閑話2ー千里眼の殲滅者と看板娘な採取者


 ・千里眼の殲滅者



 港町サザロア。イブリア王国の玄関口とも言われる活気溢れる街だ。貿易と漁が盛んに行われており、世界のあらゆるもの、特に食材の種類に関しては他の港町の群を抜いていると言われている。


 そんな街の漁船の上に、殲滅者のシャガリア・ニズ・テンメイは立っていた。紺色の、民族風の服と黒い長髪を風に靡かせ、フサフサの尻尾をくねらせる。三角の耳をしきりに跳ねさせるその立ち姿は、長身も相まってかかなり絵になっている。


『千里眼』の異能を使った変態性を知らなければ、シャガリアはそこそこモテる。実際、あまり訪れてないサザロアの街では何度か女性に声をかけられてもいる。両の目に赤い布を巻いている風貌ではあるが、堂々とした、それでいて優雅な立ち振る舞いをしていれば、多少おかしなところがあっても目は瞑れるものだ。


 しかし、ここにシャガリアの振る舞いを見る者などいない。海に漂う船の上。辺りは当然、青く輝く海に囲まれており、


「おーい、傭兵さんや! この辺りでいいかねー!」


「もちろんだ。船長は中にいろ」


 船に乗っているのも船員だけ。それも男しかいないのだ。


 この世界の船は単純だ。魔石を動力源とし風を起こし、操舵室で舵をとる。しかし海上にも魔獣が出るため、船を出すには必ず傭兵を数名、或いは常駐している騎士を連れてこなくてはならない。これを怠ると、船に乗っていた者は全員、懲罰を受けなくてはならないのだ。


 今回、護衛として働くのはシャガリア一人のみ。上級クラスを持つものは、ただのクラス持ちの数十人分の能力を持つ、といわれている。殲滅者の上級クラス特権、というものだろう。


「傭兵さん! 本当に一人で大丈夫かいな! ここいらの魔獣は、結構手強いぞ!」


「大丈夫だ。海戦はそこそこ慣れている。それより、船長は身の心配をしろ」


「ハハハッ! 陸より海の上にいた時間の方が長いんだ! 心配しなくても大丈夫だ!」


「そうか。それなら安心だ」


 シャガリアは三角の耳を一度だけ跳ねさせ、頷く。それと同時に、穏やかに揺れていた波が少しずつ荒れ出した。


「仕事だ」


 シャガリアの異能、『千里眼』は、女性の下着を覗き見るためだけのものではない。本来の役割は索敵。夜であろうと、どれだけ距離が離れていようと、どれ程高度に隠密をしようと、それを暴くのが『千里眼』の力だ。


 例え海の中であろうと、『千里眼』の力は変わらない。赤い布の下にあるシャガリアの眼には、海中に潜む魔獣の姿がはっきりと映っていた。


「船長。魔獣の死体はどうするんだ?」


「あ? できれば売って金にしたいが……まぁ、無理はしないでくれ!」


「了解だ」


 海中に生息する魔獣は、かなり高値で取引される。多少状態が悪くとも、取引値は変動しない。それだけ、希少価値が高いということだ。


 当然だろう。海上戦は陸上戦よりも不利な要素が多すぎる。狩れたとしても、船で移動する以上、持ち帰るまでが大変だ。魔獣目的で船を出すならまだしも、大半は漁の護衛が主な目的だ。獲った魚と一緒に魔獣を持ち帰るのは、危険も伴う。故に、絶対数が少なくなる。


 シャガリアとしては死体を持って帰ろうが帰らまいが、どっちでも構わない。殲滅者に与えられる依頼の報酬を考えれば、魔獣の死体から得られる金は端た金にも等しい。


 気が向けばやろう。そう思った時、シャガリアの『千里眼』は動きを捉えた。


「船長。船を停めろ」


「……来たか?」


「あぁ。来たぞ」


「……任せたぜ? この船にゃ、十五人の命が乗ってるんだ」


「任された」


 船長は船の中へと消える。彼らの本分は漁だ。ガタイが良く、筋肉も服の上から分かる程にはあるが、戦いのための身体ではない。


「ここからは、私の仕事だ」


 呟く。その刹那、前方の海中から波飛沫を豪快に立てて、数体の魔獣が飛び出してきた。


「メークズワイバーンか」


 メークズワイバーン。知能は低いが、危険度は高よりの中。体長は人の二人分。長い首から鋭く伸びた嘴と、細長く伸びた翼手から垂れる紺色の翼膜が特徴的な魔獣だ。


 足はない。濁った青色を持つ流線形の身体は泳ぐために特化しているのだろう。彼らは凄まじい速度で海中を移動し、尖った嘴を突き刺して獲物を狩る習性を持つ。そのため、攻撃が直線的になるが、メークズワイバーンは群れで行動する魔獣だ。攻撃する時も一斉に。いわば、数打てば当たる戦法を取る。


 普段は海中の獲物を狩る彼らだが、生き物だと分かれば海上の鳥も狩る。船だって、彼らからすれば大きめの獲物と変わらない。


 海中から飛び出し、斜めに一直線に飛んでくるメークズワイバーン。狙いはシャガリアではない。船そのものが、標的だ。


 並みの魔法士なら対応が遅れただろう。メークズワイバーンの突撃速度を捉えるのは、クラス無しの傭兵でも難しい。


「……売る価値があるものなのか?」


 ……最も、殲滅者のシャガリアからすれば欠伸の出る速度だ。


 彼は風の魔法を使い、メークズワイバーンの突撃速度を極端に落とす。そしてその場で静止したような状態の彼らに向け、氷の刃が突き刺さった。


 長い首に寸分の狂いもなく刺さった氷の刃は、鮮血に色を染める。断末魔をあげる暇もなく、だらりと弛緩したメークズワイバーンの身体を、シャガリアは風の魔法で船上まで運んだ。


「……終わり……じゃない。あと二つだ」


 遅れてやって来たのか、船の左右から一体ずつ、メークズワイバーンが飛び出す。ただそれも、シャガリアにはーー視えている。


「……この辺りにいるのはこれで最後だ。報告するか」


 先に突撃してきた彼らと同じ処理をしたシャガリアは、メークズワイバーンの死体が転がる山に更に二つ追加し、船室に向かった。


 ーー殲滅者のシャガリア。自在魔法の使い手であり、『千里眼』の持ち主。彼は《アファリア》の傭兵を名乗るに相応しい実力を持っている。



「……あぁ、早く仕事を終えて水場の女性が見たい。水着姿の女性……素晴らしい」



 ……その変態性を除けば、だが。



 ☆



 看板娘な採取者



《アファリア》に所属し、副業で《さざめき亭》の店員もこなすタオの本業は、傭兵業である。


 歳は二十五歳。独身だが、クリクリとした茶色の瞳と愛嬌のある笑顔は人気で、《さざめき亭》では看板娘とも呼ばれている。事実、彼女がいるから常連になる、という客も少なくない。


 クラスは採取者。依頼された薬草、果実、鉱石。魔獣の闊歩する、一般人は立ち入れない危険な外にある自然の物を採りに行くのが仕事だ。


 この日も、彼女は依頼された物を背中の鞄に入れて帰ってきた。足取りは軽く、着ている服もいつものエプロンとは違う。


 緑色のシャツに紺色のズボン。ポケットがやたらとある茶色のジャケットを着ており、腰には黒い魔操銃が入ったホルスターを提げている。これがタオが採取者として依頼をこなす時の服装だ。身のこなしを優先しているため、防御力はないに等しい。


 タオだけではない。採取者は一様に軽装だ。採取者は物によっては重量のある物を依頼される事があるため、自然と軽装になるのだ。最も、採取者が一人で依頼に向かう事はあまりないが。


「こんにちはー」


 タオは朗らかな声を上げて《アファリア》本部の扉を開けた。《アファリア》の一階部は大きな広間となっており、奥に受け付けのカウンター、二階へ上がる階段がある。目立ったものはそれくらいで、酷く殺風景である。


 だが、タオには見慣れた光景だ。軽い足取りでカウンターまで向かうと、傭兵専用口に背負っていた鞄を置いた。


「すみませーん。依頼達成の報告に来ましたー」


「はい。お待たせしましたタオさん」


 カウンターの奥にある扉から出て来たのは若い女性。平均的な身長のタオより小柄だが、焦げ茶の長い髪がよく似合う大人びた雰囲気を纏っている。


「相変わらず出てくるのが早いねー、チャコちゃん。暇だったのかなー?」


「いえ。奥で書類の整理をしていました。《アファリア》の本部にいて暇な時間はありませんよ」


 にっこりと笑う、チャコと呼ばれた職員の女性。紺のカーディガンに施されたリアルな猫の刺繍がキラリと光った、気がした。


「お、おおう。そうだったね、ごめんごめんだよ」


「いえ、お気になさらず。それより、カードを出してください」


「あ、そうだったー」


 タオは胸のポケットから一枚のカードを取り出し、チャコに渡す。


「……ふむふむ、確かにタオさんですね。間違いないようです」


「いやー、わたしの偽物がいるわけないじゃんよー」


「分かりませんよ? 秘境には生態が知られていない魔獣が数多く存在しているといいます。もしかしたら、タオさんに化ける魔獣がいるかもしれないではありませんか」


「まさかー。そんなのがいたら一大事だよー」


「確かに一大事ですね。ですが、気が付かなかったら問題ないような気もしますが」


「それはそうだけど、いたらいたらで誰か気がつく……」


「だって私がそうですから。今までも問題はありませんでしたし」


「…………へ?」


「…………」


「……え、いやいやー、嘘でしょ?」


「…………ふふふ」


「笑わないで! え、ほんとーに?」


「嘘です」


 ヘコー、とタオは床に崩れ落ちる。チャコは手を口に当てて、くすくすと笑った。


「そんな訳ないじゃないですか。ここは《アファリア》本部ですよ? そんな魔獣、いたら傭兵さんの誰かが殺してますよ。」


「だ、だよねー。ほんとに、チャコちゃんの冗談は心臓に悪いよー」


「ふふ。申し訳ありません。タオさんのリアクションはお金を取れるくらい面白いので」


「お金って、そんなに?」


「いえ、言い過ぎました。貰えてリンカウの糞くらいですね」


「リンカウの糞って、ほとんどゴミじゃん!」


「それも冗談ですよ」


 カウンターに両手をつき、ため息と共に脱力するタオ。タオも、チャコとはそこそこ長い付き合いだ。彼女が下手な冗談が好きな事も、よく知っている。


 が、知っていても引っかかってしまう。だからチャコも、タオ相手には何度も冗談をかますのだろうが。


「さて、お話はここまでです。依頼の品を確認しましょう」


「あ、はい。鞄の中に入ってるよー。……あの、わたしのリアクションがリンカウの糞並みって、ほんとーに?冗談だよね?」


「はい。いいえ。……あぁ、やっぱりどっちでしょう。ご自分で考えてください」


「えー! チャコちゃんが決めないと意味ないよー!」


 静かな広間にタオの叫びが響き渡る。最早恒例になっている二人のやり取りは、周りの傭兵達に見守られながら今日も続いていた。

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