水鏡に咲く白き花

「 蓮華の花守 - 視察 」（四）

「 ――― 睡蓮（スイレン）！？ 」

部屋から出て来た花蓮（カレン）女王 と 晦冥（カイメイ）が睡蓮（スイレン）を連れているのを目にし、見張りを務めていた白夜（ハクヤ） と 蒼狼（せいろう）は、此（こ）れ迄（まで）と同じ様に女王に頭を下げると、立塞がる様に三名の前に立った。

花蓮（カレン）女王 ――― 王の近くに仕える者達は、逐一（ちくいち） 膝まづいていたら切りが無いので略式の敬礼でも許されている。

睡蓮（スイレン）は、不安を浮かべた瞳で助けを求める様に白夜（ハクヤ）の顔を見た ――― 白夜（ハクヤ）も 彼女のその瞳に気付く。

五名は誰も言葉を発する事無く、其（そ）の場に佇んだ ――― 。

「 ――― 何方（どちら）へ？ 」と蒼狼（せいろう）が切り出すと、「 ライル王子殿下を御案内する場所を花蓮（カレン）様と視察に行くんだよ。 」と、晦冥（カイメイ）が微笑む。

花蓮（カレン）は顔は動かさず、瞳だけ上目遣いで白夜（ハクヤ）を見ると「 護衛はあなた達で良いわ… ――― それなら、睡蓮（スイレン）も緊張がほぐれるでしょ？ 」と、睡蓮のほうに顔を向け「 あなた、さっきから手が震えてる…… 」と睡蓮（スイレン）を見ながらクスッと笑って繋いでいた手を放した。

( ！？ ――― 今、女王様の表情が……気のせいかしら…？ )

晦冥（カイメイ）への恐怖心が正常な感覚を失わせているのか ――― 睡蓮（スイレン）の瞳には一瞬、目の前に立つ 自分と同じ位の背丈の花蓮（カレン）女王の姿が黒衣も相俟（あい）まって 不気味な存在として映り込んだ。

「 君達、此処（ここ）を頼むよ。 」 ――― 晦冥（カイメイ） が 白夜（ハクヤ）と蒼狼（せいろう）の背後を見ながら微笑むと、五名の許（もと）に二名の若く麗しい男の武官が何時の間にか現れており、晦冥（カイメイ）と女王に敬礼していた。

彼等は見張りを交代する為に現れたのだが、まるで、始めから自分達を護衛に付ける予定で居たかの様で白夜（ハクヤ）と蒼狼（せいろう）は眉を顰（ひそ）めた表情で顔を見合わせた。

「 これ何？――― 罠でしょうか？ 」

「 良いから行くぞ……！ ――― ほら、君もおいで！ 」

白夜（ハクヤ）は立ち尽くしていた睡蓮（スイレン）の腕を引くと、蒼狼（せいろう）共に 女王と晦冥の後を追った ――― 。

「 睡蓮（スイレン）、なんで君まで連れ出されているんだ！？ 」

「 わかりません…――― 女王陛下が……！ 」

「 えっと、じゃあ 俺が睡蓮（スイレン）さんの前に立つんで ――― 御二人は、勝手に手でも何でも繋いでて下さい！ 」

「 おい、真面目にやれ！ 」

睡蓮（スイレン）達 三名がヒソヒソと話す姿を、彼等の前を歩いている花蓮（カレン）女王が 時々振り返りながら無言で眺める ――― 。

花蓮は眺めながら、白夜が睡蓮の手首部分を握っている事に興味を持った。

先頭を花蓮（カレン）女王と晦冥（カイメイ）が並んで歩き、次に蒼狼（せいろう） ――― 彼の後ろを白夜（ハクヤ）と 睡蓮（スイレン）が並んだ様に歩く事になったのは良いが、

時々、花蓮（カレン）女王が睡蓮（スイレン）に話し掛けるので 小声の花蓮と恐怖から声が出ない睡蓮の会話は、宮中に響く水と海の音で 何度も掻き消されては同じ会話が繰り返され ――― 次第に、苛立ちつつ見兼ねた蒼狼（せいろう）が 伝達係か通訳の如（ごと）く糸の様に細い二人の声を繋ぎ始め、傍（はた）から見ていると、五名の其（そ）の様子は 或（あ）る意味 滑稽でもあった。

「 睡蓮（スイレン）と白夜（ハクヤ）は一緒に住んでるのよね……？ 」

（ ？ ――― 俺、名乗ったっけ？ ）と思いながら白夜（ハクヤ） は 睡蓮（スイレン）に代わって女王の問いに答えた。

「 そうです。 」

「 二人はいつから知り合い…？ ――― どこで出会ったの？ 」

「 ？ ――― 蒼狼（せいろう）、何て仰（おっしゃ）った？ 」

「 御二人は 何時（いつ）から知り合いで、何処で出会ったんですか？ ――― って 」

「 ……出会ったのは、蓮（ハチス）先王の葬儀式の次の日です。 ――― どうして、そんなご質問を？ 」

「 どこで出会ったの……？ 」花蓮（カレン）は 白夜（ハクヤ）が答え無かった部分を彼に背を向けたまま、もう一度 突き刺す様に 訊（たず）ねた。

華奢な背中でありながら、身体的にも年齢的にも彼女より上である筈の白夜（ハクヤ）に対して威圧感を感じさせる。

「 ――― 海ですが？ 」

「 あのー そう言えば、山兎恵（ヤマトエ）さんと南海沼（ミナミヌマ）さんはお元気でしょうか？ ――― 最近、お見掛けしないので 」

白夜（ハクヤ）と睡蓮（スイレン）への質問を遮（さえぎ）る様に蒼狼（せいろう） が 花蓮（カレン）女王 と 晦冥（カイメイ）に投げ掛けると、晦冥は、嘘か誠か何時（いつ）もと変わらない様子で「 そう言えば、私も見てないな？ ――― でも、先日 御会いした時は元気だったよ。 」と答えた。

「 現在（いま）、何されてるんですか？ ――― 花蓮（カレン）様の側近をされてる訳では無いんですよね……？ 」

「 そうだね、蓮（ハチス）先王が亡くなられたのに合わせて退かれたが、王宮の移住区にはいらっしゃると思うよ？ ――― それより蒼狼（せいろう）、ちゃんと周辺に危ない場所が無いか確認してくれたまえ。其（そ）の為に、君と白夜（ハクヤ）を同行させたのだから 」

「 は～い……！ 」 ――― " かわされたか…… " と、蒼狼（せいろう）は此（こ）の場は引く事にした。

（ やっぱり、知り合いが揃う日は碌（ろく）な事が無いようだ……――― ）

白夜（ハクヤ）は隣を歩く睡蓮（スイレン）の姿を見たが、笑顔どころか顔色は最悪の状態になっている。

そして、目と鼻の先には 此（こ）れ迄（まで）と同じ様に華やかな装いの晦冥（カイメイ）の姿が・・・・

（ まだ一日目でこれか……先が思いやられる…――― ）