第8話 銀色ディサイド
『ヒロ、行こう。エクスマキナを止めるんだ』
「ナタ?」
カナの悲鳴と、イデアの自失と、聞こえてくるナタの声が妙に噛み合わない。
だが、ヒロの手は操縦桿を握り直す。
エクスマキナを止めるチャンスには間違いない。
「イデアを無事に引き剥がす方法はないのか?」
『頭だけ壊そう。そうすれば、イデアを傷つけずにエクスマキナだけ止められる』
「よし」
操縦桿を押し上げる。
ゼロドライブはかつてとは比べ物にならない力感と身軽さで地面を蹴りだし、一足でエクスマキナの間合いに踏み込んだ。
『――
右手に溢れる輝きが鞭のように伸び、内側から鉄塊が顕現した。
ヒロは操縦桿を握りしめ、振る。
踏み込んだ足を支点にエクスマキナを殴り飛ばす。鐘を
『や……ぁ!』
苦悶の声に手が震える。だが、エクスマキナを止めなければならない。
そのためなら。
「鬼にでも悪魔にでもなってやる」
すくい上げる一打。棍棒の先端がエクスマキナの鼻面を強かに叩く。衝突音が装甲まで響いた。
ゼロドライブは棍棒を持ち替える。柄でエクスマキナの胴を打ち、振り下ろして打ち据える。エクスマキナが膝を屈した。
ヒロは操縦桿を介し、溢れる力を感じていた。こみ上げる輝きを手足にみなぎらせて、機体が躍動する。
うずくまるイデアの声が、
『……なさい。ごめんなさい、ごめんなさい……っ!』
ヒロの手を止めた。
「ヒロ、待って!」
泣きそうなカナの声。
かぶせるように、ナタがささやく。
『エクスマキナを止めて、ヒロ』
「でも。イデアが泣いてるんだ」
『もう止まっちゃダメなんだ。この子に力を与えちゃいけない』
挫けそうな心を奮い立たせる。鬼に、悪魔になるんだ。
スクリーンの向こうでエクスマキナが立ち上がり、両手を振り回す。
『うああ、あああああっ!』
子どもの駄々だ。ヒロは後ずさりしながらメイスで丁寧に撃ち落としていく。
腕を振り抜かせて、体勢の崩れた脇腹に短く抱えたメイスを一撃。よろめいたエクスマキナの横っ面にもう一撃、張り飛ばす。
カナが悲鳴を上げた。
「やめてヒロ! もう、これ以上は!」
今さら止まれない。ここで止まるなら始めた意味がない。
ヒロの殺意に呼応するように、エクスマキナの双眸が赤く閃く。
『えくすまきなぁっ!』
エクスマキナが飛んだ。夜空を白く砕き、上空。
月下を裂いて漆黒の悪魔が現れる。
ゼロドライブも跳躍し、穴の痕跡へと飛び込んだ。
待ち構える闇をまとった手のひらを、メイスで打ち払う。エクスマキナの顔面にダイビングヘッドを叩き込み、吹き飛ばした。
『後ろ、ヒロ!』
ナタの声に、ヒロは操縦桿を互い違いに叩き込む。
ブースターで振り返りざまにメイスを払った。先端が砲弾ごと迷い子を砕く。
「迷い子か!」
『容赦、しないんだから……!』
苦し気なイデアの声。カナがヒロの背もたれにすがりつく。
「ヒロ、もうやめて! 戦わないで――きゃ!」
噴射のGに吹き飛ばされ、カナがシートに倒れる音がする。
迷い子の砲弾がブースターの噴射炎を吹き散らした。
「迷い子に撃たせろって!?」
「それは、でも!」
「危ないから座ってろ!」
飛び込む勢いを乗せてメイスを振り下ろす。迷い子を潰す。
『あと二つ』
「いいや、一つだ!」
長く持ったメイスを振り上げ、回り込もうとする迷い子を砕いた。あと一つ。
エクスマキナの闇弾が迫る。ヒロは素早く操縦桿を傾け、スロットルを開けた。落ちるようなひねり込み。
方向転換と同時に、スロットルを全開にする。小脇にメイスを抱えて突進――エクスマキナに。
『ふぐうぅッ!』
避けたエクスマキナを足蹴にして、ヒロは大上段にメイスを振り上げる。
「最後!」
迷い子を叩き潰す。
背後が砕けた。
『これで終わり――!』
「イデア、ごめん」
宙返り。
仰け反りながら落ちるゼロドライブの鼻先を、闇を握るエクスマキナの拳が通り過ぎていく。
振り上げたメイスを叩きつける。すぱっと闇にえぐられて消された。
だが、闇は消滅した。エクスマキナは息を呑むように顎を引く。
かざした手に輝きを束ねる。
「俺は、お前の願いを踏みにじる」
たとえどんな理由があろうと。
どれほど願ったことだとしても。
この先がイデアの進むべき道だとは思えない。
『――
手のひらから槍がほとばしる。
エクスマキナの赤い光が消えた。
「な、んだと!」
闇色に呑まれたエクスマキナの顔が、半分だけでゼロドライブを
槍は闇に触れて消滅している。
「ヒロ、ばかっ!」
「くっ!」
漆黒の腕が薙ぎ払われた。かすめた肩がえぐられる。
ヒロは苦いものを飲み込む。右の操縦桿が軽い。えぐられた右腕が動かせない。
『半端な気持ちで戦ってるって思ってるんでしょ』
イデアが声を震わせる。エクスマキナが拳を握る。
感情を握りつぶすように。
こみ上げるなにかをこらえるように。
『本気だよ。どういうことか、ちゃんと分かってる。イデアは……もう、なにも許されたくない』
ヒロの背筋を戦慄が舐めた。
幼いと軽く見ていたのは否定できない。頭を冷やす時間を与えれば目も覚めると思っていた。
違った。
殺意を懐いたまま、甘いお菓子に笑えるくらい、確かな意思として抱えている。
なにを見て生きてきたら。なにを思って育ったら。
これほど悲壮な決意を
『仕方ないよ』
ナタの声が悲しく揺れる。
『イデアは優しい子なんだ――本当に。私は、そのことに気づかなかった。恨まれるのも当然だなあって、思ってるんだ』
ヒロは知っている。
ナタはできる限りイデアに優しく寄り添った。
妹の幸せを願った。妹の喜びを祝福した。
だから、殺されなければならないと言う。
殺すほうと、殺されるほうの、二人ともが。
『その前に、イデアが世界を壊すのは止めなきゃいけない。そんなひどいことは、させられないから』
「――わっかんねぇなあ」
到底、承服できることではない。納得できる要素が一つもない。
「とりあえず、殴ってでも止める。その後は後で考える」
操縦桿を握りしめる。ゼロドライブの両手から輝きが溢れる。
エクスマキナが小さく首を傾けた。切なくため息を吐くように。
『まだイデアに構うんだね、お兄ちゃん。――もう、取り返しはつかないのに』
言葉の意味を考える前に、
「待って、やめて! ヒロ!」
カナがヒロの腕にしがみつく。
ヒロは瞠目して操縦桿を止めた。不安定な体勢でゼロドライブが動いたら、振り回されたカナがどう転ぶか分からない。
だが、カナは自分の怪我など問題にしない必死の形相でヒロを引き留めた。
「もうやめてヒロ! この力は、この魔力は――ナタなの!」
「なに言って……」
振り向いたヒロは見た。
まるで絵画が水に溶けてしまうように。
ナタだったものが、ぼやけてうずくまっている。
――私たちの"森羅万象"は魔力でできてる。
――素体じゃ無理よ! 私が行くわ!
――ダメ、カナは行かせない!
――助けて。
なにから?
はっとしてヒロはエクスマキナを見る。
エクスマキナは腕に闇を溜めて振りかぶっていた。
操縦桿を握り、力を込めて、
――この魔力はナタなの!
ほんの少しも、動かすことはできなかった。
殴られる衝撃はない。
ただ、腕も足も消滅して、ゼロドライブがほどけていく。
『ぅ。ひぐっ。……ナタの、ばか……っ!』
泣きながら白く砕けていくエクスマキナに、手を伸ばすことすらできず。
墜ちていく機体は、
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