第13話 虹色オーバードライブ

『残念ね! 頭は飾りよ!』


 首なしのゼロドライブは、槍を捨てて身をよじる。振り下ろされる闇をかわした。

 重心の変わった機体を制御しながら、ヒロはエクスマキナを見上げる。焔のような双眸が冷厳に見下していた。


【まったく……異分子が紛れ込んだと思ったら、なにもかも台無しにしてくれる。小娘に任せず、初めから我が叶えておけばよかったか】

「イデアじゃ、ない?」


 傲岸でさえある立ち振る舞いは、イデアのものではなかった。黒い巨神からイデアの声が空々しく響く。


『やめて、エクスマキナ! もういいから! ナタたちを殺さないで!』

【聞けぬ頼みだ。汝の願いを叶える。その代わりに我の願いを叶える――これはそういう契約だ】


 声のようで、声ではない。意味が直接頭蓋を貫くような不気味な感触。

 神威しんいを祀る巫女は驚愕に目を見張る。


「エクスマキナ……自我が覚醒してる!?」


 なぜナタに庇護される孤児の身でしかないはずのイデアが、エクスマキナの力を得ることができたのか。

 こうして見れば自明の理だ。

 エクスマキナが自ら手を貸したから、イデアは願うことができたのだ。

 世界を壊すほどの大きな祈りを。

 エクスマキナが厳かに、闇のしたたる手を伸ばす。


【叶えてもらおう。我の願いを】


 イデアをたぶらかし、到底手の届かないところまで連れ去った、悪魔の契約。

 赤い眼光がわらうように揺れる。


【見せてくれ。命を捧げるほどの強い願い――その、成就の様を】


 そうか。

 ヒロの目が据わった。血の気が上り、心がふつふつと乱れる。それが理由か。

 イデアをたぶらかし、ナタを追い詰め、カナを悩ませた、すべてのイレギュラー。

 エクスマキナは。

 命懸けで願う姿を見たいから。

 だから、天秤を傾けたのか。

 そのためにナタが苦しみ、カナが嘆き、今またイデアを泣かせているのか。


『許せない』


 脳裏が閃く。

 振り返らなくても分かった。ヒロは強く強く操縦桿を握る。取りこぼさないように。受け取り損ねないように。

 後部座席で、ナタが燃え上がっている。


「ごめんヒロ。もしかしたら、ヒロにも受け止めきれないかもしれない。どちらか。ひょっとしたら、どちらも。もう帰ってこれないかもしれない」


 燃えて。巡って。雪崩れ込む。

 分かってる。構わない。ヒロの喉は干上がって、音として出てこなかった。

 胸が熱い。破裂しそうなくらい高鳴る。自分のものではない感情で溢れる。

 ナタは言う。


「それでも。悔しいもん。ここまで来たら守りたい。あんな邪神に奪われたくない」


 姿が溶けていくのが分かる。

 振り返らなかった。その必要もなかった。背中に触れられているようで。


「ヒロ。私の大好きな人。――、お願い」


 ゼロドライブが白銀に燃え上がる。

 腕を伸ばし、拳を握る。

 足を踏み出し、空を踏む。

 光の翼を夜に引き、炎を割って双眸を灯す。

 胸に白銀の火が宿る。

 ヒロは一人きりのコックピットで操縦桿を握りしめた。


「忘れない。忘れるものか」


 二人分の魂が渦巻いている。

 抱えきれないほどの想いを胸に、ヒロはエクスマキナをにらみつける。


「誰かを想う、この優しさを。なにがあっても絶やさせや……しない!」


 光が集う。一振りの大剣を紡ぎあげる。

 両手に握り、構えて、吼えた。


「てめえを倒して、全部にケリをつけてやる――エクスマキナ!」


 エクスマキナは動じない。ただ冷厳に見下している。


【ふん。ゼロドライブに頼って我に勝とうとは、おこがましい】


 嘲弄に乗せて、言い放った。


【ゼロドライブを創造せしは、我ぞ】

「な……」


 ヒロの背が凍り付いた。

 エクスマキナの差し出す手のひらに、ゼロドライブとまったく同じ首が形作られていたから。

 その首を指に挟み、握り潰して、悪魔は笑う。


【なぜ遺物が人の手足に合わせられねばならぬ?】


 ヒロの両手は操縦桿を握っている。

 誂えたように、手が届く。


【人という枷を己に課せねばならぬ?】


 体がシートに収まっている。

 シートベルトすら備わっている。


【――全て、人に遣わしたが為よ】


 人が願いを叶える姿を見る。

 そのためだけに、己の体と能力を少女イデアに貸し与えた悪魔は語る。


。その器に在る限り、我に敵う道理はない】


 指のひと振り。

 たったそれだけで、ゼロドライブの束ねた魔力が粒子に吹き散らされていく。

 青灰色の素体がむき出しになる。


「なんだ、それ……」


 操縦桿を握るヒロは、理解できた。

 できてしまった。

 これを傾ければ、機体が動く。動く勢いに乗せて操縦桿を使い、機体の動きを重ねれば、殴ることも斬りつけることもできる。

 ただ。

 それ以上のものではない。


「そんなの、ありかよ」


 まるで胸の火まで冷え凍えてしまったかのように。

 ヒロの手が震える。心胆が委縮する。

 巨大で、強大な、力の結実。エクスマキナ。

 次元に穴を開け、異物を生み出し、また闇へと還す。

 有と無をつなぐ天地開闢てんちかいびゃくの旗手。

 手も足も出ない――そうではない。

 で、


「結局、俺の力じゃ……なにもできないのか……?」

【そうだ】


 くらい声がささやいた。


がお前の限界だ】


 伸ばされた魔手を、

 イデアが止めた。


『ダメ、エクスマキナ! もうやめて!』


 実際には、なにも変わりはしない。

 伸ばす手を止めることも緩めることもできなかった。

 それでも、イデアは懸命に止めようとうめき、叫ぶ。


『もう願わないから! 叶えなくていいから! だから、やめて……!』

【この期に及んで、引き返せだと? 戯れ言を】


 イデアの懇願を鼻で笑った。


【もはや契約は成り、仕舞いに入った。我は望みを果たし、汝を叶えるまでだ。安心しろ。契約はたがえん】


 正面スクリーンの向こうにヒビが入っていく。

 エクスマキナが空間を越えて手を伸ばそうとしている。


『腑抜けるな、バカヒロぉ!』


 ナタの叱咤が脳を打った。

 ゼロドライブの全身に、三度輝きの粒子が積もり、白銀の鎧を織り成していく。


『武装が消されたなら、何度だって作り直してあげるわよ! なんのためのゼロドライブだと思ってるの?』


 カナが強気に意気を張る。


魔力ゼロを操る、それこそゼロドライブの本懐よ!』

『私たちが基点ゼロにいる限り、何度だって! だから、諦めないで!』


 痺れたように、指が震えた。

 ヒロは目を伏せて深呼吸する。

 今、後部座席は空かもしれない。その代わりに、すべてが二人で満たされている。


『やっちゃえ! ヒロ!!』


 ナタが奮い起こした。


『行きなさいヒロ!』


 カナが励ました。


『お兄ちゃん! !』


 イデアがこいねがった。

 まぶたを開く。エクスマキナを見上げた。遠い。


「俺の限界か」


 手の届かない場所。

 ヒロと、との境界線。


「そうだとしたら――好都合だ」


 今、この胸に、なにが宿っているのか。考えてみれば分かることだ。

 操縦桿を押し上げる。

 通じて、応じて、魔力が集う。


 原初ゼロを塗り替えろ。

 魔力から長大な槍が生み出される。


【ふん、くだらん】


 エクスマキナが虫でも追い払うように手を払う。魔力が制御を失って散る。

 周囲に飛び散る魔力を捕まえ、再度引き込む。散らされてもなお繰り返す。

 魔力の光が間断なく吹きあがっていく。

 まるで炎の巨人のように。


【な……!?】

「任せた!」

『任さ』『れた!』


 境界ゼロを踏み潰せ。

 二人の心がヒロの脳裏で重なっていく。

 空間の白いヒビに踏み込み、超える。


【愚かな。魂を燃やしすぎた! ぞ!】


 鼻先三寸、エクスマキナの双眸が揺れる。互いに互いの必殺の距離。

 ゼロドライブならばできる。

 ゼロを操るこの機体にしか、できない。


【なんだそれは。バカな。まさか、これが】


 うろたえるエクスマキナの懐に飛び込み、白銀が吼える。

 限界ゼロ――!


「ゼロ!」


 操縦桿をトリガーごと握る。

 光の溢れる槍を握る。


「オーバァアアア!」

【これほどのものが】


 操縦桿をひねり上げる。

 半身に構えた槍の光が螺旋を描く。


「――ドラァアアアアアアアアアアイブ!」

【命を捧ぐ、願いか……ッ!】


 胸の祈りを。魂を燃やす輝きを。


 螺旋の奔流がエクスマキナの顔に突き立つ。

 が、闇が食い止めた。

 闇が光を食らう。嚙み潰さんと怒涛に湧く。

 それでも。


『私たちを、』

『甘く見るな!』


 食らう闇を上回る速度で光が生まれ、闇を圧倒し、輝きを押し広げていく。


【ぐ、がガ】


 喉元に先端が届き、削る。

 散らされた漆黒の装甲は魔力に溶け、ゼロドライブの還流に呑まれて光となる。

 えぐるほど、削り取るほど、穿つ光の勢いが増す。


【がが、ガががァあアアががガガガががガガッ!】


 届け――!


【――我が望み、――】


 エクスマキナを貫いた。

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