後日談ージンル城跡にて、その後
十 閑話〜ジンル城跡にて、その後
ソフィアが簒奪者を倒して、数時間後。ジンル城跡の城下町にある壊れた聖堂にて。
☆
段々と陽が出てきた。天井が抜け落ちて穴だらけの聖堂の中も照らされ始め、辺りが明瞭になる。
避難兼待機場所として選んだこの聖堂。床は瓦礫に埋め尽くされ、見えている床もひび割れている。その中、かろうじて残っていた長椅子に、死体を四つと馬鹿一人を乗せ、ソフィアは入り口付近に座り込んでいた。
「……疲れたペンね」
ここまで三往復。城から聖堂までさほど距離はないが、人を二人ずつ抱えて歩けば疲れないわけがない。まして、簒奪者二体と戦ったばかりだ。魔力の消耗による疲労も相まって、ソフィアの体力はかなり削られていた。
定期的に、メメアには連絡をしている。報告によれば、回収に派遣される傭兵はすでに発ったようだ。つまり夜まで我慢すれば、安心して眠る事ができるのだ。
……ただ、その前にやる事は沢山あるが。
「……まず、あいつらを灰にして埋めなくちゃならないペンね。ロランも、王城に帰しに行かなきゃペン。全く、こいつは面倒だけを増やしてくれるペン」
まぁ、ロランを帰しに行くのはメメアでもいいだろう。所長秘書という肩書きもあるし、何より彼女なら金を沢山ふんだくれるだろう。国に所属している魔法士が面倒かけたのだ。貰えるものは貰っておかなくては。
それと報告書には簒奪者の出現と、その戦い方を書かなくてはならない。出現例のあまり多くない魔獣の情報は、些細なものであれ重宝されるのだ。
考えれば考える程、どんどん頭が痛くなるソフィア。簒奪者を殺せたのは大きいが、それ以上に処理する事が増えるのはどうにかならないものなのか。
久々の実戦で余計に疲れているというのに。着ぐるみの嘴を撫でつつ、ソフィアは呑気に寝ているロランを恨めがましく眺めた。
「……?」
その直後である。ソフィアの耳が、何かの足音を捉えた。数は一つ。そして、かなり軽い。少なくとも、魔獣ではなさそうだ。
ただ、回収に派遣される傭兵でもないだろう。来るには時間が早すぎるし、何より一人で行動するはずもない。
多少警戒しながら、ソフィアはゆっくり立ち上がる。魔力は通常の三分の一程度までは戻っている。足音の正体が敵であったとして、気配を隠そうともしない相手なら遅れをとる事もないだろう。
しかし、簒奪者相手にやった無茶はできそうにもない。あの豪剣を受け止めた時のように、手に魔力を一点集中させる極端な強化はもう無理だ。
願わくば、相手が強くない事を祈ろう。ソフィアは聖堂の壊れた扉をくぐり、外に出た。
「さて、どんな奴が来るペンね」
大分明るくなった城下町。聖堂付近には家屋が立ち並び、大きな道を挟んで店や家が建っている。足音は、聖堂から左側か。
見えてきたのは、ダボダボで茶色のコートを纏う人。コートと同じ色の髪を肩まで伸ばし、まるで警戒などしていないかのようにあちこちを見て歩いている。
「……あいつは」
ソフィアにはその顔に見覚えがあった。ちょうど向こうもソフィアに気がついたのか、視線を合わせると、手を振り走って近づいて来た。
「そ、ソフィア所長さん。えと、おはようございます。こんな所で何をしてるんですか?」
「お前こそここで何をしているペン、セラニア。仕事かペン?」
セラニア。そう呼ばれた彼は、《アファリア》の傭兵、しかも【神宿し】の名持ちだ。歳は二十五、左目が赤、右目が青のオッドアイの持ち主で、中性的な顔立ちをしている。
初見で彼の性別を見破るのは難しいだろう。声音は声変わりの前の少年のように高く、体つきは華奢で色白。男とも見れるし、女とも思える。便宜上、彼は男という事になっているが、正確には、彼に性別はない。
簡潔に言えば、男性器も女性器もついてない。両方ついている種族はあるものの、どちらもついていない種族は今までに確認されていない。故に、彼の種族も不明とされている。
「……というより、随分と久し振りな気がするペンね。ここ数ヶ月は、《アファリア》に帰ってないペンね?」
「あ、はい。ちょっと、やりたい事がありまして」
「まぁ、程々にするペン。お前の本業は傭兵。長期間依頼を受けないと、死んだと見なして登録から消すペンよ」
すみません、と頭を下げるセラニア。実際は、名持ちの傭兵を簡単に手放す訳もないのだが、所長として言っておかなくてはいけない事もある。当然、ソフィアもそこまで本気で言ったわけではないので、空気が悪くなる前に話題を変えた。
「それで? お前は何しに来たんだペン?」
「あー、はい、個人的な用です。友達にデスフロッグの胃袋が欲しいと言われまして」
「デスフロッグ? そんな物、何に使うんだペン」
「えと、正確には胃袋の中、胃液みたいです。新しい絵の具の材料にと、ゼファロさんが」
「……あいつか。貴重な名持ちの傭兵を何に使ってるんだペン」
ゼファロとは、【創り手】の名持ちで芸術家でもある傭兵だ。以前、その卓越した魔法技術を見込んで、召喚術の使い手であるユーグスを弟子入りさせてもいる。
ちなみにデスフロッグとは、危険度低の魔獣である。大きさは子供程度、動きも鈍く、群れを作る習性を持っている。胃袋の中身をぶちまける攻撃をしてくるが、その胃液がとてつもなく臭い。あまりの臭さに気絶する、だからデスフロッグという名前が付いたと言われている。または、胃液を放つとデスフロッグは死んでしまうから、とも言われている。
まぁ、そんな事はどうでもいい。苦々しく呟くソフィアに、セラニアは苦笑して返した。
「あはは……ま、まぁ、いいじゃないですか。最近はお弟子さんも出来て、張り切っているみたいですし」
「ユーグスの事かペン。……ま、押し付けたのは私だし、大目に見るかペン」
「そ、それより、ソフィア所長さんはどうしてここに? 着ぐるみも真っ赤ですし、何があったんです?」
「あぁ……それは中で話すペン。ここだと、また魔獣が湧きそうで面倒だペン」
踵を返し、聖堂の中へ入ろうとするソフィア。セラニアも怪訝な表情を作り、後に続こうと足を踏み出して、
「いいからここで話せや着ぐるみ女! 手間を増やさすんじゃねぇよ!」
唐突な暴言。額に青筋を立てて振り向くソフィアの目に映ったのは、青ざめるセラニアの顔だった。
「わ、わー! 余計な事言わないでよファニア! 相手はソフィア所長さんだよ!? 殺されちゃうよ!」
「うっせえんだよニア! さっきから黙ってりゃ言いなりになりやがってよ! お前の力を見せてやれや!」
「む、むむむ無理無理ムリだよ! 私なんか一撃でダブンだよ! 首がポンだよ!」
「上等じゃねぇか! ダブンだろうがポンだろうが相手にしてやんよ! 暴虐魔法の力を見せつけてやろうぜ!」
誰かが乱入してきた訳ではない。今の会話は、全てセラニア一人で行われたものだ。
気弱なセラニアと、やたら言葉の悪いセラニア。どちらかが話す度に表情が変わり、まるで一人劇を見ているかのような錯覚に陥る。
そこでようやく、ソフィアはセラニアの特性を思い出した。
「……あぁ、そうか。こいつも面倒だったんだペン」
「誰が面倒だこの着ぐるみ女! お前の語尾の方がよっぽど面倒だろうが!」
「ばばば馬鹿ー! し、死ぬ! 私死んじゃうから!」
セラニア。彼に与えられた二つ名は【神宿し】。
その由来は彼そのものにある。セラニアの中には、暴虐の神を自称するセラファニアという存在がいるらしい。セラファニアの性質はセラニアと真逆。暴力的で、高圧的。
それだけなら、少なくとも《アファリア》内では変わった人で済むのだが、一番の特徴は彼の言った暴虐魔法にある。
「……とりあえずセラニア。その馬鹿は黙らせられないのかペン?」
「あぁ? 黙るのはお前「あ、はい! すぐに静かにさせます! だから殴るのは勘弁してください!」
「別に殴るつもりは……」
「どの口が言ってんだ着ぐるみ女! 前に何度も俺を「うるさいファニア! お願いだから私のために静かにして!」
「……あぁ、そうだったペンね。過去に何度も殴ってるペンね」
彼が《アファリア》の試験を受けに来た時、彼がクラス無しの時代、実力にも性格にもついて行ける傭兵がいないから指導役を受け持った時、後はセラファニアが問題を起こした時。
思い出せば、ソフィアは何度もセラニアを殴っている。正確に言えばセラファニアを殴っているのだが、身体は一つである。残念ながら、痛みは共有するようだ。
袖の長いコートを振り回して一人劇を続けるセラニアに、ソフィアはため息を吐く。セラニアは良い人なのだが、セラファニアが面倒すぎる。これで主導権がセラニアにあれば救われるのだが、今の様子を見る限りそこまでの強制力はないようだ。
「セラファニア、ここは敵地だペンよ。セラニアが大事なら、静かにするペン」
「あぁ? セラニアなんか大事じゃねぇよ! それに敵地がなんだ! 魔獣如き、俺の暴虐魔法で消し炭にしてやんよ!」
「む、無理ー! 暴虐魔法は手加減ができないよ! ここ、ジンル城跡だよ!? 壊したらダメなんだよ!?」
「セラニアの言う通りだペン。お前の相手はまたしてやるから、ここは引っ込んでろペン」
「誰がお前らの言う通りにするかバーカ! こんな場所、俺の力で「ぶほぁっ!!」」
音も無く、ソフィアの握られた翼がセラニアの腹に直撃した。
「……あ、悪いペン。つい、手が滑ったペン」
セラニアの身体はくの字に曲がり、衝撃で地面を転がってうつ伏せで止まる。苦悶の声が、セラニアの口から二重に聞こえる。
「殴らないって「何すんだこの「言ったじゃないです「着ぐるみ女!「か!」」
「いや、何言ってるか全然分からないペン」
主導権がバラバラになっているのか、赤と青の瞳を潤ませるセラニアは、倒れて腹を抑えたまま文句を口にした。
それを淡々と聞き流した後、ソフィアはセラニアの元まで近づいて行き、鰭のついた右足をゆっくりと彼の腹に乗せた。
「へ?」
「何しやがんだこの着ぐるみ「ぐへっ!」」
「セラファニア、お前が喋る度に踏みつけてやるペン。痛い思いをしたくなかったら、黙ってろペン」
冷静な声音に、少しの怒りを混ぜ込んだ言葉。ご丁寧に身体強化魔法までかけてあるから、セラファニアには抵抗のしようもない。とばっちりだよう、と嘆くセラニアはひとまず置いておき、ソフィアはゆっくりと、子供に教えるような口調で話し始めた。
「セラファニア、ここはとっても大事な場所なんだペン。本当なら戦闘も、魔法だって使ったらいけないんだペンよ。分かるペン?」
「だ、だからなん「ぐほぅ!!」」
「分からなかったみたいだペンね。もう一度言うペン。ここは、お前みたいな馬鹿に壊されていい場所じゃないんだペン。もしここで暴虐魔法なんて使ってみろペン。私が、セラニアの身体からお前が消えるまでぶちのめしてやるペン」
顔色を落とし、ガタガタと震えるのは一体セラニアかセラファニアのどちらなのか。或いは、両方か。壊れたように頷く彼を見て、ソフィアは足を腹から離した。
「……わ、私が一体何をしたんですか」
しばらくの間、放心していたセラニアは上半身だけを起こし、足をペタンとさせて肩を落とした。ソフィアもセラニアは悪くないと分かっているのか、若干気まずそうな顔でポンポンと頭を撫でた。
「悪かったペンね。けど、ああするしかセラファニアは黙らせられないペン」
「……そ、それは分かってますけど……お腹は痛いです」
中性的で、やや童顔も入っているセラニア。その顔で小動物のように身体を縮め、赤と青の瞳で上目遣いに見られると、いくらソフィアでも良心が痛む。なので、
「……じゃ、じゃあこうするペン。セラニア、お前が好きでセラファニアが好きじゃない物って、何だペン?」
物でご機嫌とりをする、という何とも幼稚な手に出た。《アファリア》の所長ともあろう人物が、まさかこんな短絡的な解決を図ろうとは。
しかし、セラニアには効果覿面だったのだろう。彼はまだ潤んでいる目をコートの袖で擦り、キョトンとした表情を作った後に考え出した。
「……私が好きで、ファニアが好きじゃない物……ぬいぐるみ、ですかね」
「そういえばそうだったペンね。なら、お詫びにそのぬいぐるみをあげるペン。何でも好きな物を言うペン。私が作ってやるペンよ」
《アファリア》でも一部の人しか知らない話だが、ソフィアの趣味は裁縫だ。特に、ペンギンの人形をよく作る。その出来は一流の裁縫師も認める程だが、作る物がペンギンばかりなので、あまり周りの評価は良くない。
セラニアも、ソフィアに指導されていた時期があったのでそれは知っている。少し悩み、じゃあ、と前置きしてからセラニアは言った。
「そ、ソフィア所長さんの着ている、ペンギン柄のパジャマがいいです」
「パジャマか、ペン? ぬいぐるみじゃなくてもいいのかペン?」
「はい! 前から、ソフィア所長さんのパジャマは可愛いなって、思ってたんです」
「……着ている私が言う事じゃないけど、変わってるペンね」
まぁ、セラニアがいいと言うならいいのだろう。ただ、ペンギン柄の生地は一般に流通してないから、知り合いの職人に頼みに行く必要があるため面倒なのだが……今さら前言撤回はできない。
分かったペン、と頷いて、ソフィアはセラニアに手を貸して立ち上がらせた。
「えへへ、楽しみです」
「今度、採寸するから所長室に来るペン」
「は、はい! 是非行きます!」
「……うん。そんなに意気込まなくてもいいペンよ」
さっきまでの表情とは打って変わって、目をキラキラさせるセラニア。彼は表情がコロコロ変わるし、分かりやすい。本当に、セラファニアが出てこない時は純真で良い子だと、ソフィアは思う。
まぁ、二十五の人を相手に言う言葉でもないが。しかし、身近に二十歳になって精神年齢五歳の奴もいるので、あまり気にしない事にしよう。
「さて、それじゃそろそろ聖堂の中に戻るペン。あれだけ騒いだから、魔獣が来てもおかしくないペンね」
「あぅ……そ、その、セラファニアがごめんなさい」
「謝らなくてもいいペンよ」
ちょっと背伸びして、またセラニアの頭を撫でたソフィアは踵を返す。あと十数時間、回収の傭兵が来るまで、セラニアと話しているのも悪くないだろう。セラニア単体なら癒される。今のソフィアには癒しが必要だ。
そう思いつつ、聖堂の中に入る。……が、後ろから続いてたはずの足音が止まった。
「どうしたペン?」
「……あ、その……」
「ん?」
まだ外にいたセラニアは気まずそうに、上を指差した。
「ーー魔獣です」
☆
空を飛ぶ魔獣は数多くいる。
代表的なのが竜種だ。最低でも危険度が高の竜種は、確実に討伐できる自信と実績がない限り、見つけても挑む事は許されていない。
竜種の力は人を遥かに超える。竜種によって一夜で滅ぼされた国も少なくない。現に《アファリア》でも、殲滅者以上の傭兵が数人揃わない限り、接敵すら許されていない。
それを考えればまだ運が良かったのかと、空を見上げるソフィアは思う。よりにもよって竜種が来なくて良かったと。こんな場所で竜種に遭遇しなくて良かったと……、
ーーいや、やっぱり無理。
「……本当、私、呪われてるのかペン」
「あ、あの、その、ごめんなさい。私が騒いだからですよね」
「いや、早く止めなかった私も悪いペン」
ガックリと肩を落とすソフィア。ペコペコ頭を下げるセラニア。その頭上、澄んだ青い空には犬程度の大きさを持った蝙蝠が、無数に飛んでいた。
「……ゴウンバッドだペンね」
ゴウンバッドは、危険度中の魔獣だ。鋭い牙を翼の先に生やし、裂けているような大きな口が特徴である。単体では脅威ではないが、彼らは数百単位の群れで行動する。奇怪な音を発して獲物を狂わせ、仕留めるという狩りをする強かな魔獣でもある。主に夜にしか行動しないが、やはりセラニアとセラファニアのやり取りで動き出したのだろう。
「……あ、あの、あの程度でしたら私が相手しますよ? ソフィア所長さんは、中でお休みになっていてください」
「……その言葉に甘えたいけど、討ち漏らしが出たら面倒だペン。私も参加するペンよ」
「で、でしたら、私がメインでやります! ソフィア所長さんは、サポートをお願いします!」
「う、うん。建物、壊さないように注意してくれペン」
赤と青の目を輝かせ、ダボダボの袖を振るセラニア。まぁ、セラファニアが出て来ないなら問題はないだろう。暴虐魔法も、空に向けて放つなら周りに被害は及ばなそうだ。
「それじゃ、任せてください!」
張り切るセラニアは一歩前に出る。それでゴウンバッドもソフィア達に気がついたのだろう。一斉に大きな口を開き、地上にいても聞こえる程の音量を発して突っ込んでくる。
この距離なら、まだゴウンバッドの奇声も効果は発揮しない。だが、近づかれたら結界でも張らない限り、まともに戦闘はできないだろう。
……まぁ、セラニアが出た時点でその可能性はなくなったのだが。
「行きますよー!」
セラニアの魔力が膨れ上がる。紫色の魔力が生まれ、彼の周囲を渦巻くように動き始める。ある程度の知能を持つ魔獣なら、一目散に逃げるような質の魔力だ。しかし、ゴウンバッドは速度を緩めようとしない。
そして、魔法の完成を知らせるように彼の青い右目が陽炎のように輝き、
「暴虐魔法ーー
セラニアの周りの虚空から、四体のナニカが這い出た。紫色のナニカは一瞬で狼のような輪郭を作り上げ、猛スピードでゴウンバッドの群れに突っ込んでいく。
接触まで、一秒もかからなかった。セラニアの放った暴虐の狼は口を大きく開け、鋭利な棘がびっしりと生えた触手を無数に生み出す。勢いに乗ったゴウンバッドは避ける事も出来ない。更に棘が皮を貫き、肉に突き刺さって抜く事もままならないのか、ほとんど無抵抗に纏めて触手に絡め取られ、
「ご飯の時間です!」
触手と共に、暴虐の狼の口の中に収まっていく。骨を砕く音、そしてゴウンバッド達の断末魔が、血の雨と一緒になって空から降り注ぐ。
「まだ、お腹は空いてますよね!」
セラニアの言葉に応えるように、暴虐の狼達は声もなく吼え、一度目では捕らえきれなかった獲物に飛びかかっていく。空に映し出されるのは戦場ではない。ただひたすらに一方的な、狩りの光景。
ーーそれこそが、セラニアのオリジナル魔法、暴虐魔法。
ソフィアのペンギン魔法と違い、その性質は火力の一点に集中されている。言うなれば、最も傭兵らしい魔法だ。暴虐魔法の前ではどんなに硬い鱗でも紙切れも同然になり、いかに生命力があろうと尽く削り取られる。
【神宿し】の名持ちであり、オリジナル魔法の使い手。それが、《アファリア》の傭兵、セラニアだ。
「……まぁ、こいつが帰還してくれて助かったと見るべきペンね」
ソフィアは呟く。長らく行方不明だったセラニア。年中手が足りてない《アファリア》にとって、これ以上の助けはない。
他の名持ちは自由に行動しているし、自分勝手だし、自己中だし。その点、セラニアは安心だ。セラファニアがいるものの、セラニアは良心的な心を持っている。暴虐魔法のおかげか、対魔獣において彼が負ける事はほとんどあり得ないし。
「……それでも、誰か補助に付けるべきかペンね。また行方不明になられたら困るペン」
それから暫くは、血の雨と断末魔の嵐が聖堂付近に渦巻いた。逃げ惑うゴウンバッドを見て、サポートの必要もなくなったソフィア。着ぐるみと顔を更に血で汚されつつ思案を終えると、空へ向けていた青い瞳をセラニアに向ける。
「ソフィア所長さん! どうですか! 私も、強くなりましたよね!」
「お前は元から強いペンよ」
「そ、そんな! まだまだです! ソフィア所長さんには、遠く及びません! ……で、でも、褒めてくれるなら……」
何かを期待するように、セラニアは血で彩られた無垢な笑顔をソフィアに向けた。背はセラニアの方が高い。なのに何故か、小動物を錯覚させるような仕草でセラニアはしゃがみ込んだ。
何をしてもらいたいのか。察せないほど、ソフィアは鈍感ではない。
「……私は十七歳なんだけどペンね」
ゆっくりと、翼状の手でセラニアの茶色の髪を撫でる。すっかりご満悦なセラニアを見て、ソフィアはため息を吐いた。
「……ところでセラニア、これだけ盛大に血を降らせたら、当然他の魔獣が寄ってくるペンね。何か、対策はしているペン?」
「…………あ」
「よし、そこに座れペン。一発ぶちかましてやるペン」
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