三話 四月二十三日 昼 喫茶シェーヌにて
砌駅周辺には店がほとんどない。食品が買えるのは駅前のスーパー。飲食店はここ喫茶シェーヌのみ。
そして土地は傾斜がきついのでこの付近の住民は外食といったら喫茶シェーヌしか選択肢はない。そのため店内は広々としていて明るく、軽食以外のメニューも幅広くある。
カランカランと音を鳴らして八尋が喫茶シェーヌの扉を開くと、若い女性の店員が笑顔でカウンターから出てきた。店員は三人をボックス席まで案内すると、メニュー表を手渡してカウンターに戻っていった。
店内に溢れる雑音はジャズのメロディーが優しく包み、それすらも音楽のように感じさせる。
周囲に人がいないことを確認した八尋は、手渡されたメニュー表をテーブルに置いてから地図を開いた。
「さて、それじゃあ整理をしようか」
八尋は懐からペンを取り出すと、砌駅の西南西にあるコインパーキングに丸をつけて「三月十二日」と書き込む。同じように西北西にあるスーパーには「三月二十二日」、南の公園には「三月二十九日」、南西のここ喫茶シェーヌには「四月十七日」と続けて書く。
それぞれの事件現場はL字で繋がっている。喫茶シェーヌはL字の角の部分に当たる。そしてほぼ真ん中の距離にあるため、鬼について調べるには持ってこいの場所である。
八尋は今地図に書いたメモを見返して熟考する。
「こう見ると、やはり三月二十九日から四月十七日までずいぶん時間が空いているね」
三月中はほとんど一週間ごとの犯行なのに、四月に入ってから二週間以上間隔がある。
「……犯行を行えなかった?」
怪我したとか、と桃太が自分の考えを遠慮気味に述べた。
その考えを聞いた奏は思いついた、と手を叩く。
「あ、はいはい! 学校が始まったから、っていうのはどう?」
「学校が始まったくらいなら微妙じゃないか?」
「じゃあ逆に春休みだったから行えなかった? 大学生が実家に帰ってたとか。大学生って春休み長いんでしょ?」
「それはありかも」
「でしょ!」
盛り上がる二人の会話は突然割って入ってきた女性の声で中断した。
「大学の春休みは四月の一週目までですよ」
驚いた二人が振り返ると、そこには店員が立っていた。
店員の胸には「藤原」と書かれたネームプレートが光っている。茶色い髪は緩くウェーブしていて、邪魔にならないようにまとめられている。人懐っこい表情の彼女は笑いながらテーブルに三つ水を置いていく。
「後ろに長いんじゃなくて前に長いんです。まあ、大学によって違うからなんとも言えませんけどね」
「お姉さん、大学生なんですか?」
奏が聞いた。
「はい。今二年生です。……ご注文はお決まりでしょうか?」
店員はエプロンのポケットから伝票を出す。
八尋はメニューを見ることなく「僕はアイスコーヒーブラックで」と言い、続けて桃太と奏を見て「君たちも好きなものを頼みなさい。僕がおごるからね」と言うと二人は歓声を上げた。
「わーい! やったー!」
「さすが八尋さん、太っ腹!」
奏と桃太は嬉々としてメニューを開き、すぐに見つけた写真に目を輝かせた。そこにはキラキラと輝くデザートが載っている。
「私コーヒーフロートがいいです!」
「じゃ、じゃあ俺はコーラフロートお願いします」
満面の笑みの二人を見て店員はくすくすと笑い、伝票に書き込む。
「アイスコーヒーがブラックでお一つ、コーヒーフロートお一つと、コーラフロートがお一つでお間違いないでしょうか?」
「はい!」
「すぐにお持ちしますので少々お待ちください」
一礼して店員が去っていくと、二人は待ちきれないというように厨房の方を見た。
八尋は二人の意識をフロートから鬼に戻すように咳払いした。
「飲み物が来る前に霊符で鬼か確かめておこうか」
八尋が霊符を取り出すと、桃太は派手に喜んだ。
二人が見つめる中、八尋が霊符に息を吹きかけると白が赤に侵食されていく。
「色が変わった! ということは……」
桃太はちらりと八尋を見た。
八尋は頷き赤い霊符を光に透かすように見る。
「鬼だね攻撃的な赤だ」
今わかるのは、連続不審死事件に鬼が関わっていることと、その鬼が非常に危険なことだけ。
霊符は鬼の
それでも鬼の仕業とわかっただけでも進展がある。鬼ならば八尋が対処できる。
地図を見る限り、砌駅の周りに学校や病院、寺や墓など生活するうえで必要な施設は揃っている。それゆえに人口が多い。鬼の仕業であるのなら、早くどうにかしないと被害はどんどん拡大してしまうだろう。
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