第一章四話 メイルとミレア

 午後の訓練が始まり、再び平野は擬似的な戦場と化していた。

 午前の訓練とは異なり、剣をぶつけ合う金属音に加え銃声音も響いている。あくまでも訓練ではあるが、この実践訓練では怪我人が出ることも多い。

 そんな大規模な演習を眼下に見下ろす丘の上に、白い幕舎が設置されていた。外から窺える白い布には大きく模様が刻まれており、それが兵達にとっても大きな意味を持っていることは明らかだった。

 その模様はエインフィリアの国旗であると同時に、王家の示威を表しているのだ。

「いかがでしょうか、姫殿下? 我がムーンファミリアの苛烈にして機敏な動き! ドットフィリアに勝っているのは数だけではございませんぞ!」

 エインフィリアの軍事を取り仕切る政務官のおべっかを聞きながら、ミレアは傍らに設えられた豪華な椅子に腰掛ける人物を見遣った。

「ふむ、少し困ったことがありますね」

 まるで陶芸品のごとく美しい、整い過ぎた容姿だ。シミ一つない肌と、瑞々しい色香を放つ唇にはどこか子供らしさも垣間見えるが、全身から放たれる高貴な輝きは見る者を情欲へと掻き立てる。

 誰もが見惚れる美しい金色の御髪を撫でながら、エインフィリア第一王女――メイル・キア・エインフィリアは的外れな言葉を放った。

「――今日は風が強いですね。そこの従者、結わえて頂けないかしら?」

 そう言って流し目をミレアに送るメイル。

 それを受けたミレアは「失礼致します」と一言述べてから背後へ回った。

 放置された政務官が再度言葉を発するのに数秒を要した。

「あ、あの、姫殿下? 我がムーンファミリアの来期予算については……」

「あら、失礼しました。ええ、練度と統率、共に素晴らしいですよ。お父様……失礼、国王陛下には予算の上方を進言しておきます」

「あ、ありがたき幸せ!」

 ほっと胸を撫で下ろした様子の政務官。姫の機嫌を損ねないよう必死のようだ。

 そんな中、ミレアは滑らかな感触の髪を結わえながら、眼の前の人物にしか聞こえない声量でこう呟いた。

(話、聞いてなかったわね?)

「…………」

 髪を結い終わると、くすりと小さく笑みを見せながらメイルが言った。

「ありがとう。従者は多くいますが、やはり女の髪は女でなければ扱えませんね。あ、政務官殿」

「は、はい!」

 ついでとばかりに政務官へ声を掛ける。

 そして、身体をもじもじと動かしながら言った。

「ワタクシ、少し、その、下着がずれてしまって……ですから……」

「ッ!? し、失礼致しました!! お、お前達も下がれ!」

 頬を赤らめて見せるメイル相手に、政務官は部下共々即座にその場を去っていった。

 図らずも、幕舎の中にはメイルとミレアのみが残される形となる。遠目に窺える訓練風景を見ながら、ミレアが溜息を吐いた。

「ねえ、メイル」

「何かしら、ミレア?」

「いくら人払いがしたいからって、今の発言は姫としてどうなの?」

「くす……ふふ、ふふふふふ」

 堪えられとんばかりにメイルが腹を抱えて笑い始めた。

「あははははは! だって、面白いじゃない! 見たでしょう、あの顏。本音ではこの場を覗きたくて仕方ないんじゃないかしら」

 気品も礼儀も無い、感情に任せた愉快な声であった。そんなメイルに対し、やれやれと肩を竦めるミレア。

 美しさと尊さを兼ね備えた第一王女。それは嘘ではない。しかし、ミレアにとってそれはメイルの極一部分に過ぎない。

「そもそも、今更見るまでもなく、演習内容はとっくに熟知しているわ。予算が欲しいならボクじゃなく、直接お父様に言えばいいのよ」

「だったらどうしてここへ来たわけ? 護衛もタダじゃないのよ」

 さりげなく嫌味を混ぜるミレア。

 風に踊る金の御髪を撫でながらメイルは微笑んだ。しかし、それは先程まで見せていた柔らかなものではない。

「そんなの決まっているじゃない。ボクがミレアと遊びたかったからよ」

 まるで悪戯を仕掛けた子供。そんな無邪気な笑顔を見せながら、メイルがミレアに抱き付いた。

 否応なく感じられる甘い香りに包まれながら、ミレアはその身を抱きとめる。彼女もまた、呆れつつも微笑を浮かべていた。

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