第21話

アメリカに来て最初の一週間は仕事らしい仕事も出来ずにいたが、イーグルフォード鉱区で新たに採掘される油井プロジェクトに任命されると、豪田は早速、具体的な仕事の手解きを受けた。

「俺が工場のボスのテリーだ、よろしくな」

テリーと名乗る男性は、テキサス・ディルドの現場監督者で、本名をテリー・ファンクと名乗った。

テンガロンハットにブーツ姿と、どことなく既視感のある見た目は、「テキサスの荒馬」の異名が相応しく、ショットガンを片手にピックアップトラックを乗り回し、三度の飯よりオールマンブラザーズバンドが大好き、でも週末のBBQはもっと好き、という絵に描いたようなテキサス親父であった。

「豪田と申します、未だテキサスの生活には慣れきれておりませんが、どうかひとつよろしく」

豪田が慇懃に手を差し伸べると、そこには豪田の倍もありそうな逞しい腕があった。

「オフィスに入るのは何年ぶりかな」

普段は工場にいるテリーであるが、この日は豪田と面会するため、珍しく事務所へと入室した。

膝元に大きな穴を開けたジーンズは、厳かなオフィスの雰囲気には相応しくなく、駐在員は挙って顔を顰めたが、テリーはそんなオフィス内の喧騒に目をくれるはずもなく、自慢の南部節を披露し続けた。

「五百万バレルの油田をぶち抜いてきた俺だ。さっさと新たな油田を掘りたいぜ、俺の採掘機が疼いてやがる」

百八十センチ、八十キロと、日本にいた頃は大柄な体躯であったが、これはアメリカだと平均程度で、身長百九十センチのテリーの迫力に豪田は怖気づいてしまうのであった。

しかしそんな中、テリーの股間から、巨大な掘削機が見え隠れしているのを、豪田は見逃さなかった

「穴を掘るのは得意だ。どんな強固な岩盤でも、俺のドリルでブチ抜いてやる」

豪田は、テリーの発言のひとつひとつが、どうしても卑猥に聞こえてしまい、咄嗟に尻に手を当て赤面してしまった。



―それからというもの、テリーから直接的に仕事の手解きを受けた豪田であるが、渡米して僅か一月足らずで、大きなミスを犯してしまうのであった。

「おい、貴様どうなってんだい。倉庫にこれ以上入んねえぞ」

豪田はなんと、油井管の原料となる鋼管をmillion単位多く発注するという考えもつかないミスを冒してしまったのである。

「イーグルフォード新田のガス埋蔵量は相当量あり、それは地中深くに眠るため、予測が付かないほど豊富である」という調査官の事前情報が、発注先の帝国製鉄に渡っていたため、製鉄所担当者は疑いもなく、豪田の指示した通り三百万本分の鋼管を出荷してしまったのだ。

「まさか百万(million)と千(thousand)を間違えるとは思いもしなかったよ」

テリーは面罵してみせたが、コンテナは既にメキシコ西部エンセナダの製鉄工場を出航しており、来週末にはロス港に到着するという。

豪田の手打ちした書類には、はっきりと「零」の数が六つ並んでいた。

「日本とアメリカは単位が異なると、あれほど確認したのに。貴様は頭の悪いファッキンジャップだな」

ミスを冒した罪悪感だけでなく、凄烈に怒鳴り散らすテリーに、豪田は怖気付いて顔面を蒼白とさせた。

「こんな使えん日本人を派遣する本社も畜生だな」

テリーは、聞き取れないほどの南部訛りで、汚い言葉を吐き続けた。

真っ赤に日焼けたテリーのレッドネックが、怒りとともに更に漆に染められた。

「申し訳ございません、誤発注分はロスの鉄鋼商社に買い取って頂くことで合意致しましたので、実質損失はありません。ご心配をおかけしました」

豪田は、誤発注が判明した直後、安徳商事ロサンゼルス支社にいた西尾に電話を掛け、鋼管の販売先の目処が立たないか相談していた。

西尾は、勤務中に突然、ホモから電話が掛かってきたことに驚きを隠せなかったが、仕事の相談であると聞いて安心し、親切にも他の掘削会社に鋼管を売却することに成功したのである。

激昂するテリーに対し、豪田は、売却の経緯を交えながら、事なきを得たことを説明した。

しかし、そんな豪田の弁明に耳を傾ける様子もなく、テリーは思い掛けず叱責したのである。

「むむ、貴様、自分のミスをロスの人間にケツ拭かせるとは。yankeeに魂を売ったも同然だ」

「yankee?」

テリーの言う言葉の意味が解せず、すかさず豪田が聞き返すと、

「ああ、テキサスでは、テクシャン以外をヤンキーと呼ぶのさ」

と、テリー。

尚も豪田が首を傾げると、テリーはさらに続けた。

「いいか、テキサスはアメリカ経済の中心だ。アメリカはテキサスなしで生きていけないが、テキサスはアメリカなしでも生きていける。仕事のミスをロスの商社に助けてもらうとは言語道断、今後どんな辛いことがあっても、ヤンキーに尻拭かせることだけはよせ、南部のプライドが許さんからな」

豪田は、テリーの説明が解せ切れずにいたが、どうやら自分で引き起こしたミスの尻拭いを他人にさせるな、ということを言いたかったらしい。

自前の南軍旗を車のコックピットに掲げるコテコテのテキサス魂を持ったテリーは、人一倍地元テキサスを愛する気持ちが強く、他州の人間に助けを求めるなど男が廃るとでも思ったのだろう。

テキサスの歴史を紐解けば、フランス、スペイン、メキシコと、幾度となく他国の植民地支配を受けたものの、独立の希望を捨てることなく、パルメット農場で南北戦争の火花を散らせ、独立の実現に向かった。結果的に戦いには敗れたものの、テリー曰く、テキサス共和国は未だに独立を諦めてはいない。

テキサス州はアメリカの南端に位置しながら、アメリカトップクラスの人口や面積規模を盾に、肥沃な綿花畑を代表する農業や畜産業、そして、IT、航空宇宙などのハイテク産業を発展させた。

このような民族背景、経済的優位から、テキサスは他州に比べて愛州心が強く、テキサスがアメリカで最も進んだ州であると信じる者が多いのである。

言い換えれば、テキサスはアメリカ一、ステレオタイプが強い州であるのだ。

そんなテキサス魂を持ったテリーに、豪田のとった行動、つまりロスのトレーディングカンパニーにミスの尻拭いをさせるなど、到底許せるものではなかったのだ。

「誤って通常の千倍の鋼管を発注したならば、千倍の油井を掘れば良いだけの話だ。他の採掘会社に油井管を渡してどうなる。穴なら俺が掘ってやる」

呆れ様にテリーは踵を返すと、豪田のもとを去っていった。

そんな強引で傍若無人なテキサス親父に、豪田が恋心を抱くのは、時間の問題であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る