第一章六話 落石注意
ある日、ミレアが体術の型を行う傍らで、メイルがこんなことを言った。
「ミレア、アナタはどうして強くなろうとするの?」
「妙な事を訊くのね。仕事だからに決まっているでしょう」
「……零点の回答ね。十年以上一緒に過ごしてきたけれど、ミレアにも淑女の教育をしておくべきだったかしら」
岩場に腰掛け足を揺らすメイルが続けて問う。
「じゃあ、ミレアのお仕事って何?」
「……メイル姫殿下の護衛。および雑用」
「くす、今の回答は素敵だわ。ある意味満点以上ね」
終始笑いながら髪を弄っている。メイルの内心を完全に読める人間など、この世にはいないだろう。
「でもね、ミレア。それはお父様、ひいてはエインフィリアという国が望む役割に過ぎないのよ」
「なら、メイル姫のお望みは?」
ようやくミレアが身体ごと向き直ると、そこにはいつものように微笑を湛えたメイルがいる。口端を釣り上げているが、嫌味さより高貴さが窺える微笑だ。
「そんなの決まっているわ。ボクと――運命を共にすること」
「運命? それってどこまで?」
「運命といったでしょう。アナタと出会ったあの日から、死ぬ瞬間まで。ボクとミレア、死が二人を分けるその瞬間まで」
二人の視線が交わる。嘘を吐いているわけではないようだ。
メイルは度々冗談を口にするが、滅多に嘘を吐くことはない。相手と常に正面から向き合うという彼女なりの誠意の表れだ。
「それ、先週観た舞台のセリフでしょう」
「そうね。けれど、ボクにとっては単なる脚本じゃなかった。まるでボクとミレアがそのまま出演しているようだったわ。そう思わなかった?」
「生憎だけど、アタシは騎士には慣れても王子様にはなれないわよ。アンタには沢山の婚約者候補がいるでしょう。それこそ運命を共にする相手が――」
そ、っとミレアの言葉を妨げたのは、メイルの白い指先だった。
力が加えられているわけではないが、声が出せなかった。
黙したままミレアを見つめるメイル。ガラスのように美しく繊細な瞳には寂寞(せきばく)が映し出されている。
数秒の後、ミレアは小さく嘆息した。
「……わかった。もう言わない」
「よろしい。これで成立ね。ボクとミレアは死ぬまで一緒、運命共同体よ」
そんな誓いを想起しながら、ミレアは訊き返した。
「命を賭ける? なんの冗談よ」
「嘘でも冗談でもないわ。ああ、誤解しないでね。争おうって意味じゃないの。その条件だとボクは無条件降伏しか選択肢がないもの」
メイルは自嘲するように言うと、ミレアの腕に自分の腕を絡めた。親友というより恋人のような密着感だが、それ自体は慣れたものだ。
「ミレア、ボクが大好きな舞台を知ってる?」
「『ライオン騎士』、『姫に花束を』。特に好きなのはこの二つね。両方共通して姫と騎士のラブロマンス」
「くす、当たり。じゃあ次の問題。あそこに見える物はなんでしょう?」
「何って、演習場?」
メイルが指差した方向は演習が行われている場所だが、この距離では人が集まっている程度しか窺えない。
「半分当たり。ボクが見て欲しいのはあの長筒。設計にはボクも協力したのよ」
「共同開発の新兵器のこと? アンタが巨砲主義とは知らなかったわ」
「まさか、そんなはずないじゃない。本当は提案書を見た時点で却下するつもりだった。だけど、素敵なアイデアが浮かんだの」
素敵なアイデア? と鸚鵡返しするミレア。
メイルは祝いの言葉でも告げるように述べた。
「共同開発の後、合同演習の場で試験を行うことを提言したの。場所も広いし、お披露目の意味もあるわ」
「それが素敵なアイデア?」
「他にもあるわよ。演習内容やスケジュール、配置なんかもボクが決めたの。昨日なんてほとんど徹夜。お肌に悪くて嫌になるわ」
「それはご苦労様。で、一体何が言いたいわけ?」
ちょうどその時、遠くから轟音が響き、呼応するようにして大地が揺れた。
「くす、凄い音ね。投石器の試験が始まったわ」
どうやら今しがたの振動は巨大投石器の発射によるものらしい。この距離でも振動を感じるのだから、付近にいる兵士達は堪ったものではないだろう。
その時、メイルが肩を震わせていることに気付いた。必死に噛み殺しているようだが、明らかに笑いを堪えていた。
「メイル?」
訊ねると、ミレアに抱き付く力を強くしながらメイルは言った。
「ミレア、ボクを守ってね。二人の運命を終わらせない為に」
直後、信じられない光景がミレアの眼に映った。
巨大な岩塊が、青い空から飛来して来たのだ。
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