第一章二十三話 赤い男

 ミレアは疾走する。これまで経験したことがないほどの全速力だった。

「く、ここにも……クソッ!」

 悪態を吐くミレアの視界に、またしても死が横切った。

 その遺体は会食でクリスに文句を付けられていた女中だった。ミレアにとっては見知った顔であり、とても熱心に働く優しい娘だった。おそらく騒ぎが起きた折、逃げるよりも情報伝達を優先したのだろう。

「どこの誰だか知らないけど、絶対に殺す!」

 謁見の間へ辿り着く。この部屋を抜ければメイルの私室までは眼と鼻の先だ。

 だが、そこに待ち受けていたのは倒れた数人の衛士と、その中で一人佇む緋色髪の闘争者であった。

「おぉ? ちっとは骨のありそうなのが来たかぁっ!!」

 耳鳴りがするほどの大声が広間に木霊した。

 ミレアは殺意顕わに男を睨み付けた。

「……これ、アンタがやったの?」

「これ? これって何だぁ? それとかこれとか意味分かんねえぞぉ! 言いたいことははっきりとぉ! 大きな声で言えぇっ!!」

 不愉快なほどの大声であった。たとえ演劇でもこうも無意味な大声は出さない。

 しかし、ミレアは話を続ける前に構えていた。

 それを見た男は歓喜を声に乗せる。

「おお、いいねいいねぇ! わかってるじゃねえかぁ! 俺が誰だとか、そこに転がってる雑魚共がどうしたとか、小難しいことは要らねぇ!! 俺様の前で構えてるってことは、手前(てめえ)は理解してるってことだよなぁ!?」

「そうね。アンタが誰か知らないけど、ドが付くバカだってことは分かった」

「ハッハァ! 上等だぜ姉ちゃん!! 俺様の名はリーブ!! 暗殺団『クラニア』で最強となる男だぁ!!」

 二人が床を蹴った。

 直後、部屋が崩れかねないほどの衝撃が中心から波及した。拳と拳がぶつかり合い、互いの身に割れんばかりの激痛が奔る。

(コイツ……さっきの奴とはレベルが違う!?)

「おお、おおおおおおおおおおぉ!? すっげえなぁ、姉ちゃん! 俺の鉄拳制裁を正面から受け止めたのは手前で三人目だぁ!」

「それは光栄ねっ!」

 気迫か信念か。とかく激しい感情が渦巻き、直近距離で火花を散らす。

「チ、邪魔をしないで! 今は急いでるのよ!」

「はぁ? 手前の事情なんざ知るかぁ! そんなに進みたきゃ俺様を倒せやぁ!!」

「いいから――どけッ!!」

 ゴツッ! と鈍い音が鳴った。

 ミレアが眼前の鼻っ柱に向けて頭突きを放ったのだ。

「ぐがっ!?」

 男は地毛よりも赤い鼻血を吹き出しながら後ろへ倒れた。

 ミレアは男の身体を踏み越え、謁見の間を後にした。何事か男が叫んでいたようだが、一切を無視しながら。

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