3・カウンセリング


「タクトおいでー」


 母さんが笑顔で僕を呼ぶ。その声はとても優しく響いていて景色はキラキラと輝き、子供の姿の僕は懸命に母さんのもとに歩いていく。


「いいぞータクト!もう少しだ!」


 ホームビデオを回す父さんも、笑顔で僕と母さんを見つめている。

 辿り着いた僕を抱きとめる母さんの腕の中はとても心地よく、僕を撫でる父さんの手は大きくて温かい。二人の笑顔が僕を笑顔にし、僕の笑顔もまた二人を笑顔にする。


 いつの頃からか、そんな夢をよく見るようになった。



 今日は『カベ』ができて初めてのカウンセリングの日。


 受付を済ませ指示された部屋に入ると、白衣ではない男性がゆったりとした革張りの椅子に座っていた。大きなデスクには1台のラップトップと最新型のキーボードに2台のモニターが置いてあった。


「野上タクト君だね?君を担当するカウンセラーの佐伯です。よろしく」


 均等に引き上げられた口角は穏やかな笑顔を作り、嫌味なくキレイにセットされた白髪の混じる髪は、落ち着いた大人の雰囲気を強調していた。


「よろしくお願いします」

 なんらかの仕様変更がない限りカウンセラーは変わらないと聞いていた僕は長い付き合いになる事を想定し、仕事用の営業スマイルで返事をして頭を下げた。


「ははは、営業スマイルだねー。ここには仕事で来てる訳じゃないんだから素でいてくれれば良いよー。さ、好きな椅子にどうぞ」


 きれいに打ち返された営業スマイルは行き場をなくし、周りを見ると部屋の中には5つほどの椅子が置いてあった。特に考えることもなく、とりあえず一番近いところにある椅子に座ることにした。


「なぜその椅子に座ったの?」

「え、…一番近くにあったので…」


 質問の意図がわからない僕は素直にそう答えると先生は満足げにメモを取っていた。どうやら選んだ椅子とその理由にもなにか意味があるらしい事だけはわかった。


「さて、君の話をきかせて。何でも構わないよ、好きな事、好きな人、苦手な事、家族の事、どんな事でも話してくれれば良い。もし、話したくなくてしんどければそっちのソファーで寝てしまっても構わないよ」

「いや、しんどくも、眠くもないですが…」


 仮にも国家プロジェクトがそんなんで良いのか、と面食らって思わず少し笑ってしまった。


「あ、今のはいいね!ナチュラルな表情だった」


 そう言ってニコニコしている先生はまた僕が話し出すのを待っている様だった。


「僕の記録は全部知ってるんですよね?」


 プロジェクトの対象者は体内に埋め込まれたチップで全ての会話や感情、行動が記録され、それは管理・解析を担う機関の施設へ定期的に送られる事になっている。


「まぁね。けどタクト君の言葉で話してほしい、そしてその口から聞くことに意味があるんだよ?」


 先生にそう言われた僕は少し考えてから、今読んでいる本の話を始めた。





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