第一章五話 嘘つき姫
幕舎を連れ出されたミレアは、メイルと共に平野を歩いていた。演習場から大きく離れてしまったが、護衛という立場上付いて行かざるを得ない。
「どこまで行くつもり?」
「くす、ヒ・ミ・ツ。でも安心して、凄くいい所だから」
軽やかな足取りを刻んでゆくメイルが悪戯な笑みを見せる。ただ歩いているだけなのに、揚々と花びらが舞っているようだ。
「いい所、ね。この辺りは平野しかないけど」
「う~ん、ボクとしては何気ない散歩も素敵な楽しみなのだけど。ボクがボクでいられる場所はね、ミレア、アナタの前だけ」
そう言ってミレアと手を繋ぐメイル。いっそ恐ろしくなるほどに滑らかで繊細な指先の感触だ。
ミレアの内心などお構いなく、メイルは滔々と言葉を紡ぐ。
「国民に愛されるメイル姫殿下。清楚で麗しく、どんな激務にも弱音一つ吐かない。本当にそんな人間がいればいいのにね……」
「少なくとも大衆はそう思っているわよ。いつもそう振る舞っているから」
前を歩くメイルの顏は見えないが、どんな表情をしているかは手に取るようにわかる。
メイルにとってこの軍事演習にいかほどの価値があるだろう。先ほど政務官に説明された兵の練度など、メイルは何年も前から把握している。
メイルの自己評価を捕捉するようにミレアが言葉を引き継いだ。
「国民の暮らしも、国家の財政も、重役から末端に至るまで全ての現状を理解している。それがメイル・キア・エインフィリア。今や国の中枢ね」
「王族らしいでしょう?」
「そう思われたいなら、定期的に遊びに出歩くのは控えてもらえる? アンタが演習視察に来るからって、政務官がどれだけ準備に励んでいたか」
ミレアが叱るように言うと、メイルは可愛らしく頬を膨らませてみせた。
「ふ~んだ。ボクは視察に行くなんて言ってないわよ。ミレアが演習に参加しているって聞いたから、連れて行くよう頼んだだけだもの。そもそも軍備の予算案や合同開発案は全て目を通してあるから、今更再確認する必要なんて無いわ」
「なら、それを先に伝えればいいでしょう……」
「それはダメよ、ミレア。それでは政務官の顏に泥を塗ることになるわ。汚れて困る容貌ではないけれど、少しは弁(わきま)えてあげないと」
「それはまた、随分と慈悲深いことで」
ふわりと長いスカートを揺らしたメイルは唐突に立ち止まった。
目的地に着いたのだろうか。周囲に目立った物は見当たらず、動物なども見当たらない。しかし、メイルは今日一番の笑顔を見せていた。
「さあ、到着よ。どうしても今日、ミレアをこの場所に連れて来たかったの」
そう告げられ、周囲に眼を配るミレア。
誰かを忍ばせているのかと考えたが、その気配も感じられなかった。無論、景色については地平線くらいしか見るものはない。
「今度は何を企んでいるの? こんな場所じゃ演習すら見えないわよ」
「もう少し待っててね。凄く珍しいモノが見られるから」
それだけ言うと、メイルは一歩ミレアに近付いた。
「ねえ、ミレア。賭けをしましょうか?」
「……どうせ断っても無駄だろうから進めるけど、何を賭けるの?」
こうした唐突な要求は今に始まったことではない。世間的には人格者として知られるメイルだが、本性は十二分に我儘姫なのだ。せめて自分の前でだけは、と許してしまうミレアだが、時折甘やかし過ぎかと考えてしまう。
そんなミレアの胸中を知ってか知らずか、メイルは午後のおやつでも賭けるような気軽さで言った。
「賭けるのは――お互いの命」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます