第一章二十六話 劫火

 美しい。そう感じる者もいるだろう。

 不謹慎ではあるが、劫火を噴き上げる城はまるで聖火台のようであり、暗い夜を煌々と照らし上げる様は神秘的とさえいえる。それとは裏腹に、不安と感動が綯い交ぜになる感覚に、国民達はただただ震えていた。

 しかし、都市から離れた平野にて、灼ける空を見て笑う者がいた。

「ハハァ! 凄ぇだろぉ!! 俺様が盛大で最強な火を着けてやったからなぁ!!」

 気品も知性もなく赤髪の男、リーブが無駄に大きな声で笑っていた。

 鼓膜を揺らされ不快な顔を見せているのはマジシャン衣裳を纏った女、マクシアである。

「うっさい! はぁ~、どうしてブレインはこんな筋肉馬鹿を置いとくのかしら……」

「なんだぁ? 詐欺師の姉さんは俺様の大活躍に嫉妬かぁ?」

「マ・ジ・シャ・ンよ! 口を縫い付けて欲しいのかしら?」

「カカ、そういきり立つな、マクシアよ。少なくとも坊は役目を果たしておる」

「なによ、アトラス。リーブをフォローするなんて、とうとうボケたのかしら?」

 そう問われ、白衣を纏った少女アトラスは巨大な黒犬の上で嗤った。

「カッカ、ワッシは今宵実に機嫌がよい。愉快な童共に会うての。ポチに手傷を負わせたばかりか、よもや取り逃がすとは思わなんだ。おお、ポチよ、後でちゃんと食事を用意してやるからのう」

「ほぉ、婆さんの所にも凄ぇのがいたのかぁ! 俺も会ったぜぇ! 強えのも間違いねえが、何より美人な姉ちゃんだったなぁ!!」

「あら、リーブもそういうことに興味があったのね。お姉さんと遊んでみる?」

「ハッ、五十年遅えだろババァ!」

「フフ、ウフフフフフフ。いい度胸してるわねぇ、リィブゥゥ?」

 その時だった。突如、三人の周囲に髑髏の面を付けた者達が集結した。

 文字通り、彼らは闇に溶け込んでいたのだろう。皆一様に同じ仮面で顔を覆っており、無言で膝を付いていた。

 そんな異様な空間においても、リーブ、マクシア、アトラスの三人は表情一つ変えることはなかった。

「よぉ、大将! 見ろよ、あの最強の炎! 俺様の大活躍だぜぇ!!」

「主を前にしても坊は騒がしいのう。実に……むー……そうじゃ、まいぺーす、というやつじゃな」

「こちらの首尾は上出来よ。城内どころか都市全体が大混乱。それで、そちらの目的は果たせたの、ブレイン?」

 他の者達は声どころか物音一つ立てない。それは礼儀などではない。

 彼らはただ恐怖し、同時に崇敬しているのだ。

 劫火を背にしても尚余りある、まるで闇と殺気を撹拌した仮面の者――ブレインと呼ばれる存在が彼らを跪かせていた。

 ブレインは仮面越しに一同を見回した後、言葉を発した。

「目的は達した。半分はな」

 仮面の下はいかなる表情をしているのか。籠った声は性別の区別すら付かない。暗殺集団クラニアの中でもその素顔を知る者は皆無だった。

 曖昧な発言を訝しみながらマクシアが言った。

「半分? お姫様は仕留めたんでしょう?」

「そんなことより聞いてくれよぉ!! 衛士とかいう連中は雑魚だったが、その中に凄え奴がいたんだよぉ!!」

 割り込みというよりもはや妨害であった。

 リーブの大声を前にしても、仮面の内に潜む感情は無であった。

「知っているさ。むしろ、そうでなくては困るからな」

「ふむ、何でもよいわい。ワッシ等の教義は金銭のみ。否、お主だけは金には無縁かの、副首領殿?」

 ブレインの傍ら、巨木のごとき迫力を放つ男が佇んでいた。

 ブレインと同じ、それでいてより無骨な仮面を着けた大男――フロンタルは何も答えず、首一つ動かさない。

「相変わらず金魚の糞みてえだなぁ! どっちでもいいからそろそろ俺様と決着つけようぜぇ!!」

「馬鹿は放っておくとして……王族殺しなんて偉業を成し遂げた以上、クラニアの名は裏の世界の最上位格となった。次は何を目指すのかしら、ブレイン?」

 そう問われ、暗殺集団クラニアの首領は背後を振り返る。

 尚も燃え続ける劫火を仰ぎ見ながら、こう言った。

「すでに始まっている。クラニアは殺すだけだ。人であろうと世界であろうと。行くぞ、もはやこの国に用はない」

 まるで儀式のように、白き面達が一斉に立ち上がった。

 ブレインが歩く先は、前後全て死地である。だが、それ故に彼らは誘われてしまうのだ。

 圧倒的恐怖と、それを上回る好奇心によって。

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