第11話

年間行事の説明を終えた栃丸は、次いで校則の説明を始めた。

紫水学園の校則は、三年間で覚え切れないほど多くの条項があり、入学初日に新入学生が辞典のような分厚い校則を受け取ると、覚えるまで復唱させられるのである。

そんな校則の中でも、最も強調させられるのは、「女子禁制則」である。紫水学園では、異性との交際が固く禁じられており、これは思春期の生徒にとって何よりも辛く、そのため御嶽寮には、隠れてポルノ雑誌を持ち込む生徒が後を絶たなかった

当然、ポルノ雑誌の持ち込みは校則、寮則ともに禁じられているが、思春期の生徒の性への探求心は無限大に強く、如何に隠れてポルノ雑誌を入手するかに腐心し、中には女性の裸写真をビニールに巻いて肛門に入れ、まるで麻薬密輸犯のようにして持ち込む猛者も現れた。

集団生活で自慰をする場所は限られており、大抵、挙って便所でシゴくのだが、ただでさえ自由時間も制限されている学園生活において、便所に長居すると怪しまれるため、陶器便器で逸物を隠し、ものの数秒で射精する術を覚えるのである。

思春期の旺盛な時期に、そういった環境で三年もの年月を過ごすものだから、驚くほど早漏になるのだ。

このように、紫水学園に在籍する多くの生徒を悩ませる女子禁制則であるが、豪田の場合は、若干、状況が違った。豪田の興味を惹いたのは、ポルノ雑誌でも偶に見る女性でもなく、寮の入浴時間にあった。


ある日のこと、豪田は、寮長であり野球部主将でもある鮫島と入浴の時間を共にすると、思わぬところで思春期の心は揺れ動かされるのであった。

「すげえ鮫島さん…、随分と立派な前袋をぶら下げてやがる…」

高校生ともなると、男児たるもの下の毛が生え揃うのが普通であるが、そんな男児の裸体が、豪田にとって堪らないものがあったのだ。豪田にとって、思春期のプリッと引き締まった肢体を眺めるのが、一日の中で至福の瞬間であった。

豪田は、湯船に沈む錨のような巨大な前袋に釘付けになり、蒸気してそのまま逆上せてしまった。

それからというもの、毎晩、豪田はわざわざ鮫島の隣の流台に座ると、その合鐵とした肉体や逸物を食い入るように眺めるのが日課となるのであった。

小学校、中学時代ともにストイックに野球に打ち込み、また高校時代も恋愛たるを完全に禁止された豪田が、人生で初めて恋心を抱いたのが、紛れもない、寮長の鮫島であったのだ。

いつしか過酷な寮生活は豪田にとって快感となり、このまま卒業したくないという気持ちすら芽生えた。


ある日、そんな豪田に、願ってもいない出来事が起こる。流し台で洗体する鮫島が、隣に座った豪田の体を見つめ、次のように言ったのだ。

「豪田、お主、やはり野球の名門で育っただけあって、屈強な体つきをしておるな」

寮長という雲上人に声がけ頂けるだけで、豪田は天にも昇る思いがした。

豪田は日々、過酷な訓練で体を鍛え上げていた。

それは、野球で全国を取るのが目的であるのだが、一方で、鮫島にその体を見て欲しい欲求も伴った。

豪田は、思わぬ称賛に感嘆すると、

「ええ、しかし先輩こそ、その胸筋の厚みたるや、さすが春の甲子園大会で痛烈な打球を放っただけありますね」

と鮫島を称える台詞を吐いた。

しかし、当の鮫島の反応は意想外なもので、鮫島は洗体する手を止めると、俄かに表情を歪めさせたのだ。

「それ以上言うな、我が紫水学園は決勝で敗れたのだ。これは一生の不覚、校名に永遠の泥を塗ってしまったし、我が野球人生の陰りだ」

今春、鮫島を主将とした新制紫水学園野球部は、春の甲子園大会で見事に決勝まで進んだ。

その立役者は、初戦から決勝まで通算三本の本塁打を放った鮫島に他ならないが、決勝で惜しくも強豪横浜学園に破れ、初の全国制覇を果たせなかった。

豪田は、鮫島の活躍を褒め称えたつもりであったが、全国制覇を目指し決勝で敗れた鮫島の傷心は、未だに癒えることはなかった。

「しかし、鮫島先輩は、スカウトにも注目を浴びておりますゆえ…」

「たわけ、どんな理由があろうとも、男に敗戦など許されぬのだ!」

鮫島は声を荒げると、怒り心頭しながら風呂場を去った。

隆々とした筋肉質な股の間からは、分銅のように重厚な前袋が、垂れ下がっている。

「嫌われてしまったかな…」

狭い風呂場には怒声が木霊し、そこにいた他の生徒は、場の空気を呼んで一斉に押し黙った。

その日、すっかりと気を落し孤独な夜を過ごした豪田であったが、逆境のなかで若い恋心は情熱に燃え、その後も諦めることなく、次の日も、その次の日も、風呂の時間は鮫島の横に座り、その肉体を舐め回すように観察し続けた。


鮫島は寮長であり野球部の主将、しかも選手としても、全国的に有名な剛腕投手。

一年坊主の豪田にとっては雲上の存在であることは間違いなく、学内で近寄ることも憚れるのだが、一日の内で唯一、鮫島に接近できる入浴の時間こそが、豪田にとって貴重な時間であった。

その後も豪田は、毎夜、一日に僅か五分の会話の中で、色々な教えをもらった。

鮫島は口数こそ少ないが、短い言葉で、豪田に、野球人として、社会人としての教えを説いた。

一方で鮫島自身も、毎夜、自分に接近する豪田を、可愛らしい後輩であると思っているに違いない。

間違いない、これは恋心以外の何物でもない。

豪田の鮫島に対する恋心は、日に日に大きくなっていくばかりであった。

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