「 蓮華の花守 - 花蓮と珠鱗 」(二十一)
――― 戌の下刻( 二十時過ぎ )
落ち着きを取り戻した
睡蓮に触れた事は、彼の中では愛らしい小動物を手懐けた感覚に近く ――― 医院に向かう足取りは軽やかな物となっている。
一方、彼に触れられた睡蓮は 波の様に押し寄せる恥ずかしさから、俯いたまま白夜の少し後ろを重ための足取りで歩いている。
何度も逃げ出したい衝動に駆られては思い止まり ――― 夜の闇が広がっていなければ、そして、雨が降って無ければ、睡蓮は
二人が医院に辿り着くと、普段の
中に入ると、ロータス国の人間と思われる者達を甲斐甲斐しく世話している
「 あっ!忘れ……良かった~! さっき、食堂に行ったら居なかったから 心配してたのよ~! 」
「 今、" 忘れてた " って言おうとしました? 」
「 やぁねぇ!
笑顔の
「 じゃあ…――― 後でね 睡蓮。 」
「 はい! お気をつけて…! 」
照れと緊張から深々と頭を下げた睡蓮を、同じく 気恥ずかしそうな白夜が
「 ……あなた達、また何かあった!? 」
「 いいえ!な…何も!! 」
「 声がひっくり返ってるわよ?
睡蓮の瞳の腫れと赤い鼻と頬に気が付き、目を付けた姫鷹は「 はぁ~!今日は忙しいわね~!! 」と嬉しそうにぼやくと、 ロータスの人々と睡蓮を医官に任せてお茶とお茶請けの準備に向かった。
( 独りきりでは無いけど、独りになってしまったような…… )
睡蓮は、なるべく現実を追及しない様に努め ――― 取り敢えず 待合室の椅子に座って医官達の仕事を眺める事にした。
( 姫鷹先生にはお話しておいたほうが良いかしら…? )
「 あれ? ――― 急病か何か? 」
背後で声がしたので睡蓮が振り返ると、三十から四十代程と思われる 手入れが行き届いた長髪を束ね、リエン国の人間にしては珍しく日焼けした肌を持ち、
「 いいえ…!違います 」
「 あれれ~? 君 若いねぇ? ダメだよぉ、こんな時間にウロウロしちゃあ……
「 あの…医院長を待っています! 」
「 医院長? ――― って、姫鷹先生? 」
「 ――― 睡蓮さん……? 」
「 葵目さん! ――― こんばんは。 」
「 こんばんは。 」葵目は、睡蓮に行き違いになった事や心配していた事を話したかったが、他に人が居るので挨拶だけに
「 ん?睡蓮!? ――― て言うと、例の記憶喪失の? 」
男性医師の言葉に葵目は頷くと「 睡蓮さん、こちらは
「 君に興味あるんだ! 」真鯉は葵目の言葉を待たずして、声高らかに爽やかさを気取った笑顔で告げた。
「 俺、睡眠療法とか催眠療法とか そういうのに興味あってさぁ! ずっと良い患者さんを探してたんだよねぇ~♪ ――― どう?今度 受けてみないかな睡蓮ちゃん? 」
「 えっと…… 」睡眠療法と催眠療法の利点を語りながら、どんどん距離を詰めて来る真鯉に対して どの様に接したら良いのか判らずに睡蓮は困惑の表情を浮かべた。
「 真鯉っ!! 」
「 やべっ!姫ちゃん先生だ!! ――― またね☆ 睡蓮ちゃん!葵目くん! 」
自分の名を叫ぶ ドスの効いた姫鷹の声を聞くなり、真鯉は睡蓮に片目を閉じた微笑みを見せて、気取った雰囲気の わざとらしい大きな笑い声を上げながら ひらりと風の様に退散して行った。
「 ったく、油断も隙もあったもんじゃないわね!あのエロ医者! ――― 睡蓮ちゃん、あいつの事は絶対に信用しちゃ駄目よっ?! 」姫鷹は自分の事を棚に上げて睡蓮に忠告する。
「 そうですねぇ…真鯉先生は悪い方では無いですし、優秀な先生で 患者さんに一線を越えられるような事はされないんだけど ――― あらゆる年代の女性がお好きで…ちょっと困った性癖って言うか…――― あっ!!ごめんなさい!こんな内容、睡蓮さんに話す話題じゃないわね…! 」
葵目は睡蓮に謝罪したが、心配しなくとも 少し前から睡蓮には姫鷹と葵目の言葉の意味が理解出来てはいなかった。
「 とにかく、あいつは宮中の医院に居て良いような医者じゃ無いのよ……! 」再び、姫鷹は自分の事を棚に上げて真鯉の居た場所に 消毒用の酒を噴き掛けて 清めの塩を撒き始めた。
その姫鷹の姿に、
時を同じくして ――― ライル王子との食事を終えて私室に戻って来た
「 すぐに白い装束を用意して!私は白色が好きなの!黒なんて着させないでっ!! 」
「 え…!? 急にどうしちゃったんですか? 」戸惑う
長時間 女王に付き添い、年長者でもある
「 ……ライル王子が帰るまでには着てる所を見せたいんだけど? 」
「 かしこまりました!
「 でも…仕立て師さん達は もう帰ってるんじゃ。。。。 」
「 呼び戻せば良いじゃない? ――― あなたが黒い装束ばかり作らせるから、こんな事になるのよ? 」戸惑う蝶美に女王は氷の様に冷たく言い放った。
「 えっ!?アタシのせい? でも、アタシは ただ 女王さまの希望どおりに…―――! 」
「 良いから行きなさい…!
「 は…はい…! 」
紅魚は再び蝶美の言葉を遮ると、年若い二人の女官の身体を押し出す様に女王の部屋から送り出した。
「 申し訳ございません、陛下 ――― 蝶美には私のほうから態度を改めるように言っておきますので…… 」
「 うん…お願いね。 」
紅魚に返答した女王の声は
――― 女王は結婚を嫌がってはいたが、ライル王子の事は気に入っている。
――― そのライル王子から貰った青睡蓮は気に入らなかった様子だが、花瓶を投げつける程の嫌悪の理由は解らない。
――― 黒色を好んでいた筈なのに白色を好きだと言い出した理由も見えないし、今はまだ聞き出せる様な雰囲気では無い。
二名の女官達は、女王の身に何が起こったのか ――― 自分達に何が起こっているのか情報を整理出来ずに重苦しさを感じ始めていた。
「 それでは、陛下……湯殿に参りましょうか? 」
「 ……。」女王は此れ迄と同じ様に無言で湯浴みに向かい始めると、傷の手当てがしてある
「 ねぇ、身体は珠鱗が洗ってくれる…? 」女王は珠鱗の衣の袖を掴むと花の様に微笑んだ。
石鹸水や湯が傷に沁み入る事は容易に想像出来るが、珠鱗に選択権は無い。
「 …… かしこまりました。 」
嫌悪感からだろうか? ――― 珍しく、珠鱗は僅かに眉を顰めた表情を見せた。
彼女の返答を耳にした花蓮は、自分が受け入れられた悦びの瞳で 安心して自ら黒い衣を脱ぎ急ぐと、白い湯気で身を包み込んだ。
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