第9話
「今日から新たに、新一年生が仲間に加わった。皆の入学を誇りに思うぞ」
紫水学園の教育は、通常の公立校のカリキュラムと異なり、宗教的思想が異常に強い
週に一度の道徳の時間は、学校長の説法を、半日もの間、正座をしながら聞く。これは天候、季節に関係なく、毎週月曜日の朝に必ず実施される。
この時ばかりは、病気も怪我も、そして身内の不幸があっても、欠席を認められない。
「社会に出れば、休みたくても絶対に休めない瞬間がある。君達の親御さん達は、日々の経済活動の中で、重要な客先との会合や、役員同席の会議、その他、命を懸けた仕事を抱えており、絶対に休めない瞬間を幾つも経験しているはずだ。その時ばかりは、風邪を引いても熱があっても、無理に出社するのだ。そうして君達の学費を捻出しているのだ。見倣いなさい、そして感謝しなさい」
鬼田権造は、鮮やかな鶯色の軍服に無数の勲章を下げ、威風堂々とした口取りで、延々と説法を繰り広げた。
この年は入学式と月曜が重なったこともあり、学校長講和は、六時間にも及ぶ長丁場となった。
鬼田は、自らの教育思想を新入学生に刷り込むように、紫水学園生としての在り方、そして社会人として必要な道徳心を、繰り返した。
「世の中、才能のある者は全体の一割にも満たない。その他大勢は、能力のある者にひれ伏すしかないのである。青年期から、外界の誘惑を絶ち、過酷な環境で学ぶことで、優秀な社会人になるための礎を作る。優秀な社会人とは、運動や勉学などに奏でているだけでなく、立派な精神的思想を持つことだ。上位者に反論せず、自らの欲を恥じ、その他大勢として生きること。何事にも腹を立てず、中立的で、自己犠牲の精神を保つ。それが嫌ならば、有能な一割に自分自身が食い込むか、もしくは社会から解脱すること、つまりそれは死を意味する―」
校長の説法を、一言一句、余すことなくノートに複写し、それを翌日までに、感想文と共に担任教師に提出する。
それ故、月曜夜は徹夜をする生徒が大半であり、この日ばかりは、食事や風呂などの余暇時間を惜しむのだ。
六時間にも及ぶ校長講和は、通常の高校の入学式のそれとは全く異なる慇懃な雰囲気を伴い、父兄が同席することも許されなければ、居眠りは勿論、途中の用便休憩すらも許されない。
慣れない新入生の間には、途中で用便を催したり、睡魔から気を失い倒れる生徒が後を絶たなかったが、その度に教員に氷水を頭から浴びせされ、殴られ、を繰り返す。当然、翌日の感想文提出に間に合わないようなものならば、鉄拳制裁が飛び交うのであった。
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