第一章十五話 最後の夜

 会食の時刻が迫り城内が慌ただしくなる中、ミレアはメイルを部屋で寝かしつけていた。

「まったく、肝が冷えたわよ。たまには大人しく外野にいられないの?」

「ふふ、ごめんなさい。けれど、あのままじゃミレアが悪者みたいじゃない。気付いた? お父様は冷静なフリをしていたけれど、本心では私達が心配で仕方がないみたい」

 悪びれているのかいないのか。一応自覚はあったらしい。

「とにかく、後のことはアタシとタナトス様に任せて、今夜はもう休みなさい」

「は~い。でもミレア、貴族の男性に気をやっちゃダメよ? それと食事は基本的にバックヤードで。あ、お酒は注がれても全部廃棄用バケツに」

「知ってるわよ。イベントスケジュールや会場設計を誰がやったと思ってるの? あの時は本当に寝る間も無かったわ」

 さりげなく不満を漏らしてみたが、メイルは素知らぬ顔であった。

 一通りの工程確認を終え、特別なドレスを着用したミレア。スカートを摘み、メイルに向けてカーテシーを披露してみせた。

「どう? それなりに様になっているかしら?」

「完璧。ボクよりメイル姫らしいかも」

「一応タナトス様が調整して出番を減らして下さったから。後はアタシが毒にも薬にもならない演技をするだけね」

「頼もしい限りね。――あ、ミレア、机の引き出しを開けてもらえる?」

 訝(いぶか)しむミレアに小さな鍵を渡すメイル。

 言われた通りミレアは引き出しの鍵を開けると、中に入っていた小箱を手渡した。

「ありがとう。危うく忘れるところだったわ」

 箱を開けると、中には小さなペンダントが入っていた。

 これはメイルが礼式の際にのみ身に着ける装飾品である。だが、このペンダントにはそれ以上の重責があることをミレアは知っていた。

「さ、ミレア。着けてあげるからこっちへ来て」

「いいの? それは王妃様の形見でしょう?」

「そう、今は亡きお母様の遺品。そして、代々王女に受け継がれて来た王家の証でもあるわ。メイル・キア・エインフィリアがこのペンダントを着けるということは、それだけで国の象徴としての意味を持つの」

 これまで何度もデコイを演じてきたミレアだが、このペンダントだけは決して身に着けなかった。あくまで仮初めの存在である自分がそれを着けることを律している為だ。

 だが、今宵メイルはそれをミレアに託した。その重責は確認するまでもない。

「……わかった。でも、今夜だけよ」

「そんなに身構えないで。ミレアはボクの家族なんだか……んっ!」

 小鳥の啄みのように、眼の前にあったメイルとミレアの唇が触れ合った。

 眼を見開いたメイルに、ミレアは勝ち誇った笑みを見せる。

「昨日のお返し。今だけはアタシの方が偉いんだから」

「もぅ……眠れなくなっちゃうじゃない」

 笑顔を交差させた後、ミレアは会食の場へと赴く。どの道中間報告の為すぐに戻ってくるのだが、妙な名残惜しさがあった。

 だが、その時はまだ気付いていなかった。

 この瞬間が、メイルの笑顔を見る最後の時になることを……。

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