第一章十六話 会食

 王城の中心部、普段は会議場と称される大広間。そこは今、絢爛豪華なる交流場と化していた。

 天井からはエインフィリアとドットフィリアの国旗が吊るされ、テーブル上には山海の珍味をふんだんに使用した色とりどりの料理が香味を主張している。加えて、演奏楽団による生演奏が会場の雰囲気を雅なモノに仕立て上げている。

 そんな贅を凝らした空間で、メイル姫に扮したミレアは内心疲労満載であった。

「ウチの息子が近々ダンスパーティを予定しておりまして。是非とも姫殿下を招いてくれと頼まれましてな~」

「まあ、素晴らしい。こんな若輩者をお招き頂けるとは光栄です。是非とも伺わせて頂きますわ」

(これで何人目よ……。身体がいくつあっても足りないわね)

 無論のこと、顔には柔和な笑みを張り付けている。しかし、今回ばかりはメイルの泰然たる仕事ぶりに感服せざるを得なかった。

(全員が挨拶に来るのは当然だけど、次からは時間制限を設けた方がよさそうね)

 そんな企画的思考に至っていたが、間もなく挨拶へ訪れる者がいた。あわや眼を顰めそうになるほどの強烈な香料の臭いが鼻孔を突いた。

(この二人はたしか……ドットフィリア王室の)

「ご機嫌麗しゅう、メイル様。此度はお招き頂き感謝に堪えませんわ。夫とはお会いになられまして?」

「ええ、今はあちらで父と話しておられます」

 横目に見ると、タナトスと歓談する男性の姿が伺える。タナトスのような厳格さこそ見えないが、彼こそがドットフィリアの最高権力者――シュヴァイン・ゼン・ドットフィリア王であった。

 そして、彼を夫と呼ぶ眼前の女性はドットフィリアの王妃、ティティス・ゼン・ドットフィリアである。いっそ眼が痛くなるほどの派手なドレスに身を包んでいる。

「やはり、タナトス国王陛下の前では見劣りしてしまいますわ。我が夫ながら、近頃はすっかり日和見主義で困りものですの。そうは思いません?」

「まさか。広い見識を持つ偉大な方と存じておりますわ」

「ふふ、ご謙遜を。さあさ、クリス、貴女もご挨拶なさいな」

 そう言われ、傍らの女性が前に進み出た。ティティスに負けず劣らず派手だが、どこか冷たい美貌を持つ女――ドットフィリア第一王女、クリス・アイン・ドットフィリアが鋭利な目つきを隠さぬままカーテシーを披露した。

「御機嫌よう。メイル様、一つお伺いしてもよろしいかしら?」

「いかがされました?」

「あの角にいる女中ですけれど、妙な言葉遣いをしておりました。失礼ですが、もしや平民の出では?」

「…………」

 開口一番何ということを訊いてくれるのか。内心殴りたい気持ちとなるミレア。

 貴族の中にはこうした貴賤を如実に意識する者がいるが、面と向かって発言する人間はかなり珍しい。

 しかし、間違ってもここで諍いなど起こすわけにはいかない。

「申し訳ございません。あの者は山腹の村出身でして、先月より城に奉公しております。その為言葉の発音に若干の地方色が混ざっているかもしれません」

「そうでしたか。さすがはエインフィリア王室、広い御心をお持ちですね。ワタクシなど、出自が定かでない者は恐ろしくて……」

「クリス、弁えなさい。申し訳ございません、メイル様。ドットフィリアは王室仕えの女中選定に厳しい視点を持っているが故、地方の機微に疎いのですわ、ホホホ」

 お気になさらず、と穏便に答えるミレアだが、内心は真逆である。

(開口一番ダメ出し、ついでに自慢……。前々から思っていたけど、この二人は純粋に苛つくわね)

 直接話したことはなかったが、以前メイルがこのように評していたことがある。

『王妃と王女? あれが? 珍獣の間違いでしょう』

 直接言おうものなら戦争勃発となりかねない発言だが、明らかに本心であった。

 ティティスとクリス。ドットフィリアにおいては国王と共に国政を取り仕切っているが、選民意識と貴族思想が強く、あまり良い噂を聞かない母娘であった。

 端的にいえばメイルとは真逆の政治方針というだけだが、ミレアとて顔見知りの女中を貶(けな)され心中穏やかではなかった。

「歓談中申し訳ありません。我が娘をお借りしてもよいですかな?」

 その時、助け船を出してくれたのはタナトスであった。シュヴァイン国王も一緒だ。

 さすがのティティスも高慢な態度を隠し、クリス共々礼を示した。

「まあ、タナトス陛下。これは失礼致しました。ついついメイル姫様を独占してしまいましたわ」

「お褒めに預かり光栄ですな、王妃殿。この後の段取りについて、少し娘に確認しておきたいことがありましてな」

「お気になさらず。さ、行くわよ、クリス。それにアナタも」

「はい、お母様」

「う、うむ。では、タナトス殿、また後ほど」

 ティティスに従うようにクリス、シュヴァインがその場を退いた。今の会話を聞くだけでも、ドットフィリア王族の力関係が見て取れた。

 周囲を憚る様に声を抑えながらミレアはタナトスへ礼を述べた。

「……お気遣い痛み入ります、タナトス様」

「気に病むことはない。ドットフィリアの女系は曲者揃いだからな。メイルも毎度顔を合わせた後は疲労を見せておるほどだ。シュヴァイン殿も全く頭が上がらぬようだ。おお、忘れるところであった」

 そう言うと、タナトスは一歩進み出ながら楽団員に合図を出した。

 演奏が止み、直後、ファンファーレが鳴り響いた。

 そうして全員の気を集めたところで、タナトスは会場中に響き渡る声で告げる。

「ご歓談中のところ失礼致す。選りすぐりの職人による食事、ご満足頂けておられるでしょうか? ここで軽い口休めと称しまして、我がエインフィリアの誇る舞台劇を御照覧頂きましょう。無論のこと、ここでは私語厳禁などとは申しませぬぞ」

 会場が朗らかな笑いに包まれる中、女中達により灯りが消される。そして、盛大な拍手に導かれるように、前面の舞台上で劇が開始された。

 これは客人へのもてなしだが、同時に主催側の貴重な休憩時間でもある。

「ミレア、お主もしばし休息を取るがよい。劇の尺を少し長く調整しておいた。十分に食事も取れるであろう」

 タナトスの心遣いが身に染みるミレアであった。

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