蝙蝠傘の少女

「なんてしあわせなことでしょう!」


 思い出すは最後の瞬間。飛び出す彼女とクラクションの音。同時に押しやった温もりとひび割れた瞳。あまりにも出来すぎたそれは、幾度もの雨を経てようやく手に入れた至宝のための。

 雨がやんだ。

 雲間から差した光に、目が焼かれる。

 琥珀色だった光は、こんなにも白かったのかと思わず笑った。掌は意識せずともそちらへ伸びる。

 雨は止んだ。私はもう二度と、見ることはないのだろうと思うと少しだけ名残惜しい。

 うずくまって、生きようと、必死にあがく、今にも死んでしまいそうな彼女に目を細める。楽にするのは簡単だ。私の記憶を、私への想いを、私が持って逝けばいい。「私を覚えていたい彼女」を殺せばいい。「私の記憶と生きていたい彼女」を、私が連れていけばいいだけだ。それだって勿論、魅力的だけれど。


「おぼえていてね。ずっと。わたしを」


 ずうっと、わたしと、いきていて。

 しあわせなときも。

 ふしあわせなときも。

 ずうっと。

 それだけが、今も昔も、変わらぬ私の望みだから。

 唇はずっと弧を描き、動くはずのない心臓は早鐘を打ち、あるはずのない血は頭に集中しとろけそうで。ほう、とため息をついた。


「さよなら、だいすきなひと。だから、ずっとだきしめていてね。わたしというキオクを。わたしというキズを。わたしというツミを。ずっと。ずっと」


 精一杯の愛をこめて、囁く。彼女にはどうやったって届かないけれど、構わない。構わないのだ。彼女の中にはもっと美しい私が眠っていて、それはもう手離されることがないだろうから。

 光が差す。それは彼女の上にも降り注いで、黒い蝙蝠傘は黄色い光に包まれた。私は、また笑う。

 黄色い場所は、私の王国。

 やっと手に入った宝物に心をとろけさせながら、私の意識は光に沈んだ。

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蝙蝠傘の少女 @mas10

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