6・平行線
あの飲み過ぎた夜からいくつかの季節が過ぎた。
あれ以降、佐々木とは仕事終わりの食事を誘ったり、誘われたりするようになっていた。休日に出かけることもあった。
初めて佐々木から誘いのメールが来た時
――「野上くんお疲れ様です。この前のお店のご飯美味しかったです。テレビでみた流行りの雑貨のお店に行ってみたいと思ったのですが、一人で行く勇気がなく、もし嫌じゃなければ一緒に行ってもらえませんか?」――
と、今までにない積極的なメールがきた時は少し驚いた。
快諾の返事をして翌週の日曜日に二人で出かけた。
休日に外で待ち合わせをするというのは、なかなか新鮮で自分でも少しソワソワしている気がした。待ち合わせに10分ほど早く着いたのに、待ち合わせた相手はすでにそこにいて、謝る僕に「大丈夫!私も今きたとこだから」と言った。
思わず「そーゆー台詞って漫画とか映画だと男が言うやつ」と笑うと、彼女も「そうだよね」と笑っていた。
彼女は鮮やかなスカイブルーのスカートをはいていて
「少し派手かなって思ったんだけど、リョウコちゃんが選んでくれて」
と、照れながらそう言った。お節介焼きの吉岡がやりそうな事だ。
「よく似合ってるよ」
と思ったままを言った。
お店のオープンと同時に来たせいか、まだ客足は落ち着いていて、店内を見て回る。一見すると何に使う物なのかわからないようなデザイン性に富んだ輸入雑貨が多く、二人で「これはなんだろう」と言い、時々笑いあう。
仕事場で見る顔とは違う表情に素直に可愛いと思っていた。
彼女といると、今まで動かされたことのない感情の部分が動かされている様な気がした。ざわざわと心が落ち着かない様な時もあれば、凪いだ水面の様に穏やかな日もある。
自分の気持ちに気づいていないわけではない。
ただ、愛情を伝える言葉さえも、縮まることのない20センチの『カベ』に阻まれる気がしていた。そんな葛藤の中から、いつまでも抜け出せないままでいるのだ。
買い物を済ませた後、予約をしていたレストランで、少しのワインを飲み食事をした。デザートを美味しそうに食べる彼女に雑貨店で買った物を渡した。スカートに似た色のリボンを模した髪留めだ。少し子供っぽい気もしたが、彼女の黒髪には似合うだろうと思った。
彼女はとても喜んで、その後「渡しづらくなっちゃった…」と照れながら、片手に乗るくらいの包みを差し出した。中には本を読む時に使うブックマークが入っていた。初めて見るデザインの物で細工の細かさがとても綺麗だった。
駅までの道を並んで歩く。どうしようもなく彼女の手に触れたいと思った。
口に出しても叶うことはない、そんな願いが浮かんでは、飲み込む様に胸に押し込めた。
彼女の為に買った髪留めを、自らの手でその髪につけてやる事も、ライトアップされた街路樹の下で手をつないで歩くことも叶う事はない。
横並びに歩く平行線は僕たちそのものだった。
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