第一章十三話 決意
双子の衛士と別れた後、ミレアとメイルは城の敷地内へ戻っていた。
先程の出来事については気に病んだ様子もない。
「ふ~ん、ミレアにボク以外のお友達がいたのね。ちょっと妬いちゃうわ」
「同僚よ。さっきアンタが自分で言った通り、国の為に働いてるの」
「あ、根に持ってる? 少しおふざけが過ぎたことは謝るわ。でもね、ミレア。ボクは冗談を言ったつもりはないの」
メイルの声に真剣味が混ざる。
「あの二人を会食へ招いた理由に嘘はないわ。机上の空論ではない、本物の意見を貴族達に示したいの」
「どういうこと? 会食は定期的に行われているけれど、そんな難しい話はしていなかったはずよ。せいぜい政略の探り合いでしょう」
「そう。彼らは皆一様に自慢や名誉ばかりを口にし、その土台には触れようとしない」
そう言うと、メイルは顔を上げた。
視界には美しい白雲と、冴え渡る青空が窺える。
「貴族も平民も関係ない。人の歴史は血筋で作られたものではないの。彼らが綺麗な服を纏い美酒を口に出来るのはなぜ? それらを生産し、流通させる人々がいるからよ」
「……言いたい事はわかった。けれど、それは王族が口にしてはいけない。これまで築いてきた全てが崩れかねない。理解しているの?」
国にとって王とはカリスマでなければならない。しかし、全国民の願いを叶えることなど不可能だ。ならば、より力を持つ者達が望む王を演じねばならない。場合によっては適者生存を余儀なくされる事もあるだろう。
王が貴族達にとって虎の威となれないならば、待ち受けるのは破綻か改革か。
「メイルもタナトス様も、立派にやっているわ。少なくとも今は南のティルヴ、北のユニオンズとも良好な貿易関係を築けている」
「ええ、その通りね。でも……」
「やめなさい。少なくとも、行動を起こすのは今じゃないわ」
「だったら――いつなら良いというの!?」
「…………!」
驚くほどに鋭くその声は刺さった。メイルの激昂した声など聞いたことがない。
唖然と佇むミレアに、メイルは力強い眼差しを向ける。
「……ごめんなさい。けれど、このままではいけないの。ある日突然、資源が枯渇するかもしれない。ティルヴやユニオンズ、果ては東国が侵略を行うかもしれない。それが無いとしても、全国民が裕福に生きているわけではないのよ」
抑えた声だが、そこには悲痛が見て取れた。
ミレアとて心得ている。フィリア領は今でこそ平和だが、数十年程度遡れば戦争の歴史だ。帝国と称されたかつての支配者と、フィリア領を守る者達との残酷な殺し合い。それは後の世にも起こりうることだ。
ミレアもまた、かつての自身の身の上を思い出していた。
「それは、かつてアタシがそうだったように?」
「……全てを救うことが出来ないのはボクも理解しているわ。でも、切除すべき膿を知り、それを排する力を持っていながら今ある幸福に縋りつく。それはもはや王族ではないわ」
「貴族の義務(ノブレス・オブリージュ)、か。それもアンタの好きな台詞だったわね」
嘆息しながらミレアは思った。この主に仕えることが出来てよかった、と。
メイル・キア・エインフィリアはまだ君主となるには幼い。しかし、決して子供ではない。十九という年齢は子供から大人へ至る最後の通過点だ。これから何十年という人生を歩む中、改革の機会はいくらでもあるだろう。
それにも拘わらずメイルは今この瞬間の国も、十年後の国も見据えているのだ。
「ねえ、メイル。アタシも力になれるかしら? 生まれも定かでない、力しか取り得のない女だけど」
「くす、その質問は零点。答えが決まっている時点で質問として成立していないわ」
ふ、と風が吹き抜けた。
それを合図にしたように、二人はどちらからともなく笑い合った。そこに主従の関係はなく、親友と称するにも余りある絆があった。
ひとしきり笑い合った後、ミレアがふと思い出した事を口にした。
「そういえばメイル。予算決議の件忘れてない? 王族の義務もいいけど、まずは目先の義務を果たしなさい」
「あら、その点なら心配ご無用よ。昨晩の資料なら、すでに眼を通してあるわ」
「あの量を? いつ見たっていうのよ?」
「勿論、昨晩ミレアが眠った後よ。ついでに、今日出掛ける前にお父様へ承認を伝えておいたから、すでに審議も終了しているはずよ」
「…………」
驚きよりも呆れが勝った。
たしかに書類は渡したが、寝る間を惜しめと言った覚えはない。決して少なくない量の資料である。それこそ徹夜が必要なほどに……。
「ちょっと待って、メイル。夜の内に全部読んで精査したのよね?」
「ええ、そうよ。さすがに骨が折れたわ」
「アンタ、昨日寝た?」
「勿論。三十分くらい……ね」
その時、ふらりとメイルの身体が傾(かし)いだ。
この光景を予見していたミレアはその身体を受けとめた。
「このっ、バカ姫! まずは自分の身体のことを考えなさい!!」
「あ……あらあら……これは、盲点だったかしら?」
上気した顔色のメイルに触れてみると、案の定高熱を発していた。昨日の今日で病み上がりの身体を酷使すれば当然の結果である。
土台より先に支柱が倒れる様に、ミレアは前途多難を感じた。
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