第一章三話 精鋭達
陽が天頂に昇る頃、両軍は共に食事休息を取っていた。
国は違えど同じフィリア領に属する友好国というだけあり、顔見知りも多く笑いが絶えない場となっている。
その一角、サンドイッチ片手にルクスとミクスが岩場に腰を下ろしていた。
「大丈夫、ルー兄? 豪快な一発貰ってたね~」
「問題ない! むしろ光栄なことだ」
「まあいいけど。辛かったら言ってね、痛いの飛んでけ~、してあげるから」
「……気が向いたらお願いするよ」
頬を腫らしたルクスがサンドイッチを齧っていると、見覚えのある顔ぶれが近付いてきた。
厳めしい面構えの長身と黒い肌の巨体。遠目にも目立つ凸凹なシルエットである。
「お、見て見て、ルー兄。お客さんだよ。ウィジェットの三バカ大将」
ひらひらと手を振りながらミクスが笑う。
すると、近付いて来た長身の男が不機嫌な声音で言った。
「四六時中無礼な連中だな、ムーンファミリアの軟弱衛士は」
「聞き捨てならないな、フェドラ。我々は常に心身を究めんと励んでいる」
「ふん、その割には無様な面構えだな」
右眼に金枠のモノクルを付けたインテリ風の男――フェドラ・トーラスが笑顔一つ見せず皮肉を弄した。
その後ろ、頭一つどころか三つほど抜けた位置から声が続いた。
「フェドラ兄さん、せっかくの合同訓練なんだから……。お久しぶりです、ルクスさん、ミクスさん」
「お~、相変わらずでっかいね、ウーちゃん」
見上げるミクスの視界に映るウブントゥ・トーラスの身長は二メートルを優に超えている。相応に横幅も広く、それでいて硬質な筋肉で構成されている肢体は岩壁のようだ。
「気にしないでくれ、ウブントゥ。自分とフェドラの挨拶みたいなものだ」
「さすがはルーちゃん、器がデカいぜ~。フェドラも見習え~、ついでに給料上げろ~」
「あ、リナ姉さん。起きてたの?」
ウブントゥの巨体の更に上、頭上に女の姿が現れた。二人組に見えたフェドラとウブントゥだったが、三人目が背中に隠れていたのだ。
まさに寝起きとばかりに身体を伸ばすと、否が応にも豊満な胸部が主張していた。周囲の男の視線はおろかルクスの目線をも釘付けにするのは胸部だけではなく、類稀なる美貌が原因だ。
「……ルー兄」
「み、見てない、見てないぞ! 自分はミレアさんのような女性が……って何を言わせるんだ!?」
「なっはっはっは、いつも面白いぜ~、ルーとミクは。さすがは演劇の国、エインフィリア。フェドラん、リナちゃん達も漫才トリオ組まない?」
「俺のいない所で勝手にやれ。まったく、毎度のことだが、両軍共に弛(たる)み過ぎだ」
フェドラ・トーラス、リナ・トーラス、ウブントゥ・トーラス。
同じ姓を持つ彼らは兄妹ではあるが血は繋がっていない。永光の国『ドットフィリア』において、彼らは幼少期に親を亡くしており共に同じ孤児院で育った。
ルクスとミクスにとっては顔馴染みであると共に、ドットフィリアの軍『ウィジェット』の将たる彼らは重要な同業者であった。
三将と称される彼らはそれぞれ統制する部隊が異なる。その中で警備と軍事、経理全般を取り仕切るフェドラが眉間に皺を寄せたまま言った。
「貴様等今までどこにいた? 連隊訓練では見かけなかったぞ」
「誤解しないでくれ。ウチの部隊は個別の格闘訓練を行っていたんだ。自分達の部隊は小隊で、白兵活動が多いからね」
「格闘訓練? 例の腕利きの教官とやらか?」
その言葉に、ウブントゥの頭上に乗ったリナが反応を示した。
「教官~? そんなに凄い人、ムーンファミリアにいたっけ?」
「あ~、その人はウチの衛士じゃないんだよね。あんま詳しくはいえないんだけど」
「でも、ルクスさんが負けちゃうなんて、よっぽど凄い人なんだね」
「リナちゃんも会ってみたいぜ~。どこにいるの?」
「馬鹿共が、もうじき実践訓練開始だ。つまらんことに現(うつつ)を抜かしている暇はない」
却下されたリナは「ちぇ~」と口を尖らせながらウブントゥの頭に身体を預けた。
実践訓練という言葉にルクスが気を引き締める。
「フェドラ、実践訓練の折に新兵器の試験を行うと聞いているが?」
「新兵器だと? ふん、あんな時代錯誤のデカ物が使い物になるものか。開発部が無理矢理に捻じ込んでこなければ即刻解体していた」
「なっはは、フェドラんは予算取られて不機嫌なんだぜ~」
「それっていつものことじゃない?」
「言わないであげて、ミクスさん。フェドラ兄さん、最近胃薬の量が増えてるんだ」
「とにかく、これ以上無駄話をする時間はない。行くぞ」
そう言って、ウィジェットの三将は足早に去って行った。
文字通り凸凹な三人ではあるが、彼らの間にはいつも絆が感じられる。家族同然に育った為か、多くの修羅場を超えた信頼の為だろう。
「変わってるよね~、あの三バカ」
「褒めているのか? それより、ミク。そろそろ姫殿下の到着時間じゃないか?」
「あ~、そうだっけ。まあミレ姉に任せてれば大丈夫だって。大変だよね、お姫様の護衛なんてさ」
「だが、ミレアさん以外にはいないだろう。エインフィリアの王族直属護衛を務め上げるほどの実力者は」
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