「 蓮華の花守 - 白夜の掌 」(二十)



――― 戌の上刻( 十九時頃 )



「 ――― なんか、皆さんお疲れですね? 」


食堂にて、円卓を共にしている白夜ハクヤ睡蓮スイレン蝶美チョウビの食が進んでいない事に気が付いた蒼狼せいろうは会話を切り出した。


「 いや、そんな事は…… 」「 ん?そうかなぁ? 」

白夜と蝶美が同時に返答する中、上の空だった睡蓮は ハッとしたような表情で蒼狼のほうに顔を向ける。


「 そういえば… 」 ――― " 珠鱗しゅりんさんも疲れていたみたいだった " と言おうとして、蒼狼は自身の言葉を呑み込んだ。

何となく、話題にしてはいけないような躊躇いが生じたのだ。


「 今日から、この後も仕事あるんですよ? 元気出して行きましょうよ!? 」


「 だよね!」蝶美は蒼狼の言葉に大きく頷くと「 アタシ、この後と明日の準備しなくちゃ! ――― もう行くね! また明日ね 睡蓮! 」と席を立ち上がる。


「 はい…!あの、でも…本当に私は何もお手伝いしなくて宜しいのでしょうか? 」


何時いつも通りに、弾んだ足取りで駆けて行った蝶美に睡蓮の細い声は届かなかった様で、二人の様子を見ていた白夜が代わりに答えた。

「 君は夜間に働くには、まだ若過ぎるから良いんだよ。非常時以外は。 」


「 はい…! 」



「 医院長達いらっしゃらないみたいですね? ――― 俺達が見回りする間、睡蓮さんと一緒に居るんですよね? 」


蒼狼はキョロキョロと辺りを見渡したが、普段よりも人がまばらにも関わらず姫鷹ヒメダカ達の姿は見当たらなかった。

普段より人が少ないのは、ライル王子が宮中に居る間 ――― 特に夜間は余り外部の人間が宮中を行き来 出来ない様になっているからだ。


「 …お昼もいらっしゃいませんでしたよね? 」睡蓮は不安の表情を浮かべ、晦冥カイメイの姿と声を思い出し始めた。

彼への違和感、恐怖感、懐かしさ・・・様々な想いが渦巻いている。

次第に、睡蓮の視線と顔が 再び下に向いて行くのに気付いた白夜は「 …取り敢えず、一旦 部屋に戻ろうか? 」と取り敢えずの言葉を睡蓮に口にした。


「 は…はい、そうですね…。 」


「 じゃあ、俺は 持ち場に行きますんで ここで…――― 」

「 いや、お前も一緒にだ。話があるって言ったろ? 」


「 ……そういえば、それ 引っ張りますねぇ。大した話なんでしょうね? 」




――― 食事を済ませた睡蓮、白夜、蒼狼は部屋に戻る途中、水で濡れまくっている廊下に目を奪われながら足を進めて行く。


「 なんで、こんなに廊下が濡れてるんだろう…? 」


「 んー… ――― 花蓮様と王子殿下じゃないですか? こちら側から歩いて来られたみたいだったし。 」


「 まるで、水たまり…みたいですね。 」 ――― 睡蓮は、自分と白夜の部屋の扉の前に染み渡る水滴を眺めて、思わずそう呟いた。

誰も気が付かなかったが、睡蓮は雨で出来た " 水たまり " を見た事があり覚えてもいるという事だ。


「 ? ――― 此処ここで 服でも絞ったとか? 」


「 廊下の掃除って誰に言えば良いの? 」


「 聞いて来ましょうか? 」


「 いや、だから お前はちょっと残ってくれって! ――― 睡蓮、先に浴室 使って良いよ? 」


白夜ハクヤが久方振りに睡蓮スイレンに微笑むと、睡蓮は眠りから覚めた様な感覚に包まれ

――― 頬を紅で染まらせて落ち着かない様子で機敏な動きを見せ始めた。


「 は…はい! では…失礼いたします。 」



「 白夜さん、まさか " 俺達で掃除しよう " とか言い出しませんよね…? よぉ~く見て下さいよ?あんな遠くまで続いてるんですよ!? これは二人じゃ無理ですよ…… 判ってますよね?」


「 判ってるに決まってるだろ!? ――― そうじゃなくて、頼みたい事があるんだけど… 」


「 ? ――― 何です? 」

普段は、余り 何かを人任せにしようとしない白夜ハクヤの " 頼み事 " に、勘の良い蒼狼は妙に嫌な予感がして僅かに眉をひそめた。


「 見回りの仕事が終わったら、俺の代わりに睡蓮を迎えに行って欲しいんだけど 」


「 な~んだ!それ位だったらお安い御用です。 」


「 ん? 」


「 あ!こっちの話です ――― 何処どこに迎えに行けば良いんです? 」


「 それは医院の人達と決めないと…… 」


「 でも、なんで自分で行かないんです? 何時いつもだったら行くなと言っても行くのに……何か別の仕事でも? 」


「 うん、ちょっと桔梗ききょう日葵ひまりの様子を見に行こうかなと思って…… 」


「 !? ――― 嫌です!! それなら手伝いません! 」


「 えっ!?どうした急に!? 」


白夜ハクヤの目的 ――― 桔梗ききょうの様子を見に行くと知った蒼狼せいろうは、頼み事を拒否すると言葉を続けた「 ……桔梗さんと日葵さんの様子を見に行くほうなら引き受けても良いですよ? 」


「 なんで!? お前は睡蓮とのほうが親しいだろ? 」


「 だから、俺が 桔梗さんの所に行くんです。 」


「 はぁ!? 」


「 白夜さん、桔梗さんが大切なのは解ります。だから、様子を見て来てあげるのは構いませんよ? だけど、貴方は睡蓮さんの傍に居なくちゃ駄目でしょ!? 」


「 なんで!? 」


「 今日みたいな事が起きた後で、よく睡蓮さんをほったらかしに出来ますよね!? さっきまでの勢いはどうしたんですか!? 」


「 さっきまでの勢い…? 」


「 戻って来ない睡蓮さんを探しに行ったじゃないですか!? 」


「 ………。」


その時と現在の心情に何の違いがあるのか 白夜は既に気が付いており、気が付かない様にしていた。

現在の彼は、桔梗と繋いだ手を放す様な真似はしたくない ――― その一心に突き動かされている。


「 " 二兎追う者は一兎をも得ず " になりますよ? ――― 銀龍殿もいずれ…… 」


「 だから!俺は桔梗を…――― 」


「 それ、本気で言ってます? 俺にはどう見ても…――― 」蒼狼は真剣な眼差しで白夜を見つめた。


若干、焦りを感じたものの白夜も直ぐに自身の心を落ち着かせ、蒼狼を見つめ返す ――― はたから見れば両者共 いつ剣を抜いてもおかしくは無い ――― 張り詰めた空気が漂っていた。


「 兎に角、桔梗さんと日葵さんは俺に任せて下さい!――― 睡蓮さんにとって、貴方は唯一の家族みたいなものなんですから… 例え、貴方にその気持ちが無いとしても……俺は、そこんとこ忘れちゃいけないと思いますね。 」

言い終えると、白夜の返事を待たず蒼狼は来た道を戻り始め、少し離れた場所で声を上げた ――― 「 ついでに掃除の事 誰かに伝えておきますねー! 」


蒼狼の言葉に突き刺された様な感覚を覚えた白夜が溜息を吐いたのと ほぼ同時 ――― ライル王子も落胆の瞳で溜息を吐いた。

期待していた料理長は彼好みの可憐な乙女では無く、三十代後半から四十代前半と思われる男性だったからだ。


更に、副料理長までも 三・四十代と思われる ふくよかな男で 次から次へと登場する給仕係も全て男 ――― 。

目の保養と心の栄養と言える存在は、何としても結婚したくない存在である花蓮カレン女王しかおらず、彼は押し寄せる誘惑に必死に抗おうとしていた。



「 ……黒い衣がお好きなんですか? 」


「 え? 」 ――― ライルに話し掛けられた花蓮は嬉しさから笑顔で顔を上げた。


「 いや、何度かお着替えになられましたが 一日中 黒かったので…… 」


「 いいえ…! いいえ違います!! これはっ……女官達が用意しただけで……! 」


( ? ――― そんなに焦って否定する事か? やっぱ、子供ガキは よくわからんな…… )



花蓮が力強く否定したのは、自分の着る装束がライルに可笑おかしいと思われたに違いないと考えたからである。


彼の好感を得たい一心から、女王は黒ばかり着る理由を頭の中で必死になって探し始めていた。

彼女は、自分でも自分が黒い装束を好む理由が解っていない ――― の瞬間ですら、黒ばかり着ている自分自身に気が付いてはいないのだ。


誰も何も言わないからそれで良いものだと思っていた女王には、好きな色についての女官達の言葉も、ライル王子の言葉も自分を責め立て突き刺しているかの様に感じ ――― 心の中は不安の念に駆り立てられていた。


理由を探すより、怪しまれない一言を述べたほうが早いと考えた女王は、自身の脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口にする ――― 。


「 白…! ――― 私は本当は白が好きなんです!! 」


「 へぇ…そうなんですか? ――― まぁ、どちらもお似合いでしょうね。 」

( しまった……今のは 褒め言葉にならねぇか……? つい、いつもの女を褒める癖が…… )


ライルは自身の口から咄嗟とっさに出た一言に後悔し、花蓮は自分が口にした咄嗟の一言を真実にする為に頭の中で反復していた。


沈黙に包まれた室内では波と雨音だけが鳴り響き ――― 花蓮とライルは余計な事は口にしない様にと、其々それぞれ 緊張感を漂わせながら食事を続けた。





「 あの…お待たせしました。 」

湯浴みを終えた睡蓮スイレンが部屋の扉を開くと、廊下に居た白夜ハクヤは無言で彼女を見つめた。


「 ? ――― あの…何かありましたか…? 」


不穏な空気を感じ取った睡蓮が、思わず扉の取っ手を握ったまま後退ると、白夜は我に返り ――― 何時いつもの柔らかい調子で彼女に声を掛ける。


「 ん? いや、ちょっと考え事してただけ。 」


剣を携える真顔の白夜に、一瞬 緊張を覚えた睡蓮は身構えながら言葉を続けた。


「 あの……白夜さん、私 このままお部屋に居ても大丈夫ではないでしょうか? 鍵を掛けますし…白夜さんと珠鱗さん達以外の方には扉を開けませんので…… 」


「 う~ん…そうだねぇ…――― 駄目だよ!医院に行ってみよう? 」


睡蓮の言葉に、自立心を育てる為にも尊重するべきか、用心して守りを固めるべきか ――― 彼は 一瞬 考えたが まさしく一瞬だけで終わった。

「 医院長達が駄目なら、もう 俺と一緒に行こうか? ――― うん、そうしよう! 」白夜は開き直った調子で自身の言葉に頷いた。


「 え…? ですから、そこまでなさらなくても……! 今日、晦冥…さんと少しお話をしたのですけど、優しいお言葉を掛けて下さいました。 ――― 私の思い違いで……悪い方では無いのかもしれませんし…… 」


「 ごめん、睡蓮 ――― あの人は関係無い、俺が心配性なんだ。 」


( 心配性………? )

( あっ…こっち見た……! )


白夜は睡蓮が顔を上げて自分の方を見た事に心が華やぐのを感じたが、睡蓮は白夜の瞳を見つめた瞬間、懐かしさに襲われた ――― 。

白夜との会話が 遠い記憶に触れた様な気がしたのだ。


彼を見つめたまま、の記憶に意識を集中させて取り戻そうと試みたが、睡蓮の身体には 外で鳴り響く雨音と波の音が混ざった水の音が響くだけで、何かを ――― の人物が誰なのか思い出す事は無かった。


「 ? ――― 睡蓮…!? 」


「 ? 」


驚いた様子の白夜に気付くと、睡蓮は何時いつの間にか自分が涙を流している事に気が付いた。

瞳から流れ出た涙の雫が足下の水滴に吸い込まれる様に落ちて、小さな波紋を広げる ――― 。


( え…? 俺と一緒に行くのが泣く程 嫌なのか……!? )


「 !? ――― ご…ごめんなさい……今 何かを思い出そうとして…… 」


「 あ…そうなんだ!? 」


自分が涙の原因じゃなくて ほっとしたものの、降り続ける雨の様に 涙が止まる様子の無い睡蓮に白夜はただならぬ異変を感じた。


「 ……悲しい記憶だったのかな? 大丈夫? 」


白夜の言葉に睡蓮は無言で首を縦に振った。


「 悲しくは…無い……と思うのですけど…… すみません…!お気になさらないで下さい…… 」


( 気にするなと言われても………。 )


気付かぬふりをしている保護本能が、再び 白夜ハクヤを突き動かそうとするが ――― 桔梗ききょうへの想い、東雲シノノメ蒼狼せいろうの言葉が彼の脳裏に波打つ様に浮かんで来ては彼を引き留め、行動に移すのを躊躇させる。



( 誰なの…? 何故 いつも 白夜さんと一緒に居る時に思い出そうとするの…? )


もう一度、白夜の姿を見ようと顔を上げた睡蓮は、白夜がまだ自分のほうを見ている事に気付くと衝撃の瞳を浮かべ、泣き顔を見られる恥ずかしさから ぐに衣の両袖で顔を隠した。

「 すみません…!お見苦しいものをお見せしました……! 」


「 いや…そんな事は…… 」


涙を止めようと頑張る中、睡蓮は自身の頭上に何かが触れたのを感じた ――― 。

反射的に瞳の部分だけ両袖の後ろから覗かせると、それは白夜のてのひらだった。


「 !!! 」「 ごめん!驚かせるつもりは…… 」


驚く睡蓮を見た瞬間に、白夜は反射的に手を離し我に返る。

彼自身、睡蓮の頭上に手が伸びたのは無意識の行動であり想定外だった。


の直後の僅か一瞬 ――― 白夜は 睡蓮が また何処かに逃げて行く予感がし ――― れを阻止して 速やかに彼女を捕獲すべく、睡蓮の次の動きに意識を集中させて身構える。

しかし、睡蓮は真っ赤に染まった顔を 再び 衣の両袖の中にうずめるだけで精一杯だった。

流石に彼女も、夜の闇が広がる宮中を駆け抜けるのは無謀であると理解しているようだ。


( あれ?逃げない…? )


白夜は、顔を隠して 鼻をぐすぐす言わせている睡蓮を暫く見守ると、伸ばしたまま行き場を無くしていた手で 再び 彼女の髪にそっと触れた。

そのまま、ぎこちない手付きで睡蓮の頭を撫で続ける ――― 。


「 …元気出すんだよ? 」


白夜の言葉に睡蓮は無言で頷いた。


止めたい筈の涙は、なかなか止まらず ――― 睡蓮は " 誰か " に似た安心感を白夜の掌から感じ取りながら懐かしさと寂しさに泣き続けた。




――― 同じ頃、白夜ハクヤいえの中の窓辺から桔梗ききょうは雨が降り続ける景色を眺めていた。


「 今日の空は 随分、泣き虫だねぇ 」


日葵ひまりが二人分のお茶と四名分程ある茶菓子を持って食事をする台の椅子に腰かけると、桔梗は相変わらずの美しい顔で微笑んだ。


「 ふふ…そうね ――― きっと、泣きたい気分なのよ。 」


しかし、自分は泣くに泣けない ――― 初めて会った面々が 睡蓮の知り合いでもありながら自分の事を白夜の恋人だと認識していた事が不思議に思えてならず、桔梗は自分の恋が続いている実感が無かった。


白夜の事は変わらず愛しているが、彼との中途半端な状態をどうにかしなければ成らないと桔梗は考えていた。

今宵の夜空同様に、桔梗の心の中も 悲しみに濡れ、晴れ間は見えないままである ――― 。



日葵と桔梗が女子だけの会話に華を咲かせくつろいでいると、玄関の扉を叩く音が響いた。


光昭こうしょうで~す!!お二人ともお変わりありませんか~!? 」


「 無いよ~! 」


――― の返事以外、動きが感じられない様子に光昭は困惑の表情で 再び扉を叩いた。


「 この雨の中 来たんですよ!? 開けて下さいよ奥さん!! 」


「 う~ん…別に意地悪する訳じゃ無いんだけどさ、しゅんちゃん…旦那の付けた鍵が外すのも掛け直すのも面倒くさい造りでねぇ。 」


日葵は、扉に施してある難解な鍵を見て、直ぐに開ける気を失った。

こうした彼女の性質を把握しているからこその鍵を 春光しゅんこうが選び抜いて仕掛けているのである。


「 俺 しばらくは この辺に居ますんで、いいですよ? ゆっくり開けて頂いても ――― 」

「 日葵、絶対開けないでよ! 」光昭に関わりたく無い桔梗は小声で念を押した。


「 大丈夫、大丈夫! 玄関の鍵はきぃちゃんに任せるからさ! ――― 悪いね、光昭 めんどい! 諦めて帰んな。 」


「 ちょっ…マジで言ってんすか!?奥さん! 」


扉の前で光昭は肩を落とすと、諦めきれずに再び扉を叩き始めた。


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