ワガママ吸血鬼とそのメイド、監視の始まり
《アファリア》に種族制限はない。人族だろうが獣人族だろうが、最低限の道徳と知性、そして対話する能力があれば試験を受ける資格は得られる。
しかし、登録されている傭兵の種族の割合は、やはり人族が一番多い。次点で獣人族、その次にその他となってしまう。
その他の中には、珍しい種族の者もいる。特に、吸血鬼族は数える程度しか登録していない。だが、吸血鬼族はスペックが高い。昼間は人族程度の力しかないが、陽が沈めば無類の強さを発揮する。何の訓練も受けていない子供の吸血鬼族でも、小型の魔獣を複数相手取れると言われている程だ。
それ故、彼らはプライドが高い。他者を頼らず、己の力のみで事を成す。長命で、魔獣を圧倒する吸血鬼族が繁栄しないのは、繁殖力の低さ以上に番いとなる相手を選り好むから、と証明されている。
☆
「帰って来ましたわ!」
夕方。豪快に、所長室の扉を開けて入って来たのは二十にも満たない少女だった。黒いシャツに黒いズボン、その上から黒いコートを羽織り、黒いブーツを履く黒尽くめの少女は、満足げな表情を浮かべソフィアの前にまで行く。
対するソフィアは青い双眸を尖らせ、いかにも不機嫌ですといった風に机に頬杖をつく。喧しい登場をした少女にご立腹だ。横目で側に控えるメメアに、殺ってもいい? と尋ねるが、首は横に振られた。
「お久しぶりですわ、所長。それにメメア女史。お元気かしら?」
「お前よりは元気じゃないペン。少し声の大きさを下げるペン」
「あら、これは失礼しましたわ! 淑女として、あるましき振る舞いでした」
彼女の名前はカロナ・デア・フォ・カリバーン。数少ない吸血鬼族だという事で、ソフィアも覚えている。つい最近、討伐者のクラス持ちになったと、メメアから報告を受けたはずだ。
「それで、何の用だペン。遊びたいならそこら辺をほっつき歩いてる傭兵を捕まえて遊んでもらえペン」
「違いますわ! 妾は別に、遊びに来たわけではないのよ!」
「なら、何か相談だペン? お前が受けた依頼は……メメア」
「はい。ヨキの村付近に現れた魔獣、ガガロクスの討伐ですね」
「ヨキの村で異変でもあったペン? それとも、討伐対象以外の魔獣でも現れたペンか?」
「違いますわ! 妾は見事に魔獣を殺してきましたの!」
「……それで?」
「それだけですわ!」
「…………は?」
思わず、間抜けな声が出てしまう。まさかの可能性がソフィアの頭によぎる。徐々に胃痛の足音が聞こえてきたが、改めて訊いてみる。
「……それで、何だペン?」
「それだけですわ、所長! 妾は見事に魔獣を殺して参りましたのよ! 褒めてもよろしくてよ?」
「…………」
「褒めてもよろしくてよ!」
「……わー、すごいすごい、ペン。カロナちゃんはすごいペンねー。飴玉いるペン?」
「ほしっ……い、いりませんわ! 妾はもう二十歳ですのよ! あと所長、褒め方が雑すぎますわよ!」
知らんがな。少なくともソフィアの中で、褒めは強要されるものではない。だが吸血鬼族の少女……いや、吸血鬼族の女性カロナは知ったこっちゃないと言わんばかりに小さな胸を張った。
「妾は真祖の吸血鬼族の血を引く存在、カロナ・デア・フォ・カリバーンですのよ! 妾をぞんざいに扱う、イコール吸血鬼族全体を敵に回す事になりますの! それを理解しているのかしら?」
カロナは背が高いわけではない。胸こそ小さいが、バランスの取れたスレンダーな体つきは大人びた服装も相まって色気もある。勝気な印象を与える眼は蠱惑的な赤色を宿しているし、何より吸血鬼族の特徴である鋭い犬歯、尖った耳、蝙蝠めいた折り畳まれた漆黒の翼は見る者に人外特有の危険な匂いを感じさせる。
しかし、人族基準で言えば彼女はまだ五歳程度だ。吸血鬼族は長命だが早熟で、肉体の成長はかなり早い。だが、精神が追いついているかはまた別だ。
ソフィアもそれは知っている。真祖どうこうが幼児特有の妄言だという事も、理解している。しているが、どうしてもこの自信満々の顔を見るとイラッとくる。
何故だろうと、半ば現実逃避気味に自分に問いかけていると、カロナは机の上に一枚の紙を置いた。
「……何だこれ、ペン」
「報告書ですわ! 妾たちは無事、目標の魔獣を殺してきましたの! さぁ、報告書にサインと、妾に報酬をよこしなさい!」
「……私は私で出した依頼の報告書にしかサインしないペン。あと、報酬金は一階のカウンターから貰えペン」
「そんなのありえませんわ! 妾は高貴な血を引く選ばれた種族ですの! ただの職員なんかに妾の応対はできませんわ!」
自信たっぷりに言い放つカロナ。ソフィアは頭を抱えて、視線でメメアに助けを求める。……が、
「…………」
メメアから放たれるは私に関わらせるなオーラ。所長権限を発動して無理矢理巻き込んでもいいが、その場合は明日の仕事に響く事間違いなしだ。
ため息が一つ、腕を組んで背もたれに寄りかかる。仕方ないと、ソフィアは疲れの混じった声を出した。
「いいペンか、カロナ。職員と傭兵は同等だペン。お前がどれだけ偉かろうと、ここに登録した時点で他の奴らと同じ身分になるんだペン」
「それは……知っていますわ。そう教えられましたもの。でも……」
「でも、はないペン。討伐者に上がって嬉しいのは分かるけど、ルールはきちんと守れペン。ここにお前を特別扱いする奴は一人としていないペン。褒められたいなら、相応の振る舞いを身につける事だペンね、淑女のカロナちゃん」
「……むー!」
「膨れても無駄だペンよ」
キリキリと、胃が痛む。《アファリア》のルールは、試験に合格した時に叩き込まれるはずだ。それに、大体のクラス無しの傭兵は、クラス持ちの傭兵に付き添う形で依頼を遂行させる。ルールを見せて覚えさせ、守らせるためだ。
なのにこいつは、何を言っている。また一から教えないと、駄目だということか。
「……はぁ。それより、お前の相方はどうしたペン」
「……外で待ってますわ。あと相方ではなくメイドですわ」
「なら、そいつに教えてもらえ……いや、やっぱり他の奴らに教えてもらえペン」
「へ? どうしてですの?」
「いや、確かあいつって……」
「くすくす。私をお呼びでしょうか?」
唐突に、カロナの背後に現れたのは長身の女性。真っ赤な短い髪に愉悦の色を宿す黒い双眸を携えたその女性は、黒のワンピースに白いエプロンを付けた、所謂メイド服を着ていた。
「あら、ランカ。いましたの?」
「はい、いましたの。何となく、カロナ様が呼んでいるような気がしたので」
「カロナも私も呼んでないペン。帰れ」
ソフィアはジト目でランカを見据える。ランカは側頭部から二本の捻れた角を生やす特徴を持つ、魔族と呼ばれる種族だ。魔族の特性は狡猾。カロナの従者として《アファリア》に登録しているが、口元に浮かべている笑みはどこか歪な印象を与える。
「ふふふ、随分な扱いではありませんか。まだ私は、何もしていませんよ?」
「そのまだが信用ならんペン。……というより、お前もカロナと一緒に討伐者に上がったはずだペン。何でこいつを止めなかったペン」
「主が楽しそうでしたので」
「お前ら一回くたばれペン」
プライドの高い吸血鬼族と、面白い事が大好きな魔族。組み合わせはよろしくない。少なくとも、ソフィアの胃を痛めつけるには十分な破壊力を有している。
メメアは助けにならない。が、こいつらには最低限の教育を施さなければならない。でなければ、《アファリア》の品格が疑われてしまう。
《アファリア》は決して無法者の集団ではない。確かに問題ばかりを起こしてソフィアの胃を削っているが、《アファリア》も後始末はしっかりしている。イブリア王国から認められ、国民へも無法者の集まりではないと認識を打ち付けているのだ。
だが、認識は疑いを持たれすぎると崩壊してしまう。
厄介の種は早々に摘み取るに限る。しかし、もうクラス持ちの奴らには任せられないだろう。クラス持ちがクラス無しに教育をするのは仕事の一つであるが、相手がクラス持ちになると依頼という形になり、報酬を与えなくてはならない。
ケチらないといけない程、《ルビを入力…》《アファリア》の財源は脆くないが、こいつらが相手となると引き受けてくれる奴がいるかどうかだ。視姦好きのシャガリアならやってくれそうな気もするが、あいつは別の依頼を受けている。となれば、
「……よし、決めたペン」
ボソリと、ソフィアは呟く。メメアを除いた二つの視線が、ソフィアに集まった。
「何を決めましたの?」
「カロナ様を苛める方法ですよ、きっと」
「ちょ、お待ちなさい所長! そんな事しても楽しく……」
「お前ら黙れペン。決めたのはお前らの教育方法だペン」
そう言うと、ソフィアは机の引き出しから人の頭程度の大きさのあるペンギンの人形を取り出した。
「……まさかとは思いますが、それにカロナ様の魂を移して嬲るおつもりですか?」
「んな訳ないペン。お前はどういう発想をしているペン。これはちょっとした小道具だペン。これに……」
ソフィアはスッと目を閉じ、ペンギン人形を持つ手に力を込める。僅かに、ソフィアの翼状の手から黒い魔力が漏れると、それはペンギン人形へ流れ込んでいき、
「ペンギン魔法ーー
黒い魔力が全てペンギン人形に入り込む。と同時に、ペンギン人形の目であろう青いボタンが僅かに発光し、翼状の手がピクピクと動き始めた。数秒後にはソフィアの手から離れ、机の上に飛び乗って一人でに歩き出す。
「……はい、これで終わりだペン」
「……これ、一体どういう原理ですの? そもそも、ペンギン魔法なんて聞いた事ありませんわ」
ペタペタ。目的もなく歩き回るペンギン人形を見て、カロナは瞠目して呟く。人形を操る魔法は、あることはある。が、それは人形に魔力の糸を縫い付けて指で操るような、遊びの範疇での魔法だ。
しかし、目の前の人形に糸は付いていない。完全に独立して、動いている。ランカもこんな魔法は初めて見るのか、さっきまで携えていた笑みを消して怪訝な表情をしている。
「私の、オリジナルの魔法だペン。こいつは今、私の視覚、聴覚、触覚と同期しているペン。そしてちょっと念じてやれば、こうして動かす事も可能だペン」
「オリジナル魔法って……歴史に残るような魔法をこんな簡単に使っているというの!? ありえませんわ!」
オリジナル魔法とは、自在魔法や固定魔法の括りに囚われない魔法だ。魔法と銘は打っているが、その中身は魔術、魔法、魔法陣、或いは全く別のモノなど、様々な方法を組み合わせて一つの体系にする、魔法士の極み。
作り方は個人の個性にかなり左右される。が、基本的に作り上げた個人しか使えないとされている。それ故、歴史に名を残しているオリジナル魔法は少ない。現代にもオリジナル魔法を使うという魔法士は何人か確認されているが、その全てが所在不明になっている。
カロナも知識はある。オリジナル魔法がどれだけ希少かも、当然ながら理解している。理解しているが故、信じられなかった。
「別にお前が信じなくても構わないペン。とにかく、こいつをお前らに同行させて、監視するペン。規則に違反すれば、キツイお仕置きをしてやるペン」
「……ふふ、こんな人形でカロナ様と私に付いて来られるんですか?」
「甘く見るなペン」
フッと、ペンギン人形が机の上から消える。一瞬、周囲を探る。が、気がつけばランカの角の上に立ち、翼状の手を眼球の前に突きつけていた。
「こいつの能力は私の十分の一程度だペン。けど、お前ら程度なら、それで十分だペンよ」
「……成る程。これでは文句は言えませんね」
「そもそもお前らに文句を言う資格はないペン。大人しく、私に教育されろペン」
以上だペン。ソフィアはそう言うと、空間魔法を使って無理矢理二人を退出させた。
「……かなりお怒りですね、所長」
「当たり前だペン……と言いたいが、あいつら二人だからだペンね。吸血鬼族も魔族も、基本的に他種族を見下しているペン。しかも、無駄に力を持っているペン。無理にでも、早めに矯正しておかないと、あいつらが止められない存在になった時に大変だペンよ」
「ペンギン魔法を見せても良かったのですか?」
「力を見せつけるためだペン。私まで舐められたら、シャレにならないペン」
ぐったりと、ソフィアは背もたれに寄りかかる。所長の椅子にいるおかげで、色々な種族と相対してきた。その経験から、吸血鬼族は厄介だと知っている。
だが、その分メリットは大きい。現に、カロナ以外の吸血鬼族の傭兵は、《アファリア》に貢献してくれている。例外なく、ソフィア直々の教育済みではあるが。
「あいつらをクラス持ちにしたのは時期尚早だったペンね。まぁ、ランカがカロナに入れ知恵をしたんだろうけどペン」
「見事に猫被りにやられた、という訳ですか。流石に防ぎようがないですね」
「……ま、とりあえずはあいつらに目を向けておくペン。メメア、その間のサポートはよろしくだペン」
「分かりました。私のギャンブルの時間が無くならない程度に、補助をします」
「……いい加減懲りろペン」
☆
「……全く、妾を監視だなんて冗談ではありませんわ! ランカも、そう思いますわよね!」
「……えぇ」
「第一、真祖の血を引く妾の待遇が有象無象と同じというのがおかしいのよ! ランカも、そう思いますわよね!」
「……えぇ。そうですね」
「所長も頭が固すぎますわ! 確かに実力は妾の遥か上をいっているけど、これは横暴ですわ! ランカも、そう思いますわよね!」
「……えぇ」
「……ランカ、空返事にも程がありますわ。何を考えているのかしら?」
「この人形の、魔法を解析しようとしているのですが……無理ですね。何かの魔法陣と何かの魔術、そして全く別のモノが組み合わさっている事は分かったのですが、それ以上はどう頑張っても解析できそうにありません」
「……えぇと、つまり?」
「大人しく従うしかない、という事ですね。……ふふ、何と性格が悪いんでしょうか」
イブリア王国の王都を歩く二人。陽が暮れ、魔灯も光り出したこの時間でも、吸血鬼族と魔族の組み合わせはかなり目立っていた。
何より、二人の容姿は人目を惹きつけやすい。カロナは見るからにお嬢様風の美人、ランカは怪しげな雰囲気を纏う美人と、すれ違う人たちを全て振り向かせている。
……まぁ、全身黒尽くめとメイド服の組み合わせで、二度見しないという方が無理なわけでもあるが。
「ふん。所長に見られていようと関係ないわ。妾たちは、妾たちの方法で依頼をこなすだけよ!」
「ふふふ、流石カロナ様です。お仕置きは怖くないんですね」
「そ、それはちょっとこわ……くないわ! 妾は妾の道を行く! さぁ、ランカ! 付いてきなさい!」
「はい、カロナ様。……ですが、家までの道は覚えましたか?」
「…………さぁ、ランカ! 道を先導しなさい!」
「くすくす。……分かりました。さぁ、手を繋いで行きましょう」
「分かったわ!」
魔灯に照らされ、夜の道を行く二人。その傍らにペンギン人形を携えて、二人の夜は始まる。
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