第13話

紫水学園は、こうした過酷な環境のため、中には脱走する生徒もいたが、当然、見つかれば厳しい罰を与えられる結末になる。

ある日の昼休憩中、級友の鹿児島は、豪田に歩み寄ると、机に腰をもたれかけ、雑談を持ち寄った。

「噂で聞いた話だがな――」

一般入試組の鹿児島は、野球推薦で入学した豪田に比較すると小柄で、青白い肌に丸刈りという姿はまるで飛騨高山の日本猿の出で立ちであるが、見掛けに依らず頭脳明晰で有名大学へ進学を志していた。

鹿児島は声調を落すと、まるで探偵のような口振りで、紫水学園に伝わる噂話を持ち寄ったのだった。

「厳し過ぎる校則、宗教的な道徳教育、それに教師による体罰も絶えないものだから、我が学園は退学希望者が少なからずいるのだが、ここ数年は不思議と退学者はいないのだ。その所以を知りたくないか」

「ほう、興味深いな、そのカラクリを教えてくれ」

豪田が聞く耳を持つと、鹿児島は饒舌に話し始めた。

「昔、グリフィンドール寮から脱走を試みた生徒がいた、その名を仮に丸峯としよう…」


丸峰が現代の鹿児島と同様に、厳しい受験戦線を勝ち抜き、晴れて紫水学園に入学したのは今から三十年以上も前の話である。

もともと丸峰は、比較的、温厚従順とした性格であり、入学すると同時に頭を剃られ、殴る蹴るの暴行を与えられる紫水学園の日常は、丸峯の精神を徐々に衰弱させていった。

そしていつか丸峯は、鉄線の貼り巡らされたコンクリート壁の向こう側に逃げ出したい衝動に駆られたのである。

丸峰は、朝起きてから夜まで、四六時中、脱走の作戦を企てた。寮周辺には見張り役の教官が見回っており、また三千メートル級の丘陵では真冬は息が出来ないほどの極寒で、逃亡は命の危険すらあったが、このまま過酷な学園生活を送るくらいであれば、死んで本望と思っていた丸峰に、心の迷いはなかった。

丸峯の立てた作戦は次のようだった―。

他の生徒が寝静まった夜間、警備の手が緩んだ隙を狙い、寮から抜け出し、深雪の積もった上俵山を下山して、電車に乗り、遠く遠くへ向かう。定まった目的地もなければ、逃亡の道程も不鮮明であるが、このときの丸峰に、冷静に逃亡ルートを考えている余裕はなかった。

人里離れた上俵山中腹の森中に聳え立つ御嶽寮では、警備の目も張り巡らされているため、首尾よく脱走できたとしても、野を越え山を越え、駅へと向かい、電車を乗り継ぎ市街地に出るまで、人目を眩ます必要がある。

丸峯は毎日、図書室に籠り、勉強をする傍らで、入念に作戦を重ねた。

紫水学園の最寄駅は高山本線下呂駅であるが、最寄といっても、大小三つの山を越える必要があるため、徒歩で行くとなると、大人の足でも一日は下らない。

もしくは御嶽山の東方、長野方面に向い、中央本線の木曽福島駅まで向かう手もあるが、岐阜育ちの丸峰には県外の土地勘がなく、また深雪の積もった山道では遭難する恐れが極めて高いため、高山本線に逃げる選択しかなかった。

決行当日の朝は、明け方から牡丹雪が降り注ぐ肌寒い日であった。

丸峯は普段通り学校に向かうと、何一つ変わった素振りも見せず授業を受け、夜になって寮に戻った。

進学クラスは毎日、山のような宿題を課せられるため、連日徹夜して勉強する必要がある。薬指は赤々とした筆蛸ができ、指の骨が変形するほどであった。

長い一日であったはずであるが、緊張からか、布団に入っても丸峰は目が醒め一睡もできずにいた。

丸峰は、誰もが寝静まった深夜に、ひとり布団から出ると、防寒具を着用し、部屋を出た。

「―用便に向かいたいのですが」

室外には、見張り役の僚監が二十四時間体制で張っているため、用件を言わないと、部屋から出ることは許されない。

丸峰が言うと、

「なぜ就寝前の用便休憩中に行かなかったのだ」

と、寮監は声を沈め問うた。

狼狽える丸峰は、然も急を要す素振りをして、両手で腹を抑えて言った。

「申し訳ございません、休憩中にも用便に向かったはずですが、残滓があり、急に腹が痛みまして」

すると寮監は、

「何故、残滓があるか。それは貴様がよく咀嚼して食事をしない故、消化不良を起こしたからだ。しかしここで漏らされても困る。よろしい、急いで行け」

と、渋々であるが、疑いもなく丸峰の外出を許可したのであった。

「ありがとうございます」

首尾よく部屋を抜け出した丸峰は、急いで便所へと向かった。

第一の関門を突破した丸峰は、いったん周囲を確認した後に、便所の窓の鍵を開けた。

便所の窓は、脱走防止のため四十センチ四方しかないため、丸峰はこの日のために食事制限をし、体重を四十キロ代まで落とした。脱走前の丸峰は、頬が扱け落ち酷く不健康な様相で、周囲から病気を心配されるほどであった。

うまく体を捩らせ便所の窓から抜け出すことに成功した丸峰は、建屋の外へと飛び出し、身長以上もあるコンクリート壁をよじ登った。

壁には脱走防止用の有刺鉄線が張られているが、一時的な痛みよりも、寧ろ早く逃げ出したい気持ちが優先し、手足に突き刺さり肉を抉る鉄線を諸共せず、丸峰は寮外に出た。

脱出に成功したは良いものの、一方で望楼では自動操銃を構えた監視役がいる他、寮中に監視カメラが設置されているため、そこから急いで逃げる必要がある。


『ビー、ビー、緊急放送、生徒が抜け出した、すぐに確保せよ』


赤外線センサーが生徒の脱走を感知すると、けたたましいサイレンランプが寮を赤く染める。

サイレン音に反応した宿直中の教員達は急いで武装し、寮周辺、最寄駅、幹線道路を封鎖した。

また捜索隊が周辺の山々を張り巡らし、ヘリも出動する緊急事態。

その瞬間、御嶽山脈は、物々しい雰囲気に包まれた。

絶体絶命の状況、しかし当の丸峰にも確固たる勝算はあった。

紫水学園のある上俵山周辺は、言わずと知れた手付かずの自然があり、車が通れる道路もなければ、登山者用の山岳コースからも遠く離れているため、丸峰だけでなく、丸峰を追う教員達もまた、足を取られながらの捜索となる。そのため、逃げる者も追う者も、同様に環境は厳しかったのだ。

丸峰は、三千メートル級の峻厳な丘陵を越え、時折、頭上に降り注ぐサーチライトを掻い潜りながら、三日三晩を走り続けた。

その間、深雪の下にいる昆虫や山菜、冬眠中の山鼠を食べ空腹を凌ぎ、なんとか下呂駅にたどり着いたのは四日目の早朝五時であった。しかし最寄駅は捜索隊が張っている可能性が高いため、機転を利かせた丸峰は、敢えてもう一つ先の禅昌寺駅に行き、無人改札を潜り、無賃乗車を試みた。

長閑な丘陵地帯の山間にある高山本線禅昌寺駅は、一日の乗降客数が百人程度と少なく、丸峰は一時間に一本しか停車しない侘しい時刻表を眺め、電車を待った。その間も辺りを見渡しては、姿を隠し、捜索隊が近辺に訪れていないか、緊張の糸を切らさなかった。

六時五十分、臙脂色をしたキハ二十五系が遠くに姿を現すと、丸峰の目には、まるで幸運をもたらす箱舟のように絢爛と映ったに違いない。

恐る恐る乗車したワンマン電車には、丸峰の他にほとんど乗客の姿がなく、学生帽を被った中学生位の生徒が一人と、杖をついた老人がいるだけであった。

思えば入学してその方、学外の人間を目にしたことはなく、なんとも久方ぶりの人肌の感覚と、暖房の利いた車内の暖かな空気に安心し、不眠不休による猛烈な疲労で、丸峯はいつしか深い眠りに就いたのであった。


―どれだけ熟睡したであろうか。

電車は、いつしか飛騨高山を越え、遠く日本海側、富山駅まで向かっていた。

先程まで一緒にいた乗客の姿は既になくなっており、ウトウトと薄目を空ける先には、見慣れない黒制服姿の男があった。

「お客さん、終点だよ、さぁ降りた降りた」

丸峰は驚き様に飛び起きると、周囲を見渡し、漸く事態を把握した。

ホームには「富山駅」の看板と、その先には、県庁所在地の市街地が広がっている。

「なんだい、学生が寝過ごしたか?」

年若い駅員が、他の老練な駅員を呼ぶと、物珍しそうに丸峯の顔を覗き込んだ。

「貴様、本当に学生か? しかも白装束に裸足とは、随分と奇妙な恰好やな」

三日三晩、風呂にも入らず雪山を走り抜いた丸峯の顔は、凍傷で頬が黒染み、また無精髭が口の周りを汚らしく覆っていた。

丸峰の周辺を続々と駅員が囲うと、危機を感じた丸峰は、一瞬の隙を見て駆け出した。

「あ、貴様! 待てい!」

せっかく野を越え山を越え、無賃乗車までして遥々富山まで来たのに、ここで捕まっては元も子もない。

丸峯は乗客を掻き分けながら駅構内を走り抜けると、終には改札を飛び越えることに成功し、一心不乱に富山の町を逃げ抜いたのであった。

久しぶりに目にする人の姿と駅前のビル群。初めて訪れる富山の街は、丸峰にとって天にも思えたかも知れない。

しかし、丸峰に突き付けられた厳しい現実は依然として変わらない。

丸峰は、ただでさえ嗜好品の所持を禁じられ、極寒の御嶽山脈を走り抜いたため、我慢できないほどの空腹であった。腹鳴りは一向に止まず、また無一文の為、ゴミ箱を漁ったり、生鮮食品店の廃棄品を拾い食ったり、また雑草を摘んで公園の水道水で洗って食ったりして、空腹を凌いだ。

それはまるで家なき子の様相であった。

平成の時代になって、まさか白装束の少年が拾い食いと野宿を繰り返すなど想像も寄らないが、丸峰を襲った現実は、常軌を逸する奇たるものであった。

逃亡四日目の夕刻、丸峰は観光案内所の地図を盗むと、この日の就寝場所を探した。

山岳地帯を抜けて市街に出たのはいいものの、師走の富山は日本海側の北風が吹き抜けるため肌寒く、雨風を凌げる場所が必要であった。

地図を頼りに丸峯は市街地を抜けると、呉羽にある小さな寺院へと向かった。既に夕陽が西に陰っており、宝玉造りの本堂が橙色に照らされるのを見ると、中から経を詠む声が漏れ聞こえた。

「御免ください…」

丸峰は、僧侶であれば自分を匿ってくれるのでは、という淡い希望を抱き、寺の内部を覗き込むと、四十代前半の、未だ年若い僧侶が木魚を叩く後姿が見えた。

恐る恐る丸峰が近付くと、僧侶はその気配に気付いたのか、木魚を叩く手を止め、こちらを見た。

丸峰は一瞬、緊張で背筋を張りながらも、意を決して、

「こちらの寺で匿ってくれませんか」

と言うと、対する僧侶は、

「なんや、君は」

と、不審な目で丸峰を見た。

向かい合う僧侶と丸峯。

一瞬、時間が止まったような錯覚に陥ったが、丸峯の奇奇怪怪とした出で立ちを見ると、僧侶は括目しながら口を開いた。

「どうやら人には言えん事情がありそうやな。まだ若いとみた。剃髪して、白装束を着て、見た目ばかりは僧侶らしいから、とりあえず飯でも食っていきなさい」

僧侶は優しく声を掛けたのであった。

僧侶が用意した食事は、精進料理そのものであったが、三日間、鼠や山菜、拾った残飯を口にした丸峰にとって、塩気のある味噌汁や温かい玄米、漬物を食うのは、とても懐かしく感ぜられ、久方ぶりに人間らしく過ごせたと、心から思った。

「ほう、君、なるほど、学校を抜け出してきたとはな」

僧侶の温かいもてなしに心を許した丸峰は、これまでの逃亡の経緯を、洗い浚い打ち明けたのである。

その間も僧侶は、決して取り乱す様子を見せず、真剣な眼で丸峰の言葉を傾聴した。

「あまりに校則が厳しい故、このまま飛騨高山の急峻な崖から身を投じて死のうなどと思いましたが、私自身、まだ若いですし、やり残した事柄があると思い、死ではなく、失踪という手段を選びました」

丸峯は、時折、言葉を詰まらせながら、それまで自らが受けた惨い仕打ちの数々を話した。

事情を聴いた僧侶は、自ら死を選ぼうなどという年若い青年を前に、心の中では憐れんでみせながらも外には出さず、毅然とした態度で対峙した。

「しかしまあ、昨今の多様化や情報過多の時代に、一切の雑念を遮断し、高校生らしく勉学と運動に明け暮れるのも、決して悪いとは思わんが、少々、度が過ぎていたと、そう申したい訳であるな」

「ええ、仰る通りではございます」

「なるほど…」

三十畳ほどの狭い本堂には、不動尊、大日如来、阿弥陀如来が金色に佇んでおり、造りは古いものの、由緒ある寺であると感じさせた。

夕食を御馳走になった豪田は、膳を下げると、湯呑茶碗を両手に僧侶と対峙した。

食事が済んだ後も僧侶は顔色ひとつ変えず、豪田の話を聞く。

夕刻までは晴れていたが、陽が落ちると同時に雨戸を打ち付ける風音が強くなり、いつしか雨も混ざり始めた。

築七十年の建屋は、ジトジトと不快な空気を伴い、屋根に滴る不気味な雨音を立てた。

なんとも言い様のない時間が流れる。

僧侶は、一度、逡巡するように瞑目すると、その瞬間、急に声調を変え、次のように言った。

「貴様、逃げる寺を間違えたようだな」

何事かと丸峯は思うと、徐に僧侶は顔の皮を剥いでみせ、その面容を見せつけた。

そして、そこにはなんと、担任の栃丸教官の姿があったのだ。

驚愕した丸峰は箸を投げ、すぐさま踵を返し逃げようとしたが、すぐに強靭な力に押さえつけられ、そのまま畳に顔を打ち付けた。

「逃げ切れると思ったか。こんなこともあろうかと、貴様の体に発信機を植え込んでおいたのだ。貴様が世界中、どこに逃げ隠れようと、地獄の果てまで追い込んでみせるぞ」

発信機と聞いて、丸峯は慌てて体中を触ると、首元になにやら鉄芯のような物が打ち込まれている感触があった。

それが紛れもなく僧侶のいう発信機であり、そこから発生する電波によって、生徒がいつ、どこで、何をしているのか、教員に筒抜けとなっているというのだ。

「下手に外そうとするなよ。発信機は貴様の脊椎の深くまで刺さっている故、見識のない者が無理に抜くと、髄液が噴き出て、貴様を死に追いやる。その発信機は、卒業まで抜けないのだよ」

「くそ、まさか…」

説明を聞くと、絶望から、丸峰は膝から崩れ落ちた。

「ほれ、迎えが見えた、もう逃場はないぞ」

いつしか寺の周囲は、赤いパトランプを照らした黒塗りのセダンが複数台停車し、丸峰の逃亡を遮った。

丸峰は、駆け付けた教官達に羽交い絞めにされると、全身を鎖で繋がれ、ガムテープで目眩を施された後、車の後部座席に放り込まれ連行された。


本当の地獄はそれからであった。

呉羽から紫水学園のある上俵山までは約五時間、翌明け方に学園に戻ると、そこには上半身を裸にされ、鉄鎖によって身を封じられた両親の姿があったのだ。

両親の体中には、鞭で叩かれたような蚯蚓脹れした赤い線が無数に走り、普段は温厚な両親の顔は、血の気を失い、まるで死に淵する病人のように蒼褪め、力なくぶら下がっていたのだった。

「貴様が逃げたからあかんのや。貴様の根性が腐っておるのは、生まれ持った血筋によるもの。貴様の両親の甘やかしによる。よって制裁を加えたのだ」

紫水学園に一度入学した者は、途中で退学など許されず、三年間、この地で教育を全うしなければならない。さもなければ、そこにあるのは死のみである。

校長の鬼田が見つめる中、武装した複数の教官が丸峯親子を取り囲んで、尋問を続けた。

「もう一度、学園に戻る気概はないのか」

「ございません、あのような過酷な生活には戻れません」

必死に丸峰が拒むと、熱した蝋が体に掛けられた。

「熱い、熱い」

悶え苦しむ姿を楽しむように嘲笑うと、さらに、

「もう一度聞く。学園に戻らぬか」

と教官は繰り返した。

丸峰は思った。これは恐らく、戻ると言うまで暴行を繰り返され続けるのだろう。

暴力制裁で気が滅入るまで追い込み、何としてでも学園に戻させる。それがこの学園のやり口である。

その手には絶対に乗らないと、丸峰は、身を律して声を荒げた。

「絶対に、学園には戻りません!」

すると再び鉄拳が顎を捉え、気を失いそうになったが、怖気づく様子もなく、丸峰は最後まで毅然とした態度を貫き続けた。

尚も抵抗を続ける丸峯に見兼ねた教員達は、互いに目を合わせると、思い立ったように両親のもとに向かい、教師の一人が剣山の先端を眼球に向けると、次のように言った。

「貴様、もう一度戻らんと言ったら、貴様の親御さんが二度と、貴様のことを肉眼で確認できぬよう、眼球を潰してしまおう」

「その手には乗らんぞ!」

丸峯は必死に反駁してみせたが、両親の目から血の泪が見え始めると、心が折れた。

このような卑怯な手法に乗ってはならない。

しかし一方で、この常軌を逸した教員達は、本当に親の目を潰してし兼ねないのも、また真である。

教員は追い打ちをかけるように、懐中時計を取り出しては、

「十数える内に応えんと、本当に眼球を潰すぞ」

と言い放った。

どっと、教員達の意地の悪い笑いが木霊する。

丸峯は唇を噛みながら、その光景を眺め続けた。

「八、七、六、五…」

カウントが進むにつれて、両親の身体は大きく震え出し、終いには失禁し、鉄鎖で縛られた足元には、便の水溜ができた。

「四、三、二…」

「分かった、分かった! 学園に戻る。だから両親を解放してくれ」

終に丸峯が声を荒げると、両親の身体を結んでいた鉄鎖が切り落とされ、そのまま床に叩き付けられた。

その表情は、今にも発狂しかねないほど、おどろおどろしい形相をしていた。

「よろしい、しかし脱走の罪は拭い切れんから、当分の間は、懲罰牢に入ってもらうからな」

丸峯は、そのまま鉄格子の張られた懲罰牢に投じられると、三ヶ月もの間、一歩も外に出ることを許されず、まるで囚人のような生活を強いられたのであった―。



ひと通り鹿児島の説明を聞いた豪田は、いつしか眉間に皺を寄せながら、学園の陰の部分を知ってしまった背徳感から、意気消沈していた。

「結局、丸峰はその後、学園に戻ったものの、翌年の師走に行われた雪山マラソンで、自ら飛騨高山から身を投じたのだ。学園は事実を否認するため、あくまで休日中に起きた不慮の事故と説明したらしいが、その後両親は発狂し、僧籍に入ったという」

「なるほど、惨たらしいな…」

紫水学園の募集定員は毎年、百名きっかりだが、卒業生は九十数名であり、三年間で何人かが欠けている計算となる。

鹿児島の説明によると、途中退学など言語道断で認められないため、毎年数名が行方不明になっているというのだ。

鹿児島の話は根も葉もない噂話に過ぎないが、一方で、これほどの過酷な学園生活の中で、少なからず逃げ出したいと思う生徒がいるのも、頷けた。

「―じゃあ、俺は午後の授業があるから、これでお暇するよ」

鹿児島の姿が見えなくなったことを確認すると、豪田は、複雑な心境で首元に触れた。

そこには僅かに、金属片のような冷たい触覚があった。

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