少しだけ、本当に、少しだけ。
今日も、本を読んでいる。もちろん場所は図書室だ。
カタッ、と扉を開く音がした。…気がする。極めて小さな音だったので自信はないが…
「うぃー」
当たっていたようだ。
先日自己紹介をしたばかりの私たちの関係には、これといって名前が付かない。強いて言うならば「顔見知り」とか「知り合い」とかになるのだろう。
「今日は何読んでんの?」
「先生に貸し出された本。」
「借りたんじゃなく?」
「貸し出された。」
ふーんとかほーんとか感情の読み取れない返事をして、他の席だって空いている(というか他に誰もいない)のに隣に座ってくる。わざわざ椅子の向きをこちらとは反対側に向けて、背もたれに向かって座り、腕と顎をそこに乗せている。横から同じ本を読むつもりのようだ。
「今日のそれはあれか。エッセイってやつ?」
「…多分、そうだと思う。」
特別な有名人が書いたという訳ではなさそうなそれは、どうやら彼の好みではなかったらしい。退屈そうなのを隠しもしないで、ほとんど半目で本に視線を向けている。
「俺だめなんだよねー、リアルなやつ。起承転結っていうかさ、どでかい波がないと読んでても退屈っていうか」
やっぱり、という言葉は出さずに、ちらと視線だけで返事をする。
「退屈ってしんどいじゃん?何もしないでいるのとかほんと無理。落ち着かないし、もどかしくなる。」
「全校集会とか、嫌いでしょう」
「お、正解」
質問ではなく、そうだろうという確信をもった答えだった。
「俺たちまだ始めようと思えばなんでも始められる歳だしさ、いろんなことに手ぇ出して成功して失敗して、そしたら今もその先も絶対退屈なんてしないよな。それって最高だと思うわ」
なんだか、ドキリとした。水泳は、乗り越えられない壁の存在を感じたから辞めた。他のことにも、チャレンジした。でもそれらに対して真摯に取り組んだかと訊かれたら、私は多分、頷くことができない。最終的にぶち当たるであろう「壁」の存在を、私はずっと意識している。
「何か一つのことでドカンと有名になるのも良さそうだけど、いろんなこと楽しんで生きていく中でなら、そういうエッセイも楽しんで読めたりするんかな?」
知り合って間もないけど…この人は本当にバカで、少しだけ、すごいのかもしれない。
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