第一章二十五話 別離

 視界が閉ざされている。だが、その割には眼前の動かぬ少女だけが明瞭に映っている

「……誰が、悪い?」

 ミレアは自問する。

 なぜメイルが殺されなければならないのか。

 ほんの数時間前にこの部屋で話をした。触れた。あの艶やかな髪の感触を容易に思い出せる。

 だが、今は動くことすらなく、呼び掛けても答えてくれない。

「王家……ドットフィリア……厄災……」

 黒幕は不明だが、論理的に鑑みれば首謀者の見当は付く。襲撃者を屠ったミレアを睥睨していた仮面の者。さしずめ狙いは王家の証か。

「だが、なぜ奴はアタシを狙わない? 証はここにあるのに」

 掌にあるペンダントを見る。すり替わった様子もない。

 その時、雪崩れるように足音が迫った。

 直後に部屋へ入ってきたのは、衛士を引き連れたタナトスである。

「こっ、これは!? どういうことだ!!」

「タナトス……様?」

 青ざめた顔で立ち尽くすタナトス。周りの衛士達にも動揺が奔る。

 無理もないだろう。血染めの部屋に、物言わぬ死体と化した姫が眠っているのだから。

 だが、彼らの動揺には別の理由があった。

「ミレア……応えよ……なぜ、お前が、それを持っている?」

「…………」

「なぜメイルがそこに……なぜお前が……」

「……そう、そういうことか」

 仮面の者がなぜ現れないのか。その理由は今のこの状況が示していた。

 今宵起きた騒動。襲撃者。メイルの暗殺。

 全ての首謀者は仮面の者で間違いないだろう。しかし、今その事をミレアが話して聞かせたところで、一体誰が信じるだろう?

「な、なんてことだ……」「メイル姫が、そんなっ」「あ、悪魔だ」

「ミレア・リザリス。もう一度だけ問おう。お前は、今までどこで何をしていた?」

 衛士もタナトスも、その眼に宿しているのは怯えと敵意であった。

 王族殺し。それはエインフィリアにおいて比類なき大罪とされる。過去においても王族暗殺を企てた例は存在するが、たとえ未遂であっても下手人は例外なく死罪拷問の判決を余儀なくされる。

 さらに、事態は予断をも許さぬ状況と化す。

「タ、タナトス殿下! 大変です!! え、謁見の間から火の手が!」

「なんだと!?」

 瞬く間に周囲に黒い煙が充満し始める。さしずめ混乱を深める為に放ったのだろう。

「く、やむを得ん。ミレア・リザリスを捕らえよ! 武器の使用も許可する!」

 王の号令に、衛士達は剣を抜き迫った。よほど火の勢いが強いのか、徐々に呼吸が難しくなっている。

 もはや説得も問答も通じる段階ではなかった。

「チ…………!」

 迫る衛士達には眼もくれず、ミレアはベランダへ続く窓ガラスを蹴り破った。

 破砕音と共にベランダへ身を投げ出すと、躊躇うことなく月下の中へ飛び出した。

「なっ! この高さから飛び降りた!?」

「何をしておる! 早く追うのだ!」

「で、ですが殿下、すでに火の手が回っております! お早く避難を!」

 タナトスが振り返ると、すでに部屋は煙で充満していた。このままでは己の身が危うい。

「く、やむを得ん。各自消化作業と避難を優先せよ! これ以上の犠牲を許すな! それと伝令を出せ! ミレア・リザリスを国家反逆者とし、総力を以て捕らえるのだ!」

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