閑話
桃太と奏
冷たい風と雨粒にさらされながら、
二人の間に会話はない。
桃太は何度も話しかけようと口を開いては、言葉が出ずに口を閉じた。そうしている間に気まずさが積もっていった。
今日、八尋の探し人が女性であることを知った。その女性を探すために鬼を追っている。自分の身を危険に晒してでも見つけ出したい人。桃太には、それが八尋にとってとても大切な人にしか感じなかった。
奏もそうだろう。
奏は八尋のことが好きだ。そう桃太は思っている。そんな奏が、どういう気持ちで女性のことを問いただす八尋を見ていたのだろうか。
何もなかったように明るく話しかけるべきなのか、それとも奏の悲しい気持ちを聞いてあげるべきなのか。
――それがわからないから、俺には女友達がいないんだ!
自分の女性に対する対人スキルのなさを痛感した。
せっかく仲良くなれた奏を慰めることすらできない自分が嫌になる。
桃太はハンドルを握りしめた。
――このまま諦めたら、今までと同じだ。
勇気を振り絞って顔を上げた。
「あっ、あの、奏ちゃん!」
声が裏返ったけれど言葉は出た。
横を走る奏はちらりと桃太を見てから、すぐに前を向く。
「なーに?」
返事の声は桃太が思っていたより明るい。
「そ、その……」
「ん?」
「八尋さんの探してる人……」
「どんな人だろうね!」
奏の声はいつも通りだ。
驚いて桃太は奏の顔を見た。
奏の横顔には無理をしている様子はない。声音と同じように表情も明るかった。
「え、あ、その、奏ちゃんって八尋さんのことが好きなんでしょ?」
「うーん、私もそう思ってたんだけど、八尋さんの探してる人が女の人って聞いたときも、そっかーって感じだったんだよねえ。……なんでだろう?」
「俺に聞かれても……」
「だよね」
奏が声を出して笑った。
その声を聞いていると、桃太は肩の力が抜けた。
「まあ、八尋さんから何も聞いてないからね」
「え?」
「ほら、探している人が女性だったからといって勝手に恋愛と絡めるのは早合点だと思うのよ。同じ目の色だったら八尋さんの姉か妹かもしれないし!」
「そう言われてみれば」
八尋の必死な形相から、桃太は勝手に女性が八尋の好きな人だと思い込んでいたが、奏の言うように親族の可能性も捨てきれない。
「私もなんで悲しくないのかはわからないけど、きっと失恋が確定してないからよ」
「そういうものかな」
「そういうものよ」
奏の声は笑っている。楽しそうに笑って、まったく気にした様子はない。桃太もつられて笑ってしまった。
二人にとって八尋は不思議な人で、その人間像を掴むことは難しい。二人が好意を示しても、それを拒絶することはないが受け入れることもない。そんなこと、とっくに気づいていたけれど二人にとっては些細なことでしかなかった。
そもそも鬼を祓い、鬼である善夜とともにいる八尋を理解することなんて、ごく普通の高校生である桃太と奏にはできるわけがないのだ。
八尋のことを知りたいという欲求はあるが、それを無理に暴こうとする気はない。
二人にとって非日常な今がとても楽しい。
同じ学校、同じ学年、同じ教室にいる他の生徒たちは知らない事実を二人は知っている。その優越感にひたれることがとても嬉しい。
知りたいことは多いけれど、知らない方がわくわくするのだ。
「ねえ、桃太郎君!」
「なに?」
「目の青い女の人、どんな人だと思う?」
「そうだなあ……」
「私、とびっきりの美女だと思う。八尋さんの親族ならなおさらね」
桃太は、八尋が女性だったときを考えた。
黒い髪は長くてしなやかに風に舞い、青い瞳はきらきらと吸い込まれるように輝き、華奢だけど不健康でない四肢、身にまとう上質な布。その下にはきめ細やかな白い肌。
八尋の姉か妹が八尋とそっくりであるならば、奏の言う通りとびっきりの美女だろう。それは一度見てみたいものだ。
「そしたら私、八尋さんとその女性のツーショット写真撮りたい」
「撮ってどうするの?」
「プリントアウトして部屋に飾るかな。だって美男美女だよ? 絶対目の保養だよ?」
「じゃあ俺も写真撮ろうっと。さすがにプリントアウトはしないけどね」
まだ女性が美女と決まったわけではないのに、二人はどんな美女なのか話を弾ませていく。
わからないから考える余地がある。
知らないから期待する。
二人はとりとめもない話を続けて笑い合った。
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