第22話
全寮制学校で育った豪田には、全体主義の思想が根付いており、自由の国アメリカの生活が一向に体質に合わないでいた。
週末も引き籠り、一日中、日本のテレビ番組を見続けるなど、実に味気ない生活を送っていた。
野球部の経歴を持つ豪田は、人間関係の幅を広げるために、試しに地元の草野球チームに入ってはみたものの、コミュニケーションが上手く取れず、一ヶ月も経たずに幽霊部員と化してしまった。
練習後のシャワールームでは、体格の良いパワーヒッターを漁ってみたが、皆、所帯持ちでゲイは一人もいなかったのだ。
「アメリカにはもっとゲイが多いと思っていたのにな…」
いつしか豪田の自室には外国人物のゲイビデオが山積みとなり、とても他人には見せられない状態に陥っていた。
豪田にとって、アメリカ出向で、なにより悔やまれたのは、アメリカには大衆浴場がないということだ。
日本では、銭湯や温泉に行けば、心置きなく男の裸を見ることが出来たのだが、ここは個を重んじるアメリカである。ビーチに行っても、プールに行っても、皆水着を着用しており、逸物を拝める場所は見つからなかった。
「クソ、毛唐奴。皆、立派な前袋をぶら下げているくせに、出し惜しみしやがって」
豪田は時折、ビーチに行ってモッコリと水着の股間部分を膨らませたり、尻に「insert me」と書いて公衆トイレで肛門を見せ付けてみせたが、思いの外、反応はないのである。
「ああ、アメリカにも二丁目のような場所があればいいのにな」
人里離れた山奥で、長い間、寮生活を送っていた豪田は、他人を固定観念で見る習慣が身についており、それは学校を卒業して十年以上が経過した今でも完全には抜け切れていなかった。豪田は、アメリカは日本よりゲイに寛容という先入観を抱いていたが、とんだ勘違いであることに気付かされた。
ある日の休日、同じアパートに住む同僚のブライアンが「一緒にピザでも食わないかい」と、豪田邸にやってきたことがあった。
ブライアンは、身長こそ豪田と同等程度だが、体重は優に百キロを超えた巨漢で、輪郭が見えないほど顎に贅肉が乗り、いかにも不健康そうにみえた。
「家にいても独り寂しくセンズリこいてるんだろ、ファッキンジャップ」
汚い言葉を吐きながらも、ブライアンは独り寂しい豪田を気遣って、二リットルの巨大なペプシコーラのペットボトルと、直径六十センチもあるピザを二枚も買ってやってきたのであった。
ピザの上には分厚いベーコンと、心なしばかりのコーンとトマト、そして四種のチーズが生地が見えないほどたっぷりとかけられ、さらにその上にサラミがびっしりと積もっていた。
黄色く濁った脂の浮いたピザを見て、豪田は吐き気すら催したが、当のブライアンは嬉々とした表情で、今にもそれに喰いつかんと身構えていた。
「ああ、こいつは脂質異常ですぐに死ぬな」、と直感的に思った豪田だが、特に注意する気も湧かず一緒にピザを食すことに決めた。
結局、豪田は半分も食べられなかったが、ブライアンは残り一枚半と、さらにはポテトチップスを二袋も平らげ、ご機嫌に腹を叩いた。
「ポテトチップスはれっきとした野菜なんだぜ、アメリカ人は健康のためにポテトを沢山消費するぜ」
四月にも関わらず大粒の汗を流しながら、ブライアンは満足気に鼻を鳴らした。
「ああ、鱈腹食ったら糞したくなったよ、トイレを借りてもいいかい」
喰ったらすぐに出る「天付き」のようなブライアンに、豪田は呆れたが、取り留める気にもなれず、そのまま便所に送り出した。
「いいよ、その代わりちゃんと流せよ」
ブライアンが便所に入っている間、豪田は、引き続き録画した日本のバラエティ番組を見ていると、地鳴りのような便の噴出音がトイレから漏れ聞こえた。
「いやぁ、すっきりしたぜ、まるでナイアガラ・フォールズのようだった」
「汚いな、ちゃんと手は洗ったのか」
終始、無配慮な態度を続けるブライアンの言動に呆れ返りながらも、豪田は気にする素振りもなく、ビデオに集中した。
「そんなにテレビばっか見てると豚になるぞ」
「Shut up, fat. (うるせえ、デブ)」
「しかし、まあ、ファミリー向けアパートに独り暮らしというのも、寂しいな」
ブライアンは、太った体で室内を見渡すと、なにやら物色をし始めた。
豪田は、日本から必要最低限の所持品しか持って来ておらず、ブライアンの指摘する通り部屋の中は伽藍洞としていた。
豪田は、テキサスに友人がいるわけでもなければ、もともと人付き合いが良い方でもないので、室内には数日分の着替えと、パソコン、テレビ、野球用具と、まさに独身男性の部屋といった味気ない様相を醸し出していた。
「あまり室内を見回らないでくれ、面白いものは一つもないぞ」
豪田は言うと、ブライアンはあるものを見つけて、こう叫んだ。
「おや、ジャパニーズ寿司じゃないか」
ブライアンは、棚に保管されたファイルを見ると、興味深そうにそれを見つめた。
テレビ台横の棚には、太巻き寿司、恵方巻、稲荷鮨、河童巻き、干瓢巻…と、記されたファイルが、丁寧に陳列されている。
「ちょっと待て! それは見ちゃダメ」
「なんでだい。昔、僕も日本に行った時、寿司をよく食べたものだ、河童巻きは大好きだよ」
慌てて制止する豪田の様子も気にせず、ブライアンは「河童巻き」と記されたファイルを手に取った。
「知ってるぜ、河童は伝説の生物で、頭に皿を乗せたジャパニーズの妖怪だ。でも、河童巻というのは、キューカンバーをライスと海苔で巻いた寿司で、河童とはなんら関係はない。どうだ、詳しいだろう」
ブライアンは、自らの知識を披露するかのように自慢げに言うと、徐にファイルを開いた。
しかし、そこにあったのは、ブライアンの想像を絶するものであったのだ。
「な、なんだ、これは…」
ブライアンは中を見ながら絶句した。
そこにあったのは、男性の股間に生えた河童巻き(Black cock)を嬉々と貪る豪田の写真であったのだ。
ブライアンは、額から大粒の汗を流しながら、背筋に冷たい殺気を感じ取ると、恐る恐る豪田の方を振り返った。
そこには暗黒面に落ちた笑みを浮かべる豪田がいたのだ。
「秘密にしていたけど、実は僕、ゲイなんだ」
ブライアンは思わず腰を抜かすと、その場に尻をついて後ずさりした。
今にも逃げ出さん気持ちばかりが焦るが、恐怖から体が思うように動かない。
豪田は、そんなブライアンに微笑を浮かべながら、ジリジリと距離を縮めていった。
「君も、真実を知ってしまった以上は生きては帰れないよ」
「No! Shit! Fuck ass!(駄目だ、クソ、俺の尻にファックしろ!)」
「Fuck ass? My pleasure. 喜んで」
ブライアンは、そのままズボンを脱がされ、先ほどナイアガラ・フォールを噴出したエリー湖水源を、豪田の太巻きによって凌辱されてしまうのであった。
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