第一章十話 朝修練

 朝の清澄な空気がミレアは好きだった。

 隣で寝息を立てているメイルを起こさぬよう部屋を抜けると、向かいにある自室で身嗜みを整えてから廊下へ出た。

 途中、廊下で早朝の掃除に勤しむ女中に頭を下げられる。

「おはようございます、ミレア様。すぐに朝食をご用意致します」

「様はやめてって言ってるでしょう。先に道場へ行ってくるから、メイルが起きてからで構わないわ」

 女中達はミレアを王族と認識している。一応否定しているのだが、彼女達にとってはむしろ親しみ易い存在らしい。

 挨拶もそこそこに、ミレアは中庭へ出た。

 庭の手入れに勤しむ使用人達、朝に鳴く小鳥たちの姿を横目にミレアは庭端に設えられた建物へ入った。

 周囲の建物とは明らかに異なる意匠で作られたそれは、東国から伝わった木造の建築物らしい。初めて城に招かれた頃から、ミレアはこの建物が気に入っていた。

「…………」

 道場と呼ばれるこの建物はタナトスが趣味で建てた物だ。今ではミレアの私室のようになっており、こうして朝に訪れるのが日課となっていた。

 土足厳禁の為、靴を脱いで上がる。そんな作法に拘った部分も気に入っていた。

「その内ここに引っ越すのもありね。もれなくメイルが付いてきそうだけど」

 そんな独り言を呟きながら、ミレアは足を折り曲げ座った。

 曰く、正座と呼ばれる東国特有の座り方らしい。集中力の高まる合理的な姿勢であり、ミレアは毎朝こうして道場で過ごすことを日々の習慣としていた。

「…………ん」

 軽く眼を伏せていると、木々を揺らす音に混じり、心地よい風が全身を撫でた。

「自然との調和を得、心身を全と成す、か。中々上手いことを言ったものね。いずれは東国への旅をしてみるのも楽しそうね」

「――だったら、その時はボクも連れて行ってくれる?」

 ひょっこり現れた姫君の姿により、清澄な時間は終わりを告げた。

 メイルは中までは入らず、縁側に腰掛けた。靴を脱ぐのが面倒らしい。

「本当にミレアはこの屋敷が好きね。ボクにはこの匂いは馴染まないけれど」

「それなら来なければいいでしょう。で、何のご用? 朝食のお誘い?」

「それもあるけれど、本題は違うわ」

 くす、といつものようにメイルが笑う。

 経験からすると、この表情は何か面倒事を持ち込んでくる時である。

「デートに行きましょう」

「……それが仕事なら」

 結構、とメイルは皮肉を受け流しながら頷いた。

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