「 蓮華の花守 - 葵目の夢 」(二十二)


――― 亥の中刻( 二十二時頃 )


「 …あんた、其処そこで何やってんの? 」

小雨の中、白夜ハクヤいえの前で見張り番の様に自主的にたたず光昭こうしょう角燈ランタンの灯りで見つけると蒼狼せいろうは睨み付けた。

「 お前こそ、こんな夜更けに何をしている…? 」光昭も負けじと蒼狼を睨み返す。


「 怪しい奴がウロついていないか見回ってるに決まってんだろ? ――― あんた、白夜さんの知り合い? 」


「 白夜ぁ~!? 聞くだけでもおぞましい……!! 」


「 じゃあ、何で白夜さん家に居るんだよ!? 」


「 ある方をお守りしたいからだ……! 」


日葵ひまりさん? 」


桔梗ききょうさんに決まってるだろ!! 」声を荒げた光昭は、ふと、春光しゅんこうの恐怖を思い出し ――― 蒼狼が日葵の関係者である可能性を懸念し、慌てて「 別に、奥さんに魅力が無いとは言っていない!! 」と付け足した。


「 近所迷惑ですよ!? 」事態を把握した蒼狼は、大声を上げる光昭に溜息を吐くと「 あんたが噂の光昭…さん…か。 」と彼を威嚇する事を止めにした。


「 !? ――― 貴様、何故 俺の名を……? 」


「 ……実は、桔梗さんの弟です ――― って言ったら、どうします? 」


「 ななななな…何だって!? 」


「 あんた、何時いつまで居るつもり? 明日の仕事は大丈夫なんですか? 」

「 それより、桔梗さんか!? 桔梗さんから俺の事を聞いたのか!? 」

「 だからっ!声大きいって!! 」







「 すみません…こんな遅い時間に…… 」睡蓮スイレン葵目アオメが見守る中、医院で指の傷の手当てをして貰っている珠鱗しゅりんは申し訳無さそうに呟いた。

「 いえいえ、今日は珍しく夜間も忙しいので夜勤し甲斐がありますよ。 」包帯を巻き終えた医官はにっこりと微笑むと傷薬を処方しに向かう。


珠鱗しゅりんさん…呼んでくだされば、女王様の湯浴みのお手伝いは私が交代しましたのに…! 」

睡蓮は、夕刻に見た時よりも痛々しくなっている珠鱗の指を見て蒼白の表情を浮かべた。

葵目も口には出さないが、女王の女官長に就いているような者が 見合いの最中に どのような経緯で指と頬を負傷する事になったのか少々気になっていた。


「 ありがとう…睡蓮スイレンさん、お気になさらないで…! 」珠鱗は睡蓮にも女王の癇癪の事を伝えておきたかったのだが、内容が内容の為に不敬罪に受け取られ兼ねない可能性に頭を悩ませた。

女王が自分に対して一物持っているのは明らかであり ――― 珠鱗は包帯が巻かれた自身の指を見つめながら国の王を怒らせてしまったという恐怖に震える。

女官長としての自信が揺らいでいる現在の彼女は、自身の言葉選びに戸惑いが生じていた。


「 ……ところで、睡蓮さんは どうしてこちらにいらっしゃるの? ――― もしかして、お部屋に戻りたく無いの…? 」葵目が近くに居る為、珠鱗が言葉を濁して睡蓮に訊ねると、珠鱗の心配を余所に睡蓮は何時いつも通りにこやかに答えた。


「 あの… 白夜さんが見回りに行かれていて…――― こちらで待たせて頂いているんです。 」


「 ? ――― お部屋の鍵は白夜さんがお持ちなのかしら? 」


「 いいえ…!私が… 」


「 ??? ――― 明日も早いのに……先に戻らないの? 」


「 色々と事情がございまして…――― 」


「 そんな風に言われてしまうと、追及し辛いですわね…! 」


「 え? ごめんなさい…! 」


白夜と部屋が一緒である事に嫌がった様子は無い睡蓮を見て、珠鱗は彼女と白夜を信じ続ける事にして席を立った。

丁度、傷薬を持った医官が戻って来る。


「 私、もう戻らなくては…! ――― 睡蓮さんも、なるべく早くお休みになられてね。 」


「 ?――― はい…!ありがとうございます。 」


「 そうそう……睡蓮さん、女王様のお好きな色は白色だったみたいですわ。 」


唐突な珠鱗の言葉に、一瞬 睡蓮は戸惑ったが れ以上に彼女の口にした言葉に違和感を覚えた。


「 ? ――― 黒ではなくて…ですか…? 」


「 ええ、私達と同じで白がお好きだそうよ。 」


「 そうだったのですか…… 」

女王の呼称に続き、好きな色まで自分の思い違いだったと知った睡蓮は、再び 女王に対して失礼な事をしてしまったのでは無いかと悲し気な瞳で俯いた。


「 でも、それも明日には変わるかもしれませんわね…。 」


「 えっ…? 」憂いを帯びた表情で呟やかれた珠鱗の言葉の意味が解からずに、睡蓮は顔を上げて彼女を見つめた。

「 とにかく、陛下の前で黒色についてのお話は控えたほうが良いと思いますわ。明日は、その事を忘れないでいてくださいね? 」


「 わかりました……。 」


腑に落ちない表情の睡蓮にれ迄と同じ様に微笑んだ珠鱗は、睡蓮に背を向けると恐怖心を振るい落とし ――― 気を引締める様に勇ましい瞳の色を浮かべて医院から去って行った。






――― 子の上刻( 二十三時頃 )


雨も止み、深い闇の中で波の音だけが木霊する宮中を角燈ランタン桔梗ききょうへの手紙を片手に白夜ハクヤは歩いていた。

見回りの務めを終えた彼は、れから紅炎コウエンと共に自身の邸に手紙を置きに戻るつもりで馬舎へと歩みを進めている。

暫く歩いていると、手にした角燈の薄灯りが向かい側から歩いて来る二つの人影を捉えた ――― 。


段々と近づいて来る影に見回りの者だろうと白夜は特に気に留めなかったが、すれ違いになる瞬間、白夜も 歩いて来た二名も思わず足を止めた。


「 その大鎌……翡翠ヒスイ藍晶らんしょうだよね? 」白夜の声に 翡翠と藍晶は 揃って驚きの顔を浮かべる。

「 白夜か!? ――― 灯りが見えたからおかしいと思ったら……君、こんな時間にこんな所で何をしてるんだ!? 」驚いた声色の翡翠が口を開くと、彼の隣を歩いていた藍晶も眉を顰めながら「 君が見回る場所って、ここでしたっけ…? 」と他に誰か居ないか辺りを隅々まで眺めた。


「 それより、見回る時も二人一緒なの…? ――― 灯り位 持てば良いのに…向こうは真っ暗だぞ? 」


「 この辺は 歩き慣れてるから心配は要らないのさ! 」何も考えず何時いつも通り得意気に返答した翡翠の言葉を遮る様に藍晶は別の話題を切り出す「 睡蓮は? ――― 部屋に独りなの? 」


「 ……さぁ? 友達と一緒なんじゃないかな? ――― 彼女が気になる? 」穏やかな口調だったが、藍晶による睡蓮の話題に白夜の瞳は笑ってはいない。

「 まぁ、ある意味 気になるかな? ――― いつもは過保護でしょう? こんな遅くに よく部屋に置いて来られましたね。意外だな…。 」同じく、穏やかな口調と笑っていない瞳で藍晶は答えた。

其々それぞれ、夜の闇でお互いの表情は良く見えていないがなごやかでは無い空気である事は感じ取っていた。


「 友達と一緒って……流石に もう部屋に帰って寝てるだろう? ――― 何となく、彼女は早寝しそうだし。 」と翡翠が軽い調子で笑みを浮かべると「 さぁ、もう行こう! 」藍晶は翡翠を置いて歩き始め、白夜に背を向けたまま「 お疲れ様。 」と告げて闇の中へと消えて行った。

「 じゃあな、白夜! ――― 僕達 まだまだ仕事が山積みなんでね! 」白夜に片目を閉じながら微笑むと、翡翠も「 ちょっ…!待てって! 」と 足早に進む藍晶に苛立ちながら彼の後を追って闇の中へと姿を消した。


白夜は、まだ近くを歩いている二人の気配の方角を見つめながら暫く立ち尽くした。

闇深い時刻に、睡蓮と自分が別行動をしている事を晦冥カイメイの配下の翡翠と藍晶に知られたのは想定外の事であり、白夜は桔梗に渡したかった手紙を胸に忍ばせると進行方向を変えて歩き始めた ――― 。



「 ―――…行った行った! 」


「 まったく…睡蓮に集中させる為に同じ部屋にしているのに、何をしてるんだ?あの人は…! 」

白夜の角燈の光が完全に消え去ったのを確認すると、翡翠と藍晶も進行方向を変えて進み始めた。


「 やれやれ…今日の睡蓮は蒼狼と一緒って事か? ――― あの白夜が よく二人きりにしたな。 」


「 いいや、彼女は医院に居るらしいよ? ――― さっき、報告があっただろ? 」


「 イイン? ――― 行った事無いな…どこにある何の場所だ?それ 」


自分以外の事に関心の無さ過ぎる翡翠の言葉に呆れた瞳で溜息を吐くと、藍晶は松明も蝋燭も設置されていない暗闇の中を迷う事無く突き進んだ。

闇よりも深い二人の青年の黒い影はまるで死神の様だ。

彼等は 暫く歩き進み ――― ハチス先王の時代から使われていない側室の女性の為に造られた宮殿の中へと入って行くと、奥深くに位置する ある一室の前で足を止めた ――― 。


藍晶が鍵を開けて、少々 錆付いて重たい音を響かせる扉を開くと、鍵と扉の開閉音に驚いて藍玉らんぎょくと名付けられた少年は寝台の中で目を覚ました。

藍玉以外の少年達も目覚めており、皆が同じ様に息を殺して 其々それぞれの寝台の中にうずくまっている。


「 さてと… 」と、声に出して 獲物を捕食しに行く蛇の様な瞳に変わった翡翠が部屋の中を歩き進み ――― 晦冥に指示された通りの部屋の扉を開ける。


榴石ザクロ ――― 今日は君だよ?良かったな! 」

翡翠は、榴石と名付けられた少年の頭上に自身の武器である大鎌を片手で掲げた状態で、鋭い刃に脅える彼を もう片方の腕で寝台から引っ張り出した。


「 やあ、榴石 ――― 久し振りだね? 」出入り口迄連れられて来た榴石に微笑みかけた藍晶は、彼と翡翠を外へ出すと、再び 扉に厳重な鍵を掛けて翡翠と共に榴石を晦冥の部屋に届けに向かう。

三名の足音が波の音の中に消えて行くのを、藍玉と名付けられた少年は寝台に横たわったまま静かに聞き、心の中で榴石に永遠の別れの言葉を告げた ――― 。





「 ホント、つい先程まで起きて待ってらしたんですよ? 」

思い直して医院に向かった白夜ハクヤは、葵目アオメに医院の仮眠室の寝台で眠る睡蓮スイレンの所へと案内されると、彼女の " 兄 " を通り越して父親の様に「 すみません…!もしかして、葵目さんに任せっきりでしたか…? てっきり医院長も一緒なのかと思ってました。 」と謝った。


「 いえいえ!おかげ様で普段は退屈な夜勤も楽しく過ごせましたよ! ――― 先生は…今日はちょっと張り切り過ぎたようですね? 亥の初刻くらいから倒れ込んじゃったようでして…… 」


「 ? ――― 確かに、今日の医院は忙しそうでしたけど……医院長は基本、花蓮様以外の患者は診ないんじゃ…――― ? 」


「 その辺は…――― 話すと長くなりますので…… 」葵目が遠くを見つめる様に口籠ったので、白夜は 何となく王子絡みだと察して深くは追究しなかった。

実際は王子絡みでもあり、睡蓮への尋問でもあり、塩の撒き過ぎでもある。


「 それより聞いてます? ――― 睡蓮さん、ロータスの言葉が解かるみたいですよ? 」


「 え…!?どういう事です? 」


「 聴き取りが出来るみたいですよ? ――― さっき、医院で休んでいる方々とお話されて……本当に解かってたみたい? 」


「 そうなんですか……明日、本人に詳しく訊いてみます。 」


白夜は不思議そうに睡蓮の寝顔を見つめると、そのまま どうやって彼女を部屋まで運ぶか考え始めた。

抱えるのは簡単だが、抱え方に悩み ――― 取り敢えず、いざという時に剣を抜く事が出来ない おんぶは無いなと彼は確信している。


「 あ… 睡蓮さんなら このまま ここで休んで頂いても構いませんよ? 私、起きてますから 」

一応、そう切り出したものの 白夜が「 いや… 連れて帰ります。 」と即答したので 葵目は 乙男らしく心の中でときめきの拳を挙げて歓喜の悲鳴を上げた。


白夜と葵目は、二人で睡蓮の抱え方を あーでもないこーでもないと短く議論すると、葵目たっての希望で横抱きに決定する。


「 あー! あの介助時に よくやる抱き方ですね? 得意ですよ!診療所手伝ってたから…――― でも、どうだろう? 睡蓮は軽いけど、横抱きは長距離の運搬にはちょっと… 」


「 ちょっと!運搬とか介護とか言わないでくださいよっ!!お姫様抱っこって言うんです!! 」葵目はかつてない程に力説した。


「 俺としては やっぱり、肩の上に担ぎ上げたほうが楽じゃないかと…… 」


「 嫌ですっ!!そんな捕獲されたみたいな状態で運ばれるのはっ!!全女性を敵に回す気ですかっ!? 」

普段は無口な葵目が珍しく大声を上げたので、夜勤の医官達が一斉に仮眠室のほうへ顔を向けて何事かと様子を見守った。


結局、白夜は 葵目の目が届く間は 彼の夢を壊さない様に睡蓮を横抱きの状態で部屋へと帰り進み ――― 途中、仮眠室から出た瞬間に医官の女性一同による拍手喝采の事態に困惑しながら葵目と彼女達に見送られ、曲がり角を曲がって葵目達が見えなくなると、ぐに 睡蓮の腋の下から自分の首を差し入れ ――― 自身の肩の上に睡蓮を担ぎ上げた。

投げ技の『 肩車 』の様な状態である。


( うん… やっぱ、こっちが楽だ♪ ――― 剣も抜けるし。 )


横抱きから体勢を変える際に、睡蓮を真正面から自身の両腕で抱きしめる状態になってしまった瞬間の温もりと心地良さが忘れられずに居るが、同時に桔梗への罪悪感も疼き始めて反省しながら白夜は部屋に戻って行った。






「 あ…女王様! ――― 今日もお散歩? 」


女王の私室前の夜間の見張りを務めている桃簾トウレンは部屋から出て来た寝間着姿に黒の毛皮を羽織り、幾つもの鍵を束ねた金属製の輪を握っている花蓮カレン女王に無邪気な笑顔で訊ねた。

女王が無言で頷くと、桃簾は「 いってらっしゃ~い! ここは任せてくださ~い!! 」と彼よりも大きな金属製のづちも一緒に 両手を力一杯振り、黒曜コクヨウは 出発する女王に 深々と頭を下げる。


二人が見送る中、花蓮は鍵同士が擦り合う音を響かせながら薄暗い通路の闇へと吸い込まれる様に姿を消して行った ――― 。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る