第一章二話 合同訓練

「ウィジェット、第四騎士隊前ぇー!!」

「ムーンファミリア、第三衛士隊続けぇー!!」

 怒号が飛び交い粉塵が舞う。雑多なようで理路整然とした足音はまるで軍歌を奏でているようだ。

 盟闇の国「エインフィリア」、永光の国「ドットフィリア」。東西にこれら二国を望める平原において、両国の兵士達による合同訓練が行われていた。

 国民達にとって、ある種の風物詩と化した大規模演習。付近には見物客が多く並び、彼らを目当てとした商売根性逞(たくま)しい露店が軒を連ねていた。

「……声だけはいつでも一人前ね」

 耳を塞いでも聞こえてくる兵士達の叫び声を聞きながら、一人の女が呟いた。

 訓練の行われている砂地より少し外れた草原。天然のマットともいえるこの場所は格闘訓練場として使われていた。

 長い黒髪を風に揺らしながら、怜悧な黒い瞳が周囲を見回す。

「で、続けるの? こっちは声も出ない様子だけど」

『うぅ……』

 屍累々、とまではいかないが、辺りには呻き声を上げる者達が転がっていた。

 男女様々混ざっているが、全員共通して立ち上がる気力もないようだ。

「全員ギブアップの様子だし、もう行ってもいい?」

「ま、待って下さい、ミレアさん!」

 横合いからよく通る声が届いた。

 そちらを向くと、息を整え立ち上がる青年がいた。端正な風貌だが、子供のように純真な眼差しを見せていた。

 ミレアは青年――ルクス・セントリアへ向き直り言った。

「相変わらず頑丈ね、ルクス。根性は認めるけど、そろそろ怪我するわよ?」

「望むところ……じゃなかった、覚悟の上です!」

「うわ~、ルー兄(にぃ)が変な方向に目覚めちゃったよ。間違いなくミレ姉(ねぇ)が殴り過ぎたせいだね」

「アタシのせいにしないで。急所どころか頭すら叩いてないわよ。それよりも……ミクス、アンタも少しは参加しなさい」

 え~、と口を尖らせながらミレアにしがみついて来る少女。トレードマークであるツインテールの髪を弾ませながら、ミクス・セントリアは不満そうに言った。

「や~だ~、ミクはルー兄みたいに熱血型じゃないも~ん」

「ならアタシは?」

「ミレ姉は……う~ん、血も涙もない機械型かなぁあ痛たっ!」

 ゴツ、と拳骨を加えつつミクスを引き剥がすと、バツの悪そうな顔でルクスが謝罪を述べてきた。

「申し訳ありません、ミレアさん。妹がアホで……」

「あ、ひど~い! 愛しの妹に向かって。ミレ姉からも何か言ってやってよ」

「何が愛しの、だ! 訓練をサボる不真面目な妹を持った覚えはないぞ!」

「ミレ姉に殴られるのが訓練なんて、随分と立派だね~。で、少しは強くなれた?」

「お蔭さまで痛みには負けん!」

「ルー兄……マジで手遅れっぽいね」

「どうでもいいけど、やるなら早くして」

 見慣れた双子の漫才に呆れの溜息を吐くミレアだった。

 双子の兄妹、ルクス・セントリアとミクス・セントリア。二人はエインフィリアの衛士隊「ムーンファミリア」における名物コンビであった。ミレアにとっても二人は親友、もしくは腐れ縁の長い付き合いである。

 張りのある声で、兄のルクスが続きを促した。

「さあ、ミレアさん! 再戦をお願いします!」

「それは構わないけど、素手でいいの? 別に格闘技の訓練じゃないんだから」

「ミレ姉ミレ姉。一応ルー兄にもプライドあるから、そこは察してあげて」

「気遣い無用です! 男として、同等の条件で勝ってみせます!」

「まあ、そういうところは嫌いじゃないわよ。全部受け止めてあげる」

「おお、よかったね、ルー兄。合法的にミレ姉に触りまくるチャンスだよ」

「う、煩いぞ、ミク! 自分には邪(よこしま)な考えなど一切ない!」

 声が上ずっていることは言わない方がいいのだろうか、と思いながらミレアは腕を前に突き出した。

「来なさい。条件はさっきまでと同じ。一発でもアタシに当てれたら、アンタ達全員の勝ちにしてあげる」

 ミレアはムーンファミリアに所属しているわけではない。しかし、彼女の腕前は衛士内でも有名であり、こうして訓練に呼ばれることも珍しくはなかった。

 唯一問題があるとすれば、衛士の腕自慢二十人掛かりで挑んだにも拘わらず、五分と持たず完敗してしまったことだろう。

 そんなミレアを相手にルクスが再度打ち倒されるまで十秒と掛からなかった。しかし、一対一で五秒以上立っていられたのは彼のみであった。

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