第10話
同校の学園生活は、通常の学校と同様に、体育祭や文化祭、修学旅行など、一年を通じて種々の催事が存在するが、その内容はやはり常軌を逸しており、とても高校教育の範疇に収まっているとは思えなかった。
六時間の説法を終え、皆、倒れ込むように教室に向かうと、そこには和装に竹刀を持った担任教師の栃丸が佇んでいた。
野球部の顧問でもある栃丸は立端があり、身長百八十センチある豪田が見上げるほどであった。
校長の鬼田同様、口髭を蓄えているが、鬼田に比して髭の長さが短いのは、栃丸自身が少佐級であるからだという。
栃丸は、「新入学生の栞」たる冊子を配ると、簡単な説明と共に、紫水学園の年間行事の紹介を行った。
―九月に行われる体育祭は、一年で唯一、親族の入門が許される催しであるが、その内容は、一糸乱れぬ入場行進から始まり、軍歌斉唱、上裸で行われる応援合戦、そして竹槍を用いた寮対抗合戦など、血飛沫が飛び交う猛悪なものである。
多くの怪我人が出て、グラウンドには救急隊が常駐するほどであった。
何も知らずに我が子を入学させてしまった父兄達は、その変わり果てた息子の姿と惨劇に目を覆うのであるが、それを見た教官達は、「社会とは厳しいもの、今はその厳しさを味わせているだけで、至極当然の教育」と親達を説き伏せ、反論する者は、親であっても言語道断、怒り鉄拳が飛び交った。
十二月末には、一年の諸悪を洗い流すため、郊外学習と称して、深雪の積もった日本アルプス山脈を、三日三晩走り切るという荒行を行う。途中で下山することは断じて許されないが、寧ろ四日目の朝に、無事、下山できる確証もない。
また似たような荒行は年明け早々にも行われ、一月、樺太から網走分校まで泳ぎ切る寒中水泳大会は、ただでさえ過酷な紫水学園生活の中で、最も凄惨な行事と呼ばれる。
「栃丸先生、大甕君の姿が見当たりません」
豪田が一年次に参加した寒中水泳大会では、クラスメートの大甕が、寒流に流され行方不明となった。
担任の栃丸は、船上から豪田を見下ろすと、平然とした様子でこう言い放った。
「樺太でソ連軍に射殺されたか、寒中水泳の途中、寒さで沈んだんだろう、こんな軟な訓練耐えられん奴は、どうせこの先の人生も思いやられるやろうから、死んだ方がマシやったんや」
氷点下三十度の極寒の中で、生徒のほとんどが低体温症に陥る。
それでも教師は、「地上に上がれば氷点下三十度の極寒であるが、水中は零度のため、幾分、温かいだろう」と、寒がる生徒を流氷の浮く海に突き落とした。
「大甕のことは忘れろ、最初からいなかったものだと思え」
栃丸は暖房の利いた船室に戻ると、何事もなかったように暖を取った。
年明けの寒中水泳大会は、紫水学園において、一年で最も厳しい苦行であるため、途中で断念する者も多かった。中には参加を回避するため醤油を飲み、医師の診断書を持ってくる者も耐えなかったが、度を越えて醤油を飲み過ぎて逆に体調を崩す者も多かった。
ここまでの説明を聞いた新入学生は、恐怖から身を震わせたが、それも最初の内だけで、一月もすればすっかりと洗脳され、全体主義の中で奴隷として生きることを当然に思うようになるのである。
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