第一章七話 

 同時刻、演習場にて。

「ちょっと~、耳が痛いんですけど~」

「た、確かに。こんなものを実戦に投入するつもりなのか?」

 内臓まで震える感覚に辟易するルクスとミクス。

 次々と巨大な岩塊が発射されるのは見事な光景だったが、その都度鳴り響く落雷めいた轟音には皆参っているようだ。

 それは泰然と佇むフェドラ、ウブントゥも同じであった

「チ、あれだけ予算を費やしておいて、やはり欠陥物品か」

「でも、射程距離は凄いね。もし誰かが落下位置にいたら大変だね、フェドラ兄さん」

「事前に関係者には通達してある。自殺願望の馬鹿など知ったことか」

「くか~~~~」

 そんな騒音の中でもリナはウブントゥの頭上で惰眠を貪っていた。


「――ッ!」

 岩群を視認した瞬間、ミレアは動いていた。

 メイルを抱きかかえ、俊敏な動作でその場を退く。その直後、自分達が立っていた場所を含め、数個の岩塊が地面に穴を穿った。

「きゃっ、凄い。設計通りではあるけれど、間近で見ると迫力があるわね」

「メイル! アンタ一体どういうつもり?」

 この凄まじい環境にあっても驚く素振りすらない。間違いなくこの状況はメイルが画策したものだと確信できる。

「くす、言ったでしょう? この場所はね、今日この時だけ流星群が見られるの。それも凄く間近でね」

「っ、このっ……バカ!!」

「まあ恐い。ミレアでなければ不敬罪で訴えるところよ」

 軽口を叩くメイルを抱えたまま、ミレアは岩塊の道筋を見極め左右へ飛び続けた。幸いメイルを抱えて動く程度は難しくはない。

 しかし、問題は相手が巨大な無機物という点である。

 着弾位置を瞬時に見切ることは出来ても、その後の衝撃までは回避不可能だ。加えて岩自体が撥ね、周囲に砂利や土煙を撒き散らす。そうした散乱物も立派な凶器足りえるのだ。

「ちっ! アンタ、わざと着弾位置バラバラにしたわね!?」

「多少ずれると思っていたけれど、精密性は評価出来るわね」

「ああもういい! 舌噛む前に黙ってなさい!」

 飛び散った石礫(いしつぶて)を紙一重で避ける。もしこの光景を見ている者がいれば、不謹慎を承知でこう評するだろう。美しい、と。

 先端で縛られたミレアの黒髪は撓(しな)る様に力強く舞い、平野から窺えるキラ山と並び、全てが芸術たる稜線を想起させる。

 そうして十数発避け続けただろうか。呼吸を整えながらミレアが訊ねた。

「ふぅ、後何発来るの?」

「…………」

「ん、次がラストね」

 言いつけ通り口を閉ざすメイルだが、瞳に過(よぎ)った僅かな変化をミレアは見逃さない。その色はいつも遊びの時間が終わる時に見せる色だ。

 豪快な砲撃音の後、再び数個の岩が迫った。

「一、二、三個か。回避が必要なのは二個目と三個目」

 ミレアの挙動は早かった。人一人抱えているとは思えない跳躍で距離を稼ぎ、着弾後の飛来物を避ける為、岩影に隠れる。

 一個目と二個目の着弾を肌で感じながら、最後の回避運動に移ろうとした時だった。

「――しまった! まさか、これも計算ずくじゃないでしょうね?」

「…………」

 メイルの唇は弧を描いているが、今度は眼を伏せている為真意が読めない。

 今ミレアとメイルがいる位置は三個目の岩が着弾する危険な位置だ。即座に移動すべきだが、これまでに飛来した岩が絶妙な位置関係で彼女達の退路を塞いでいた。

 たとえ直撃を避けられても、間違いなく二次被害を被ってしまう。

「……文字通り賭けになるってわけね」

「ミレア?」

「そこで大人しくしてなさい。もし勝手に動いたら、本当に怒るからね」

 抱えていたメイルを地面に下ろすと、身軽になったミレアは横の岩へ上った。ちょうど飛来してくる岩が着弾してくる位置である。

 時間にして一秒ほどだろうか。その間に息を吸い、呼気を合図にミレアは間近に迫った岩に向かって跳んだ。

「――ハアァァッ!!」

 覇気と共に腕を振るう。

 直後、自身の数倍はあるだろう岩塊が分かたれ、大きく外れた位置へ突き立った。

「つっ、さすがに危なかったわね」

 衝撃を殺すように着地したミレアは、手を何度か開閉した。少し痺れてはいるが、岩を斬り裂くなどという離れ業を行ったのだから、むしろ平然としていることが異常だ。

 パチパチと拍手をしながらメイルが言った。

「さすがはミレア。賭けはボクの負けね。何度見ても素晴らしいわ、アナタの裁拳(さいけん)は。あんな大岩を素手で真っ二つなんて、神業というより他ない」

「…………」

「怒っているの? そうよね、ごめんなさい。一国を預かる身としては失格ね」

「分かっているならどうしてこんな真似を? さすがに悪戯じゃ済まされないわよ」

 ミレアの腕を見込んで、という言い訳は無理があるだろう。人一人に完全に命を委ねるなど正気の沙汰ではない。今こうして生き残っているのは紛れもない奇跡だ。

 頬でも叩いてやりたい気分のミレアだったが、先にメイルに手を握られた。

「大変! 血が出ているわ。本当に、アナタはボクの為に躊躇いなく命を賭けるのね」

 ここへ来て初めてメイルが動揺を見せた。皮肉なことに、ミレアの身が傷ついたことがメイルにとって最大の悲劇だったらしい。

「誰の所為だと思ってるの……。掠り傷だから気にしなくていいわよ」

「そうはいかないわ。それに、賭けの報酬もあげないと。う~ん、本来なら命をあげるところだけど、ボク等は運命共同体だし」

「だったら、もう今後はこういう悪戯は――んむっ!?」

 唐突に口が塞がれた。今度は指ではない。

 ミレアの唇を覆うように、メイルの桃色の唇が接触していた。

 甘い香りに脳が浸食されるような感覚を覚えながら、二人の唇が離れていく。

「ふぅ……やっぱりこれしかないわね。ボクにとって命の次に大切な純情。アナタになら純潔を捧げても構わないけれど、それはまた次の機会に、ね」

「メイル、何を……」

 茫然とするミレアの腕をハンカチで手当てしながら、メイルはこう言った。

「お願い、ミレア。この先、たとえどんな苦難が訪れようとも、死が二人を分かつ瞬間まで、アナタだけはボクの傍にいて」

 その声は僅かに震えていた。

 国民の信頼を受け止めるにはあまりに小さな身体。いくら覚悟があろうとも、ほんの一歩道を間違えればメイルは壊れてしまうだろう。

 そんな危うい道筋を照らすことが出来る灯りとなれるならば……。

「……御心のままに、メイル姫殿下」

 己が主の小さな頭を撫でながら、そんな覚悟を抱くミレアであった。

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