第一章八話 デコイ

「ええ、ワタクシも演習は拝見させて頂きました。実に見事な武功でした。ただ、例の投石器については改善点も多いかと」

 合同演習日の夜、演習の総評を含めた会議が行われていた。

 エインフィリアは国王を頂点とし、農業、軍事、経済など各分野の議会が存在している。この場に集まっているのはそれぞれの議会の長達と、メイルを含む王族である。重要な約定はこの会議で決められることとなる。

「――では、次月の予算についてはこの形で。よろしいでしょうか、タナトス陛下?」

 メイルが眼を向けた先、初老の男が肯いた。

 広い会議室を支配している円卓の上座に腰掛けるその男こそエインフィリアの現国王――タナトス・ディオ・エンフィリアである。

「うむ。ただし、試算に誤りがないか改めて儂と議長で確認し、明日の午後確定とする。異論があれば申せ」

 反対意見はなかった。若き時分に比べれば衰えたという声もあるが、かつては武闘派で知られたタナトス王の威厳と迫力は今尚顕在だ。

「よかろう。では、今宵の会議は解散とする」

 そう国王が締め括り、その場は解散となった。

 議長達が退室するのを見送った後、口を開いたのはメイルだった。

「急なこととはいえ、申し訳ございませんでした。タナトス様」

「他人行儀にすることはないのだぞ、ミレア」

 眉間に深い皺が残ったままだが、柔らかな声音でタナトスが言った。

 もしこの場に他の人間がいれば容易く違和感に気付くだろう。

 この場にいるのはタナトスとメイルのみ。だが、タナトスはミレアの名を呼んだ。

「そうは参りません。私はあくまでメイル姫のデコイ(偽物)――影なのですから」

「職務の話をしているのではない。今は一人の父親として、娘と話をしているのだ」

「……恐縮です」

 そういって頭を下げたのはメイルであってメイルではない。見た目こそ区別が付かないが、彼女はメイルに扮したミレアである。

「もう十五年になるか。妻を亡くした哀しみは、幼きメイルと分け合うには余りあるものだった。あのまま時が過ぎていれば儂はどこかで壊れていたやもしれん。だが、そんな中でお前と出会えた。今でも神に感謝を捧げぬ日はない」

「そんな……感謝し足りないのは私です! 身寄りのなかった私を拾い、今まで眼を掛けて頂きました。いくら感謝をし、労を尽くしても返しきれません」

「そう畏まるな、ミレアよ。お前を我が城に迎えてからというもの、儂は誰よりも生きることに充実出来るようになったのだ」

 タナトスはメイルの実父であるが、彼女とは違い冗談を口にすることはなく、常に偽らざる本音をぶつけてくる性格だ。故に、この言葉も全て彼の本心であろう。

「儂だけではない。メイルにとってもお前は掛け替えのない家族だ。儂や女中達では決して与えることの出来ない物を授けてくれた。その上、メイルを守る従者となり、こうして身代わりとして手助けをしてくれている。これを実の娘と言わず、何が父親か」

「も、勿体なきお言葉! しかし、よろしかったのですか? 予算会議にまでデコイとして出席するなど」

「問題ない。それに、これはメイル自身の希望なのだ。自分よりも軍部の内情を知っているから、と。儂もお前の腕前や評判は耳にしておる」

「タナトス国王の勇名を前にしては井の中の蛙に過ぎません」

 謙遜するミレアの肩を叩き、タナトスは席を立った。

「時間を取らせた。早くメイルの元へ行ってやりなさい。これ以上老人の戯言(たわごと)に付き合わせるのは忍びないのでな」

「……仰せのままに」

 ミレアは知っている。厳格なる賢王として知られるタナトスもまた、一人の父親だということを。

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