第4話

  第四章〔タイヤキ〕



「間に合いそうだな。」


俺は少しアクセルを戻し、スピードを緩めた。


最後のカーブを曲がる、


「見えた!!え?あれ?誰か居る。」



それは、いつも座って夕日を眺める場所に、誰かが座っていたのである。


「うわ~、どうしよう。」


とりあえず横目で見ながら通り過ぎる。


「女の子?泣いてた…?」


夕日に照らされた涙が、ハッキリと俺の目に映った。


ちょうど今は満潮の時間、堤防の下にはすぐ海が広がってる。


「まさか、変な事考えてないよな。」


よくない思いが頭をよぎる。


「それにあそこは、俺の場所…、今日、夕日を見れなかったら、今度はいつ見られるかわからない。」


「え~い、なるようになれだ!」


俺は意を決して、オートバイをUターンさせた。


「海に落ちてたらどうしよう…」


悪い予感が頭をよぎる。

だが、その心配はすぐに無くなった。


「よかった、まだ居た。」


俺は道路沿いの駐車場にオートバイを止め、彼女の居る場所に近づいた。


彼女は俺の気配に気づいたのか、チラッとこっちを見て、すぐに海の方に顔を向けた。


俺は勇気を振り絞り、彼女のすぐ隣まで行き声をかけた。


「よかったら、タイヤキ食べます?」


「はぁ?」

彼女が睨むような目で、こっちを見た。


俺は蛇に睨まれたカエルのように固まった。

それもそのはずだ、中学以来家族以外の女性とはまともに話などしたことがない。

ましてや二人きりなんて考えてもみなかった事である。


「い、いや、よかったらタイヤキどう…」

俺のセリフを遮るように


「ナンパですか!ナンパなら他でやって下さい!迷惑です!!」


彼女は強い口調で言い放ち、また海の方を向いた。


「なんだよ、この女、ナンパじゃね~よ。心配してただけだろ。」


彼女が地元の娘じゃないことはすぐにわかった。


海に不釣り合いなオシャレな服装、都会的な喋り方。旅行ついでに立ち寄ったのだろう。



俺は少しカチンときたが、「まあ、いいや」と開き直り、彼女の事は無視して、本来の目的である「夕日を見る」事に専念しようと思った。



少し離れて腰を下ろし、夕日を見ながらタイヤキを頬張った。


「あちっ!」

少し時間が経ったとはいえ、出来立てのタイヤキを買ったのである。しかも夏、熱いわけだ。


彼女がチラッとこっちを見る。


俺と目が合い、また海の方を向く。


気にせずに、もう一口食べる。


また、彼女がチラッとこっちを見る。


「なんだよ、何か文句でもある?」


俺は、さっき彼女に怒鳴られたのを思い出し、続けてこう言った。


「さっき泣いてたくせに。」


彼女はビックリしたようにこっちを向き


「な、泣いてなんかいません!!」


真っ赤になって彼女が反論する。

夕日に照らされた顔が、もっと赤くなる。


「ど~せ、彼氏とケンカでもしたんだろ?」


俺の放った何気ないこの一言が、トドメの一撃になった。


「うっ、うわ~っん!」


彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「え?何…?」


状況がよくわからない…


まさか、数時間前に彼女の身にあんなことがあってたなんて、思ってもみなかったからである。


「うぇ~ん、うぇ~ん…」


彼女は顔をくしゃくしゃにしながら泣きつづける。


「ゴ、ゴメン、ゴメン…そんなつもりじゃなかったんだ。」


「ゴメン」という言葉を何回言ったかわからないほど、俺は、必死に謝った。


「俺、ダメなんだこういうの、女の子とまともに話した事無いから…何か気に障ったのなら謝るから…、とにかくゴメン、ホントにゴメン…」


無我夢中というのは、こうゆう事をいうのかもしれない。


「とにかく、ほらこれ。」

俺はポケットからハンカチを取り出し、彼女に渡した。


彼女はハンカチを顔に押し当てた。


こんな俺でも、ハンカチは常に持ち歩いている。

毎回、妹に口うるさく言われているからである。


「お兄ちゃん、ハンカチはね、手を拭くだけの物じゃないんだよ。包帯の代わりになったり、濡らして冷やしたり出来る、万能アイテムなんだから、出掛ける時は必ず持って行く事。」


妹の選択肢の中に「女の子の涙を拭く」は無かったが、まさかそんな事に使われているとは夢にも思わないだろう。


俺のハンカチも幸せものである。



少し落ち着いたみたいだったが、まだ鼻をすする音がしていた。


俺は手に持っていたタイヤキを思い出した。


「ほら、これ、タイヤキ食べる?」


チラッとタイヤキを見た彼女が、小さな声でつぶやく。


「ホントにこれ、タイヤキ?」


さっきからチラチラと見ていたのは、俺の方じゃなく、タイヤキの方だったのである。


ムリもない、俺の持っていたタイヤキは、普通の茶色と違って、真っ白なのだ。

生地にもち米を使っているらしく、モチモチとした食感が、より一層美味しさを引き立てるらしい(妹談)



「ちょっと変わってるけど、味は保障するよ。」


彼女はタイヤキを手に取り、パクリと一口食べた。


「なにこれ、美味しい~!」


彼女の目が丸くなる。もう一口頬張る、さっきより大きな口だ。


「美味しいね、これ。」


彼女が笑顔でこっちを振り向く。


次の瞬間、俺は思わず吹き出してしまった。


「プッ、アハハ、アハハハハ…」


キョトンとしてる彼女に、俺は指をさし


「鼻…、鼻にアンコがついてる…、アハハハハ…」


彼女は、また真っ赤になって、急いで鞄の中から手鏡を取り出し、涙を拭ったハンカチで鼻のアンコを拭いた。


「もう、レディーを指差して笑うなんて、失礼よ!」


また怒られてしまった。

しかし、最初の頃と違い、口調が優しく感じられた。


「ゴメン、ゴメン。こっちのタイヤキもあげるから。」


俺は袋をさしだし、中を指差した。


「こっちがカスタードクリームで、こっちがチョコレート。」


もうこうなってくると、タイヤキというより、魚の形をした、白いスイーツである。


「じゃあ、こっち。」


彼女はカスタードクリームのタイヤキを取った。


そして一口食べるなり、


「うわっ、これも美味しい~!」


思わず彼女の顔がほころぶ。


「わたしこっちの方が好きだな。」


「好き」という言葉にドキッとした。


あまり女の子の「好き」という言葉を身近で耳にしてないからだ。


美味しそうにタイヤキを食べる彼女に、俺は少し見とれていた。


「好き」と言われた白いタイヤキも、恥ずかしそうに夕日に照らされ、ピンク色に染まっていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る