはいつも助けられてました。あの……」
助けられなくてごめんなさい、という言葉が浮かんだが、それを言ってどうなるという気持ちが上回り、わたしは口を噤んだ。
「私と姉は小さい頃から一緒に合唱したり、バンドごっこをしたりしてたんです。ベースもほとんど同時期に始めて……『メアリーシェリー』のライブも何度か見に行きました」
わたしは胸が熱くなるのを覚えた。姫那本人がこの場にいてくれたらどんなに良かったろう。もっとメンバーと色々な話をしておけばよかった、あらためてそう思った。
「今日のライブ、まるで姫那の演奏を聴いてるみたいでした。……つけていた指輪、お姉さんと同じものですよね?」
わたしがアクセサリーに話を向けると、凛那の目がぱっと輝いた。
「そうなんです。姉がデザインしたリングで、以前はたまにつける程度だったんですけど、姉が亡くなってからは、ステージに上がるたびにつけるようにしたんです。これをつけてると、姉と一緒に演奏してるような気がして……」
わたしの体の中で、お姉さんが生きている……そう言ったらどんな顔をするだろうか。
「ファッションもメイクも常に姉が手本であり、ライバルでした。最近やっと、自分らしさを出せるようになってきたのに……もっとステージを姉に見て欲しかったです」
「たしかに演奏スタイルは似ているけど、でも、凛那さんのパフォーマンスはもっとなんていうか……可愛らしくてキラキラしてる感じ。姫那とはちょっと違うかな」
わたしが印象を述べると凛那は嬉しそうに頬をほころばせた。
「でも、本当は可愛い感じにちょっと怖い感じを混ぜたいんですよね。小道具にナイフやドクロをあしらうとか」
「そういえば、腕のタトゥー、学校的にはOKなの?」
わたしはもっとも気になっていた点に切りこんだ。
「あ、これですか?……これ、シールなんです。うちの学校で本当にタトゥーなんか入れたら、停学です」
凛那は苦笑交じりに言った。わたしはやはり、と思うと同時に少しばかり安堵を覚えた。
「それ、陽苗と、あの……もう一人のサックスの子もつけてましたよね?」
「ええ。……これ、一部の生徒の間で、流行ったことがあって……と言っても、五、六人ですけど。『復活の紋章』っていう名前がついてるんです」
「『復活の紋章』?」
わたしは思ず復唱していた。なんとも大仰なネーミングだ。ゲームか何かだろうか。
「はい。デザインを考えたのは、実はもう十五年も前の生徒なんです」
「十五年……それはまた、ずいぶんと昔の話ですね」
「このタトゥーシールを作ったのは、さっきサックスを吹いていた子なんです。
「それが流行ったわけだ……でも、十五年も前にいた生徒が作ったデザインが、どうして今まで残っていたのかしら」
「それは……十五年前に起きたある『事件』と関係があるんです」
「事件?どんな?」
「みんなからは『冥界のほこら事件』って呼ばれてるんですけど……十五年前に、一人の生徒が学校の中で消えてしまったんです」
「消えた、ですって?学校の中で?」
「はい。なんか当時、美人で成績もトップクラスの子がいたんです。凄く人気があって、みんながあこがれてたらしいんですけど、本人は厳しい校則や学校の雰囲気に反発していて、ある時から『近いうちに私は冥界に行く』という予言めいた言葉をを口にするようになったんです。そして黒板やノートにこの『復活の紋章』を描くようになったんです」
ノイローゼだろうか。とわたしは思った。頭が良すぎたり感性が鋭すぎる子には往々にして、予想もつかない行動に出ることがあるのだ。
「ある時、彼女は誰もいない校舎に友人二人を呼び出して、教室の中に『ほこら』を作りました。『ほこら』は、机を三段に重ねたものをぐるっと円形に並べて、一か所を出入り口にしたものです。上から見るとアルファベットの『C』みたいな感じです」
わたしは形を頭に思い浮かべた。ようするに机で作った塔だ。
「彼女はそれを大きな暗幕みたいな布ですっぽりと覆い、余った裾の部分をテントみたいに広げて椅子で抑えました。そして二人を黒板側と教室の後ろ側に立たせて「私はこれから冥界に行く。ずっと先、腕に『復活の紋章』が浮かび上がった子がいたら、それは私の生まれ変わりだ」と言い残して『ほこら』の中に入っていったんです」
腕に……なるほど、それでか。わたしはようやく話の核心にたどり着いた気がした。
「十分ほどして、後ろのほうにいた友人が「なんだか静かだけど、大丈夫かしら」って言いだして、彼女には悪いけど覗いてみようってことになりました。で、黒板側の子が暗幕をめくって『ほこら』の中を見たら、誰もいなかったんです」
わたしは考え込んだ。それはつまり『神隠し』みたいなものではないか。
「そしたら突然、窓の外から「おーい」っていう声が聞こえて来て、見てみたら校庭に彼女らしき子がいて、手を振っていました。驚いた二人は教室を出て、校庭に行ってみたそうです。そしたら、土の上に『SO LONG』という文字だけが残されていて、彼女の姿は見当たらなかったそうです。
それきり彼女は消えてしまって、学校に戻っては来ませんでした。転校したとか死んでしまったとかいろいろな噂が流れたけど、結局、真相はわからないまま。紋章とともに伝説として語り継がれている……というわけです」
「不思議な話ねえ。その紋章を、サックスの子がシールにしたわけね」
「そうなんですけど、そのきっかけが、ちょっと気になるんです」
「……というと?」
「自分は冥界からメッセージを受け取ったっていうんです」
「タトゥーシールを作れって言うメッセージを?」
「そうじゃなくて、あなたは私の生まれ変わりだ、みたいなメッセージらしいです」
「あー、それで紋章を自分の腕に貼りつけたわけか。ちょっと『浮かび上がる』とはニュアンスが違うみたいだけど」
「そういうことです。そしたら、何人かの子が「同じシールが欲しい」って言いだして……てっきり断るかと思ったら、和奏は「いいわ。ただし『本物』は私だけど」って言って、他の子にも作ってあげたんです。私や陽苗もライブ映えするかなと思って、お願いして作ってもらいました」
「なんだか復活の安売りみたいになっちゃったんだ」
「はい。そしたらある子が「私こそ生まれ変わりよ」って言いだして、和奏が怒ってしまったんです。それで和奏は「じゃあ、十五年前みたいに消えることができる?私はできるわ」って言いだして。実際にやってみることになったんです」
「……で、どうしたの?本当に消えちゃったの?」
「そうなんです。……ただし和奏は次の日、ちゃんと登校してきましたけど。そして生まれ変わりを主張した子に「私が消えた謎が解けるまで、あなたとは口を利かないし、部活にも出ない」って言い放ったんです。
和奏とその子は吹奏楽部で、和奏はサックスのソロパート担当だったから、かなり困ったみたいです。結局、発言を撤回するってことで許してもらったようですが、謎はいまだに解けないままなんです」
「謎のまま……ですか。でも、再現できたということは、その西條さんは、十五年前の謎を解いたわけですよね?」
「たぶんそうだと思います。でも、私や陽苗の頭じゃどう考えてもわからなくて……」
「生まれ変わり云々はともかく、その『ほこら』の話には何らかのトリックが絶対あったと思いますよ」
わたしが言うと、凛那は「私もそう思います」と頷いた。タトゥーにまつわる物語はいったん終息したようだが、新たな謎を頭に詰め込まれたわたしは、もやもやした気持ちを抱えたまま、凛那と別れた。
〈第十九話に続く〉
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