第一章十二話 歓談

「まあ、先日のひったくりを捕まえたのはルクス様だったのですね! なんと勇敢な行いでしょう。まさしく衛士の鏡ですわ」

「き、恐縮であります! じ、じじじ自分は衛士として当然のことをしまままでっ!」

「ルー兄、噛みまくってるから。あと動揺し過ぎ」

 野外のカフェテラスの一角にて歓談をする姫と衛士。一体どうしてこのような事態になったのか、と頭を悩ませるミレア。

 付近を巡回中だったルクスとミクスに出会った時、ミレアは早々にその場を立ち去ろうとしたのだが、

『ごきげんよう、衛士様。ワタクシ達、ちょうどそこのカフェテリアで休憩するところなのですが、よろしければご一緒にいかがでしょう?』

 などとメイルが言い出し今に至る。明らかな確信犯であった。

 緊張でどもるルクスに対し、メイルは見事なまでの猫被りを披露していた。

「うふふ、こんな風に衛士様とお話しが出来るなんて感激です。国民の為に身を尽くす衛士様方は我が国の誇りですわ」

「そ、そんな滅相もございません!! メイル姫殿下は我らにとっての主君! この命を削り尽くす所存にございます!!」

「いけません、ルクス様。国民がいてこそ国が成り立つのです。皆様に万一の事が起こり、国が絶え王族だけが残るなど喜劇にもなりませんわ。ワタクシも衛士様方も、そして国民全てが皆等しく国の礎なのですから」

「ひ、姫殿下……っ! 感服致しました!! ミクス、お前もそう思うだろう?」

「ん? あ、うん、そうだね」

 突然振られ、空返事をするミクス。

 なおも熱く語る二人を横目に、ミクスは声を潜めながらミレアに話し掛けた。

(ミレ姉、どうにかなんないの、この状況?)

(最悪ルクスを気絶させるしか……)

(ごめん、なんか疲れてるね)

 よもやミクスに心配される日が来るとは考えもしなかった。

 メイルは本心から楽しんでいるのだろう。しかし、王女として多忙を極める彼女をいつまでも団欒に浸らせるわけにもいかない。

 話の区切りを見計らい、ミレアが努めて冷静に声を掛ける。

「メイ……姫殿下、そろそろお時間が」

「そうだ! ワタクシ良いことを思い付きましたわ!」

「ぐっ……アンタね……」

 ミレアにだけ見える角度で、メイルがウインクしてみせる。

「今夜、お城で会食が開かれるのをご存知かしら?」

「勿論です。ドットフィリアとエインフィリアの王侯貴族の皆様が親交を深める重要な祭事ですから」

「仰る通り、我がエインフィリアとドットフィリアの諸侯が一堂に会し、友誼を深めることを目的とした会食ですの。しかし、近年は惰性化が見られるのです」

 憂いを帯びた瞳を見せるメイル。演技か本心かは不明だが、いずれにせよルクスの視線は釘付けだった。

「そこで、是非ともお二方にも会食へ参加して頂きたいのです」

「なんとっ!」「へ?」「はぁっ!?」

 三者三様の声が上がった。

「驚かれるのも無理はありません。ですが、お二方のように現場で励む優秀な衛士様の意見を直接聞くことで、新たな風を生み出せると考えております」

「それは大変光栄ではありますが、いやしかし……」

「姫殿下、今夜の会食は討論の場ではございません。二人には警備の職務もあります。まして、国王が何と仰るか」

「その心配は無用ですわ、ミレア。お父様にはワタクシから説明しておきます」

 ああ言えばこう言うメイルに、いい加減抑えるのも限界かとミレアが感じた時だった。

 ミレアより先に、ミクスが唐突に席を立ち、こう言った。

「――行くよ、ルー兄。仕事の途中だったでしょ」

「ミク? いや、お前今日は暇だって言ってなかったか?」

「いいから! ということで、私達は職務に戻りますので。お誘いは気持ちだけ貰っておきます、お姫様」

 明らかに声に不機嫌さを混ぜながら、ミクスはルクスの手を引きその場を去ってしまった。律儀にテーブル上に二人分の代金を置いて。

 二人の姿はすぐに見えなくなり、残された場に沈黙が漂う。それを解いたのは他ならぬメイルであった。

「くす、驚いたわ、ミレア」

「……何に?」

 カップを傾けながら、メイルはこう言った。

「見抜かれちゃった。ミレア以外では初めてね。ミクスさん、だったかしら? 中々どうして、衛士にも鋭い子がいるものね」

 麗美な所作でもって、紅茶を嚥下するメイルであった。

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